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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第七章 旦那様の幸せ

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身代わりなんかじゃない

 長年温めてきたリーゲル様への溢れんばかりの想いが、ここへ来て漸く報われた。


 愛のない政略結婚。結婚初夜に『愛さない宣言』をされて、不貞腐れたりもしたけれど。


 諦めないで良かった。ずっと好きでいて良かった。


 神様、ありがとうございます……!


 想いを交わしたリーゲル様と抱き合いながら、私は天にも昇る気持ちでいた。


「グラディス……」


 不意に名を呼ばれ、顎に伸びてきた手で持って、顔を上に上げさせられる。


 こ、これはもしかして『顎クイ』というやつでは!?


 本で見たことがあるだけで、私なんかには一生経験できることがないと諦めていた『顎クイ』! それが今、私に……!


 感動のあまり内心で咽び泣く。もちろん、表面上は穏やかな顔──真っ赤なのはどうしようもない──をしたままで。けれど。


「グラディス、今何を考えている? 私のこと以外を考えてはダメだよ?」


 そんなことを言われてしまった。


 この甘さはなんなんですかー!?


 糖度が高過ぎて順応できません! 甘すぎて蕩けてしまいそうです……。


「リ、リーゲル様は、本当に()()リーゲル様なんですよね?」


 だからつい、余計なことを尋ねてしまった。


 だって、あまりにも甘過ぎて、本物かどうか怪しく思えてしまったんだもの。これでもし偽物だったらどうしよう。


()()とはどういう意味なのか、よく分からないが。私はリーゲルで間違いないよ」

「そ、そうですよね。でしたら何も問題はないので──ひゃあっ!」


 不意に頬へと口付けられた。


 リーゲル様は本当にどうしてしまったの? 以前は絶対に、自分からこんなことをする人ではなかったのに。


「ふふっ。グラディス、可愛い」


 驚愕する私の様子に気付いていないのか、気付いていつつも知らない振りをしているのか、リーゲル様は嬉しそうに、今度は逆の頬に口付けてくる。


 ええええええぇぇぇぇぇ! この人は一体誰なんですか? 絶対リーゲル様じゃないですよね?


 いついかなる時も冷静沈着、氷のように冷たい公爵様と噂のリーゲル様は何処へ行ってしまわれたのですか?


 今目の前にいるリーゲル様も素敵だけれど、私の心臓がもたないので、今すぐいつものリーゲル様を返して下さい!


 若干パニックに陥りながら、私は少しでも心の平穏を取り戻そうと、懸命に祈りを捧げる。


 すると、何を思ったのかリーゲル様は私にぐっと美しいご尊顔を近付けると、とても真剣な眼差しで私のことを見つめてきた。


 え、ど、どうしよう。とてつもなく照れるし、恥ずかしい……。


 でも目を逸らすのは失礼な気がして、数瞬目を逸らしては見つめ返し、また数瞬逸らしては見つめ、と繰り返す。


 そうこうしているうちに、再び私と目が合ったタイミングで、リーゲル様はゆっくりと口を開いた。


「王太子殿下のことなんだが……」

「あ、は、はい」


 王太子殿下……。


 その言葉が出た瞬間、私の頭の中が、いきなり冷静さを取り戻す。

 

 そういえば、昨日求婚らしきものをされたけれど、保留にしたのか断ったのか、その辺りの記憶があやふやで、覚えていない。


 あの時私は、殿下になんて言ったのだったかしら?


 思い出そうとして難しい顔になった私。そんな私に対して何を思ったのか、リーゲル様は少し悲しそうな表情をすると、切な気に言葉を紡いだ。


「君はどうしたい? あの時私は、心のまま一方的にあいつの求婚を拒否させてしまったが、もしグラディスが本当に考えたいと言うのなら、私は──」

「その必要はありません」


 キッパリと、言い切った。


「あの時考えたいと言ったのは、私自身がリーゲル様のお傍にいて良いのかどうか、答えを出してからにしたいと思ったからです。リーゲル様もご存知の通り、私はずっとお姉様の身代わりだと言われてきました。ですが、身代わりと言うにはあまりにも能力が足りておらず、その事に私自身ずっと引け目を感じていたからです」


 身代わりと言われつつ、その身代わりにすらなれていなかった私。


 そんな私が王太子殿下へと嫁ぐことで、リーゲル様がもっと素敵な方と婚姻し直せるなら、それが一番良いと思った。


 私はリーゲル様が大好きだし、できる事なら添い遂げたいと思っていたけれど、リーゲル様の幸せを犠牲にしてまで、そうしたいと考えてはいなかったから。


「そんな……そんな事はない! いや、そもそも私は君を身代わりなどとは思った事がなかったから、アンジェラと比べた事すらなかった。だから、そのように自分を卑下する必要はない。私は君を……君だけを好いているし、求めているのは君自身なんだ!」

「はい……!リーゲル様のそのお言葉を聞いて、私は心の底から嬉しく思いました」


 リーゲル様の想いの籠められた言葉に、私の胸が感動によって打ち震える。


 ずっと身代わりだと思っていた。けれど実際、私はお姉様の身代わりにすら満足になれていなかった。


 足りないものや、出来ないことが多過ぎて。公爵夫人としての仕事や社交はもちろん、様々な情報収集の為の人脈作りですら出来ない自分に絶望していた。


 それでも、リーゲル様から離縁を言い出されるまでは頑張ろうと。こんな自分でも、何とかできる事を探してやっていこうと思っていた。


 なのに今、私はこんなにもリーゲル様に想われていて。信じられないぐらい幸せで。


 良いのだろうか? こんなにも幸せで。私なんかが、幸せになってしまっても。


 知らず、涙が頬を伝って流れていく。


「リーゲル様……私、私……幸せです……」

「うん……。グラディス、私もだよ」


 優しく微笑んだリーゲル様は、とめどなく流れる私の涙を、幾度も唇で吸い取ってくださった。


 もう、死んでも良い──。

 

 ここで死んだら、この先の幸せは感じられないし、せっかくリーゲル様と両思いになれたのだから、まだまだ生きていたいけど。


 でも、ここで死んだら死んだで『我が人生に悔いなし!』と言えそうな気もする。


 とにかく今私は、間違いなく世界一幸せだと、胸を張って言えた。

 

 

 




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