一辺倒な真実 ①
「5日前に、私に起こった出来事を皆様に説明させて下さい!!」
アビシニアは自身の想いを主張するようにの体を一歩前に出すと、エスペラの皆に訴えかける。万全の体調ではないと言わんばかりに多少苦痛に歪んだ顔を見せながらも、自身の胸元から1枚のカードを取り出すと皆に見えるように掲げる。
「断片的ではありますが、この記録媒体に残された映像と私の記憶を元にお伝えさせて下さい!!」
アビシニアは掲げていたカードに、指先に付けたリングを翳すと皆が座る机の上に映像が投射され始める。皆が投影された映像に注目し始める中、なんとか倒れまいと両足を開くアビシニアの体調を気にしてか、エジは心配そうな顔つきで声を掛ける。
「…アビー。もう少し休んで…」
「嫌です!!」
「今、皆様にウーガーの真実をお伝えしなければ私は後悔します!」
「アビー・・・」
アビシニアは心配して声を掛けたエジを睨むように振り向くと、大きく声を荒らげた。
エジの知るいつもは温和なアビシニアとは違い、その顔は嫌悪や憎しみの感情が浮かび上がるように歪むと、エジの心配そうに伸ばした腕も無視する程に奥歯を噛みしめる。いつもの優しげな雰囲気は一切なく、席に座るエスペラの面々に訴えかけるように振り返ると、キッと瞳に力を込めた。
「もう一度言わせてもらいます! ウーガー・S・ラブレスはこの惑星の英雄などでは断じてありません!!」
アビシニアは激高するように声を張り上げると、自信の顔を怒りから震えさせる。ウーガーを嫌悪するような顔つきを皆に隠すように徐々に顔は俯かせると、アビシニアは震える唇を小さく上下させる。
「・・・あいつは」
「・・・あいつは!」
アビシニアの声は胸の中につっかえる感情が膨らんでいくように徐々に大きくなり始めると、そのつかえた感情を吐き出すように勢いよく皆に顔を上げた。
「あいつは真っ当な人類ではありません!!!!」
アビシニアの声が会議室に響く。
猛り狂う感情を露わにしたように横に振った右腕は、ウーガーを否定するように力強く伸ばされると、悔しそうに歪めた顔からは荒い吐息が何度も漏れる。
珍しく憤慨する気持ちを露わにするアビシニアに、はじめは不思議そうな顔つきで見つめたいたエスペラの面々も、少しだけ同調するように意見を言い始めるのだった。
「アビー。傷に響くよ。ゆっくりでもいいから、 深呼吸してから説明してみな」
ヒマラはひたすら感情を表に出すアビシニアを心配して、落ち着かせるように声をかけた。
その自身を気遣うように掛けられたヒマラの声に、アビシニアは表に出していた自身の荒ぶる感情に気づくと、少し落ち着いたように尖らせていた瞳を緩めた。
「・・・ヒマラさん」
少しだけ落ち着きを取り戻したアビシニアは、気持ちを切り替えるように、瞬きを繰り返しながらヒマラを見つめる。アビシニアの見つめる視線の先のヒマラは頷き微笑むと、他のメンバーも見てみろと言わんばかりに顔を少し揺すりながら横を向く。
「・・・」
アビシニアはヒマラに誘導されるように視線を動かすとエスペラの他の面々の顔も映り始める。落ち着きを完全に取り戻したアビシニアの視界には、まるでヒマラの意見に同調したように、皆が口角を緩めるとアビシニアに向け、ゆっくりと頷くのだった。
「・・・皆、さん」
「・・・ふん。ヒマラの言うとおりだな」
エジはアビシニアの態度を見て、憂慮していた気持ちを消し去るように鼻から息を抜く。
アビシニアが振り返るようにして見たエジの顔は、自身の太い眉毛を段違いにして眉間に皺を寄せていた。だが、それは自身に怒っているのではなく、ようやく話ができると言わんばかりに緩めた片方の口角でも判断できるように、これで安心して話が聞けると言っているように、アビシニアは感じてしまうのだった。
「・・・エジさん」
顔を合わせたアビシニアに、エジは細かく何度も頷く。
「ウーガーの件は、お前の意見を聞いてからにする」
エジはアビシニアを見つめながら微笑む。
「だから、少し落ち着いて喋ってくれ。 こっちは心配でおちおちしてらんねーんだよ・・・」
エジの瞳を閉じながら自身の頭頂部を何度も掻く姿に、アビシニアは少し申し訳なさそうに視線を落とすと、反省したようにトーンの落ちた声で謝るのだった。
「……すみません」
下唇を口のうちに隠すようにして噛みしめるアビシニアの姿に、エジは優しく微笑むと肩を叩いた。
「いいから言ってみろ。・・・念の為に深呼吸はしておけよ。ふん」
粗暴に聞こえる口調ながら、滲みだすような優しさを感じさせながら去っていくエジの姿に、アビシニアは言われたように大きく息を吸い込むと、吐息と共に大きく頷いた。
「はい!」
アビシニアのいつもの声と顔つきを見て、皆は待っていたように肩の力を抜く。
「すみませんでした、皆さん。今から私が話すことを聞いてから、各々がウーガーについて判断してみて下さい」
アビシニアは完全に冷静さを取り戻すと皆に頭を下げる。その口調、顔つき、発する言葉からも、ようやくいつものアビシニアに戻ったことを皆が認識するのだった。
アビシニアはそんな皆の気持ちを察したのか一度頷くと再び投射された映像にリングを付けた指を翳して操作するように動かし始める。
「皆さんご存知の通り私は5日前、ウーガーの元へ単独で向かっています」
「理由は メインクが残してくれた映像を拝見し彼と話がしたかったからです」
