気疲れが半端ない
「あ、あの、リーゲルさ──」
「私とグラディスは先程二人でいる時に友となった。友人同士が名前で呼び合うなど、何らおかしなことではないだろう? 現に、お前とアルテミシアも名前で呼び合っているではないか」
私の言葉を遮った王太子殿下は、まるでリーゲル様を咎めるように、キツイ言い方をする。
何もそんな言い方しなくても良いじゃない、リーゲル様が可哀想だわ。
そう思うも、さすがに口には出せず、悔しい思いをしながら私は王太子殿下を見つめる。
「確かにそれは……そうかもしれませんが……」
そこを突かれるとリーゲル様も言い返すことができないようで、口を噤んでしまう。
リーゲル様と王女殿下が名前で呼び合ってるのは間違いないものね。
「だったらそんなつまらない事で腹を立てるな。不愉快だ」
「申し訳ございません……」
半ば納得がいかないといったような表情でありながら、殿下に頭を下げるリーゲル様。
どうして? 二人は仲が良いんじゃなかったの? 何故こんなことになっているの?
二人を交互に見つめ、私はオロオロしてしまう。折角一緒に外出しているのに、こんな空気は嫌だわ。
どうしたらこの嫌な空気を払拭できるか考えていると、王太子殿下が私に微笑みを向けてきた。
「……で? グラディスが私に聞きたいこととは何だ?」
うわ……。ここで何事もなかったかのように話を戻すんだ。この人の神経どうなってるのよ。
リーゲル様のことが気になりつつも、ここで話が逸れるなら、それはそれで良いのかも? と思い、私は口を開く事にする。
特にこの質問は、王女殿下がいると聞きにくいことこの上ないから。アルテミシア様がいない今、聞いておかなければいけない。
「えーと、シーヴァイス様はどうしてそんなにアルテミシア様を嫁がせたいのですか? 無理矢理既成事実を作らせようとするなんて、ちょっと正気を疑うというか……あ、言いすぎました。申し訳ございません」
つい余計なことまで言ってしまい、慌てて頭を下げるも、ふいと殿下に目を──というより、顔を逸らされた。
え? まさか顔ごと逸らされる程失礼だった?
王太子殿下に正気を疑うとか、さすがに言ったら不味かった?
とはいえ、一度口から出てしまった言葉は回収不可能で。
どうしよう、やってしまったかも……と思ってリーゲル様を見ると、何故だか彼も顔を逸らしていて。
よく見ると、二人仲良くぷるぷると肩を震わせている。
どうしたのかしら?
分からず、一人で首を傾げていると、王太子殿下がポンとリーゲル様の肩に手を置いた。
「分かる、分かるぞリーゲル、私にはお前の気持ちが。これは貴重だ。そして……癒されるな」
「お分かりいただけますか? そうなんです。偶に理解できないこともあるのですが、概ね許容範囲というか……普通と違うからこそ癒されるというか……」
「うむ、うむ」
何やら二人だけで分かり合い、頷きあっているが、私にはちっとも分からない。
でもさっきまでの重苦しい雰囲気はなくなっているから、結果的には良かった……のかな?
楽天的に考え、安堵の息を吐くも、ちょっと待ってと身を乗り出す。
「あ! でも殿下、じゃなくてシーヴァイス様! まだ私の質問に答えて下さってないです!」
殿下と呼んだ瞬間、鋭い目を向けられたので、慌てて名前を言い直す。
殿下の名前を口にしたら、今度はリーゲル様の目が鋭くなったような気がしたけど、どちらにしろ睨まれるなら、今は殿下に睨まれない方を優先する。
だって、位的にはあちらの方が上だもの。
リーゲル様ごめんなさい、と内心で謝りつつシーヴァイス様を見つめると、彼は何かを考えるかのように、顎に手を当てた。
「質問……ああ、アルテミシアを嫁がせる理由……だったか」
もしかして、私の質問を忘れそうになってたんじゃないでしょうね?
まったく油断も隙もない……と思いながら、私はシーヴァイス様に詰め寄る。
「そうです! シーヴァイス様だって婚約者がいないのに、どうしてアルテミシア様だけを必死に嫁がせようとなさるんですか? 年齢的に考えて、アルテミシア様にはまだ猶予がありますし、どちらかといえば殿……いえ、なんでもありません」
危ない。また失言するところだった。
どうして私の口は、こうも毎回余計なことを言うのかしら。
口を開く前に『今回喋って良いのはここまで!』って線でも引ければ良いのに。
でも、まぁいいわ。今回は言いそうになっただけで、肝心な部分は言う前に止められたもの。『殿下の方が行き遅れ』なんて言おうものなら、命がなかったかもしれないわ。
ほっと胸を撫で下ろす私とは対照的に、シーヴァイス様は再び肩を震わせ始める。
何なの? シーヴァイス様は定期的に肩が震える病にでもかかっているとか?
わけが分からず頭を悩ませる私を無視して、殿下はリーゲル様の方を向く。
「ぷぷっ……私に対してこんなにもハッキリと言った人間は初めてだ。リーゲル、お前の奥方は本当に得難いな」
「……差し上げませんよ」
笑う殿下とは対照的に、リーゲル様は無表情。
呟く様に発せられた一言に、シーヴァイス様はピタリと笑うのをやめる。
「リーゲルお前……国家の安寧のために協力しようとかそういう気持ちは持ち合わせていないのか?」
「もちろん持ち合わせていますとも。筆頭公爵家当主として、出来る限りの助力は惜しまないつもりです」
「だったら──」
「しかし今のお話は、意味合いが全く違うと思われますが」
瞬間、場の空気が凍りついたような気がした。
この二人はなんなんだろう……。仲良くしたり気まずくなったり、一緒にいるともの凄く気疲れするんですけど……。
無言で見つめ合う──威嚇し合う?──二人を見ながら、私は(そういえば、私の質問にはいつ答えてくれるんだろう?)なんてことを考えていた。




