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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第六章 旦那様の傍に居たい

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逃走

 突然私の手を掴み、早足で歩き出したリーゲル様。


 リーゲル様自身はお店を出ても何ら問題はないけれど、私は食事を注文してしまったうえ、既に提供もされてしまっている。幾ら手を付けていないとはいえ、このまま店を出てしまったら、私が頼んだものの代金を店に残されたシーヴァイス様達に支払わせることになってしまう。


 そんなことをすれば不敬にあたるとリーゲル様を止めようとするのに、彼は全然止まってくれる様子がない。それどころか、何故だか切羽詰まっているようにも見えて、止めなければと思うのに邪魔をしていいものかという躊躇いもあり、強くは抵抗できず、結局私は手を引かれるまま店を出てしまう。


「あのっ、リーゲル様……!」


 それでも一度話をしたくて、大声で彼の名を呼ぶ。呼ばれて此方を振り返ったリーゲル様は、眉尻を下げ、早口でこう仰った。


「すまない、腹が減っているよな。すぐに他の店へ連れて行くから」


 いや、そうじゃない。と瞬時に内心で言い返したけれど、申し訳なさそうにしている彼の様子に、言葉を呑み込む。


 そのまま何も言えずに暫く歩いて行くと、ふと背後からリーゲル様を呼ぶ声が聞こえたような気がして、私は後ろを振り返った。


 かなり遠くの方に、護衛を引き連れて私達を追ってくる殿下方二人のお姿が見える。


 アルテミシア様はともかく、シーヴァイス様は息が切れているようで、彼女の足を引っ張っているようだ。


 剣の鍛錬は今も欠かさず行なっていると聞いていたけれど、普段からご公務に忙しくしていらっしゃるのなら、体力をつける余裕まではないわよね……。


 刺客に襲われた時のため、剣の鍛錬を行なっているとはいっても、それで疲れて公務に支障がでるのでは本末転倒。だから、王太子の鍛錬は専ら剣で急所を的確に突くことのみに特化して行われると、ジュジュに聞いたことがあった。


 どうしてジュジュがそんなことを知っているのかは、思った通り教えてもらえなかったけれど。


 なんだかもう、ジュジュは『そういう人』なんだって納得しちゃってるのよね。そもそもメイドと騎士を兼任してる時点でおかしいし。


 ジュジュの奇行? については、考えるだけ無駄だとポルテに言われ、尋ねてもどうせ教えてくれないのだから、素直に受け入れるのが精神的に一番良いと助言をもらった。


 それ以来、私はジュジュの言動や行動について、深く考えることをやめたのだ。


「リーゲル! 待ちなさい!」


 とうとうアルテミシア様がシーヴァイス様を見捨てて、一人で此方へと向かって来る。


 一人で先んじるのはダメだと護衛に止められ、足止めされているようだが、アルテミシア様が本気を出したら、すぐに追いつかれてしまうだろう。


「リーゲル様、お二人が……!」


 私の無銭飲食代を立て替えてくれたであろうお二人から逃げるのは気が引けるけれど、今はリーゲル様の気持ちを優先したい。


 何故なら私はリーゲル様の妻であり、彼は明らかにお二人から逃げていて、捕まりたくないと思っているのが全身から伝わってくるのだもの。


 この国の民として、王族である二人から逃げるなんて不敬極まりないけれど、私にとって最も優先すべきは、リーゲル様ただ一人。


 彼以上に優先しなければいけない人、優先したい人なんて、一人もいないのだから。


「やはり、逃げ切れないか……」

 

 見る間に近付いてくるアルテミシア様のお姿を認め、諦めたように呟くリーゲル様。


 そんなに悲しい声を出さないで下さいませ。ここは私が何とか致しますから!


 強い決意を胸に抱き、私はリーゲル様に掴まれていない方の手で拳を握ると、小さい声で呟いた。


「ジュジュ、頼んだわよ」


 今日の外出に、ジュジュはついて来ていない。


 部屋付きメイドであるジュジュは、基本的に私の外出には付き合えない──だけど。


 神出鬼没で何処にでも現れるジュジュなら、きっと助けに来てくれるような気がして。


「リーゲル様、どうか私についてきて下さいませ」

 

 私は私でリーゲル様の手を強く握ると、一度大きく息を吸い込み、意を決して人混みの中へと飛び込んだ!


 木を隠すなら、森の中。つまり、人を隠すなら人混みの中というわけで。


 この時ばかりは淑女の仮面を脱ぎ捨て、私はリーゲル様と逸れないよう気を遣いながらも、全速力で人混みの中を駆けた。


 


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