「私的にあまりにも彼に対する人類の接し方が許せなくなって、 私は独断で彼と接触しました」
アビシニアは淡々と皆に語りながら、自身の指先を動かし映像を切り替えていく。ディスプレイは罵詈雑言と物を投げられるウーガーの姿から、薄っすらと茂った木々に囲まれた閑静な山奥のような景色に切り替わると、暫くした後口を平行に揃え、佇むウーガーの姿に切り替わるのだった。
「無言で佇む彼に、私は話しかけ始めます」
「はじめに私はメインクの 仲間であることを告げ」
「ここから彼に対する人類の接し方があまりにも酷すぎることを 訴え続けました」
ディスプレイの映像は切り替わり続けるが、必死に腕を動かしながらウーガーに語り続けるアビシニアとは違い、ウーガーの姿に変化は見られない。
ただただ無言で同じ場所に佇むと、アビシニアの話に頷くこともなければ平行に揃った口が開くこともない。まるで同じ画面を見続けているか、停止した映像のようにウーガーは一つの風景のように溶け込むとアビシニアをフードから見える眼光の鋭い視線でただ見つめるのだった。
「映像を見てもらってわかる通り彼は一言も喋りませんでした」
「返答も所作もなく、話が通じている雰囲気が全くしなかったというのが本音です」
「そして・・・」
アビシニアは皆に喋っている途中で、不意に考え込むようにして、自信の瞳を閉じた。
「もしやと思い彼にメインクの事を私が語り始めた時・・・」
アビシニアは閉じていた自身の瞳を大きく開くと皆に訴えかけるように見つめた。
「突然、彼は自身の右拳を握り始めます」
ディスプレイ画面には自身の顔の前で徐々に力を込めるように、拳頭を浮かしていくウーガーの姿が映る。
「私は、この時ウーガーの動作に違和感を感じましたが話を続けました」
「もしかして私達の仲間のメインクから人類を守るために不本意ながら拳を振るったのではないかと考え」
「訴え続けます」
アビシニアは一度頷くと話を続ける。
「メインク。私らの仲間が亡くなった事は本当は悲しいこと!」
「ですが!」
「侵略する体を装う私達には仕方のない事でもあること!」
「もし、その事を気にかけているようなら一言でもいいので喋ってほしいこと!!」
アビシニアは自身の想いを強調するように声量を上げて力説すると、多少息切れを起こしたように大きく息を吐いた。ゆっくりと肩で息を整えるように間を空けると再び皆に顔を合わせた。
「彼に訴えかける、私でしたが、…次の瞬間でした」
モニターの映像が切り替わると拳を握りしめていたウーガーは
突然消えたように思える程の脚力で地面を踏抜く。
「突然、彼は片足で地面を踏抜きます」
アビシニアがディスプレイに指を翳すとウーガーの姿がコマ送りのように流れ始める。
地面は膂力により陥没すると、後ろに瓦礫が舞い上がる。土煙が上がる中、ディスプレイには徐々に大きくなっていくウーガーの姿が映る。ウーガーはアビシニアに飛びかかるようにして顔の横で握りこんだ拳を徐々に弓を引くように後ろに引くと、突然アビシニアの胸部に振り下ろすのだった。
「気づいた時には私の胸部に彼の拳が叩き込まれると」
「私は地面に叩きつけられていました」
ディスプレイには地面に叩きつけられたアビシニアの姿が映るが、突然映像は途切れるのだった。複数の角度から取られていた他の映像も機器の故障のように同時に途絶えると、ディスプレイには警告を現すような赤い文字列が点灯する。
アビシニアは赤い文字列が点灯した画面を眺めると再び会話を続ける。
「ここで私のメインカメラが破壊され停止します。そして・・・」
アビシニアは上着のポケットから小さい球体を何個か取り出すと、自身の周りを包み込むように囲む球状のサークルを空間に展開させる。
奇妙な文字列が並ぶ空間は青白く輝くと、ポケットから取り出した球体は空中を浮遊するように浮かび上がり、ディスプレイには会議室の様子が複数の視点から映される。
「連鎖するように周辺に散らしていたスカイショットの映像もここで途切れます」
アビシニアが手を開くと空中を浮遊していた球体は手のひらに吸い寄せられるように
集まると、アビシニアは自身の周りに展開していた空間を閉じ、スカイショットと呼んだ物を再びポケットにしまい込んだ。
アビシニアは少しだけ間を挟むように息を吐くと瞳を閉じる。
「・・・正直この時点で私は自身の生命が幾ばくもないことを悟ります」
アビシニアは閉じていた自身の瞳を突然大きく見開くと開いた両目には記号のような文字が浮かび上がる。色素の薄くなった瞳の周りには力を込めたように筋が浮かび上がると、アビシニアはその瞳で皆を眺める。
「私の瞳で彼の攻撃を反らさなければ、瞬時に活動を停止していたとも思います」
アビシニアは変化した瞳で皆を見渡した後、スッと再び瞳を閉じる。瞳を閉じて暫くした後、浮かび上がっていた筋が消え去ると、アビシニアはゆっくりと瞼を開いた。
「・・・ここから先は私の記憶を語ります」
「証拠はありません」
「皆さんが私の話を聞いて判断して下さい」
アビシニアはそう語ると自身に起こった事を思い返すように瞳を閉じた。
「私は自身の命がここまでと悟ると」
「最後の望みをかけ残された時間をウーガーに真実を伝える為に使いました・・・」
アビシニアはそう言うと何かを思い起こす様に自身の瞳を閉じるのだった。