一辺倒な真実 ②
ウーガーの拳を叩き込まれ、地面に叩きつけられたアビシニアは仰向けに寝そべった状態で空を仰ぐ。息を吹き返すように強めに吐いた息と一緒に口から血があふれると、溢れ出た血は頬を伝い地面に落ちる。
直撃を免れたはずだったが、その衝撃は凄まじく地面に叩きつけられた背中は麻痺したように感覚が無くなると、弱々しく動く腕を拳を叩き込まれた自身の胸に添える。
(・・・核が)
アビシニアは朦朧とした意識の中、胸に触れた脈動から、自身の命が幾ばくもないことを悟ると上から自身を見下ろすウーガーと視線を合わせる。
視線を合わせたウーガーの瞳は固定されたように自身の顔を睨むが対話を望んでいた彼の口は以前平行に揃うと無言で佇むのだった。
(…みな、さん。…すみま、せん)
{・・・アビー。ーーー}
アビシニアの脳裏には、自身の愛称を呼びながら微笑む父親の姿が映しだされる。
(…おと、うさん……)
アビシニアは浮かんだ幻影に触れるように弱々しく震える手を上に翳すと、ウーガーの身につける長いローブを掴み体を起こした。
「…最後に、…私の話を聞いてください」
アビシニアは最後の力を振り絞るようにして膝をつくとウーガーを再び光の灯った瞳で見つめる。顔は苦痛に歪むが消失していた感覚を取り戻すように奥歯を噛みしめると、ウーガーに自身の血で汚れた顔を合わせた。
「・・・私達は侵略者ではなく」
「・・・真実は惑星の保護を掲げている団体、エスペラという組織に所属している者達です」
アビシニアは、荒い吐息を吐きながらもウーガーの身につけるローブを掴む手に
力を込める。ウーガーはアビシニアの手を払うことはなく必死の形相で自身を見つめる、アビシニアを無言で見下ろす。
「・・・この惑星。・・・アーステラは、惑星の寿命で、もうじき滅びます!」
「・・・!」
アビシニアの声に今まで反応の無かったウーガーの体が僅かに動く。
「…私達はこの惑星アーステラの再生を試みましたが」
「…どの案も失敗に終わりました」
「……」
アビシニアの必死の訴えにもウーガーの口が開くことはない。ただ、少しだけ耳を傾けていると言わんばかりに開いた目はアビシニアを見つめると動きを止める。
「・・・万策付きた私達は生物の価値を見定めるような蛮行」
「…命の取捨選択を行う作戦。…プランBを発令しました」
アビシニアは言葉を言い終えると再び胸部に溜まっていたような血を咳き込むようにして口から吐き出す。だが、時間がないと言わんばかりにすぐに顔を上げるとウーガーを懇願するような瞳で見つめた。
「・・・総人口70億に対し救える命は、おおよそ1万人・・・だから!!」
アビシニアは声を張り上げると、最後の力を振り絞るようにして立ち上がる。
「救える命だけでも助けさせてください!! 私の仲間に協力して下さい!!」
アビシニアはウーガーの身につけるローブを握りしめると、最後の頼みと言わんばかりに顔を寄せた。
懇願するアビシニアをウーガーは無言で見つめる。
じっとアビシニアの顔を見つめる視線は、固定したように時を止めると置物のように棒立ちになった体は微動だにすらしない。ただ、身につける長いローブだけが微かに吹いた風に揺れるのだった。
だが、寸刻した後・・・
次第にウーガーは自身の唇と体を小刻みに震えさせ始めると遂には俯くようにしてアビシニアから視線を反らす。
嘆き悲しむように俯いた顔の口元には片手を添えると、自身に芽生えた狼狽する感情を隠すように少しだけうずくまるようにして体を丸めた。
「・・・・・・」
アビシニアは視線を落とすと小刻みに震えだしたウーガーを傷の痛みと高ぶった感情で乱れる呼吸を繰り返しながらも心配そうに見つめる。
アビシニアの視線の先で、体を小さく丸めたウーガーは告げられた理不尽とも呼べる真実に、打ちひしがれているように見えてしまうのだった。
無償で人を助け、
どんな罵倒にも決して屈せず、
それでも、強固たる意思を掲げ、
人の為に自身の身を差し出す高潔な精神を持った自身の目の前にいる男。
アビシニアは消えゆく自身の最後の望みとはいえ、この世の不条理に巻き込んでしまったウーガーの事を思い自分勝手な自己都合を強要させてしまうかもしれない言葉を思い返すと、謝罪するように頭を下げようとした。
「・・・がっ」
「・・・?」
突然静寂の空間に、まるで似つかわしくない鼻をつまらせたような音が響く。その押し殺したような声はやけに響くと声を出したウーガーは更に体を折りたたむようにして頭を下げる。
アビシニアは若干嗚咽するようにも聞こえた声と理不尽に震えていると思われるウーガーの顔に、自身の手を差し伸べるように伸ばそうとした瞬間だった。
「うがっ・・・」
「うがががががががががーーー」
ウーガーは突然顔を上げると特徴的な笑い声を周囲に響かせる。
その咆哮するような笑い声は空を薄っすらと覆う灰色の雲に向かって解き放たれると、今まで並行だった口は大きく開く。口に備えた、まるで獣のようにな牙を人目に晒すと狂ったような笑い声を上げ続けるのだった。
「え…」
アビシニアは吐息のような声を漏らすとウーガーにすがるように掴んでいたローブから力が抜けたように手を降ろした。
少しだけ朧げになった表情には困惑するような気持ちが宿る。だが、アビシニアは目の前で笑い声を上げ続けるウーガーも自分と同じで、困惑するような事実に直面し最早笑うしか無い状況なのだと解釈すると、自分が作り出してしまった光景に後悔するように頭を項垂れさせたのだった。
「…すみません。…すみません」
「…ごめんなさい」
アビシニアはうわ言のように謝罪する言葉を繰り返す。
一言一言を呟くたびに、力の抜けていく体は、徐々に地面へと向かうと、崩れるように片方の膝が地面へ触れた。アビシニアは片膝をつきながらも、せめてウーガーだけでも救いたいと必死で片手を地面に付き、起き上がろうとした時だった。
不意にウーガーは笑い声を止めるとアビシニアを振り返るのだった。
「そうかぁああ!! よぉーうやく滅ぶのかぁああ!!」
「…えっ?」
振り向いたウーガーの顔はまるで積年の望みが叶ったかのように嬉々とした表情を浮かべると嬉しさからくるような震えに体を揺らす。
「だったら早く滅べよぉー!!」
「優しく滅んじまえよぉ! こんな世界ぃ!!!!」
「…」
自身の思いを解き放っていくようなウーガーの叫びに、アビシニアは頭が真白くなると完全に力が抜けたように後ろへ、へたり込む。
ウーガーは、へたり込んだアビシニアを気にする様子も見せずに、自身の牙を見せつけながら積もりに積もった恨みのような言葉を吠え続ける。
「この惑星の奴らをよぉ!」
「殺してやりてーのによぉ!!」
「俺は約束があって殴ることすらできねー!!」
ウーガーは拳を力強く握りながら地面に顔を向けると体を丸める。
「…ずっと。…ずっと待ってんだ」
「…この世界が滅びるのを」
ウーガーは独り事を地面に震えながら呟くと、再び頭上を眺めるように顔を上げる。
「あいつらの死に様がよーうやく見れんのかー!!」
「・・・俺は、・・・俺は!!」
ウーガーは嬉しさからか顔を震えさせると空に向かい吠えるのだった。
「あいつらの最後を笑いながら見送ってやるよぉ!!!」
「うがががががががーーー」
ウーガーは再び狂ったように笑い続ける。
へたり込みながら一連の様子を見ていたアビシニアは、まるで突然虚構の世界に迷い込んだように目を丸くした状態でウーガーの言動を見続けていた。
「・・・あのデカぶつを憂さ晴らしに殴りに言って正解だった」
「あいつを殺したおかげでお前が俺の元を訪ねて来たんだからよぉ!!」
「うがががががーーー」
「…」
アビシニアはウーガーの繰り返す行為を呆然と見ていたが、ウーガーの呟いた自身と仲間の命を軽視するような一言を聞くと途絶えそうになる意識の中、瞳から涙を流しながら訴え始める。
「…なんで?」
「…なんでこんな奴にメインクは殺されなければならなかったの…?」
「…なんで、私はこんなやつに会いに来たの…」
アビシニアは瞳から涙を溢れさせながら泣き声を上げると、後悔から声にならない声を漏らす。滲み出るような悔しさを声にしながら力の抜けた体は、地面に横を向いて崩れ落ちる。
アビシニア(…なんで…なんで)
横向きに崩れ落ちたアビシニアの瞳からは頬を伝い地面に涙が滴り落ちると、光の消えた瞳の視界はボヤけていくのだった。
アビシニアの生命が消えさろうとした時、ウーガーは嬉しそうに上げていた笑い声を止めると地面に崩れ落ちたアビシニアを見つめる。
「・・・俺への最高のプレゼントをくれたお礼だ」
ウーガーは微笑みながらアビシニアに呟くと自身の左足の足元を見る。
「ライブリー」
ウーガーは誰もいない空間に名前のようなものを呼んだ後、今度は首を横に振ると
右足の足元を見る。
「クライリー」
ウーガーは呼びかけるように名前のようなものを呟くが、アビシニアのぼやけた視界にはウーガー以外の人物は映らない。
(・・・)
ウーガーは地面に横たわるアビシニアを指差す。
「こいつを治せるか?」
「・・・・・そっか。すまねーけど、頼むわ。後でお菓子やるからよ」
ウーガーは微笑みながら誰かと話しているような素振りを見せるがアビシニアの視界には何も映らず、ウーガー以外の声は聞こえなかった。
朦朧としていたアビシニアの意識は、次の瞬間には完全に途絶えると瞼が閉じられたように黒く塗り潰されたのだった・・・
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「・・・これが、記録に残せなかった私の覚えている記憶です」
「・・・・・・」
アビシニアの告白にシーンと会議室内が静まり返る。誰も何も言わぬまま、皆が呆然とアビシニアだけを見つめる。
「あ、アビー・・・傷を負ったことによるげ、幻聴や幻視といった・・・」
アビシニアは恐る恐る声をかけてきたエジの言葉をかき消す様に、話しかけられている途中で首を左右に何度も振った。
「記憶の改ざんでもされていない限り断じて違います・・・」
アビシニアはディスプレイに再び指先を翳すと映像が切り替わる。
そこには、しゃがみ込んでアビシニアを見つめるウーガーの姿が映る。
「…警告のために教えといてやる。俺の名前はウーガー・S・ラブレス」
「…次はないぜ」
会議室のディスプレイに投影されたウーガーはアビシニアに呟くとゆっくりと踵を返し、去っていくのだった。
「この場面は皆さんも知っていると思います」
「電子空間、スカイショットが突然復帰しウーガーは呟くと去っていきます」
アビシニアがディスプレイに向けて指先を横に振ると、投影されていた映像は途切れる。
映像が途切れるのを確認したアビシニアは再び皆を見渡すように前を向く。
「・・・この後、私は、エジさんに発見され母船で治療を行っていました・・・」
「・・・・・・」
再び静まり返るエスペラの面々にアビシニアは考えるように瞼を閉じる。
「私はウーガーの行いを止めたいです。だから・・・」
アビシニアは閉じていた瞼を開くとエジとマンチに顔を合わせた。
「私に力を貸して下さい!! エジさん! マンチちゃん!」
アビシニアの切望する瞳には二人の人物の顔が映るとその声は会議室に響いたのだった。