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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第一章 旦那様と仲良くなりたい

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態度が悪すぎます

話の切れ目が見つからず……長くなりました


誤字報告ありがとうございます! 修正しました⭐︎

「奥様、お食事を終えられたら執務室に来るようにと、旦那様からの言伝でございます」


 公爵家の美味しい朝食を済ませ、食後のお茶を楽しんでいる私に、やって来た家令がそんなことを言ってきた。


「あら、旦那様は今日も普通にお喋りできるのね。分かったわ」

「はい……?」


 私の返した言葉に、家令は不思議そうに首を傾げる。


 彼には分からないかもしれないけれど、私がリーゲル様の喋るお姿を拝見したのは、アンジェラお姉様がいなくなってからは昨日が初めて。実に半年以上ぶりであったのだ。


 だから、昨日の閨でのリーゲル様との出来事は夢かもしれないと思っていたし、義務で結婚だけはしたものの、そのまま放置プレイをされるものとも思っていた。


 なのになのに。まさかの私をお呼びとは。


 もしかすると、昨日言ってた『契約結婚』についての話だろうか。


 私の記憶の中では、昨日はその単語を一方的に聞かされたただけで、何の説明も受けていないし。


 ……受けてないよね?


 どうにも昨日の記憶が曖昧なせいで、自分の考えに自信を持てないのが辛い。


 だけど契約と言うからには、その内容を書き記した書類が必要になるわけで。そんな物にサインをした覚えはないから、十中八九その話だろう。


「……そうだよね?」


 なんとなくリーゲル様の顔を見るのが怖くて、扉をノックする前にポルテを振り返り尋ねたら「な、何がですか?」と、思いっきり慌てられてしまった。


「わ、私なにか奥様のお話を聞きそびれてしまいましたか? も、申し訳ありません」


 あたふたと謝られるが、ポルテは何も悪くない。


 寧ろ動揺していきなり話を振った私が悪い。というか、私しか悪くない。


「ごめんなさい、気にしなくていいわ。……入るわよ」


 たかだかリーゲル様の執務室に入るだけだというのに、まるで死地へ赴くかのような心境で扉をノックする。


「入れ」


 リーゲル様の声だ!


 たったそれだけのことなのに、胸がキュンキュンして動悸が激しくなってしまう。


 昨日は、告げられた内容が衝撃的過ぎてリーゲル様の声に胸をときめかせる暇さえなかったから、平常心? でいられたけど……。


「……どうした? 入れ」


 胸を押さえて扉の前で固まっていたら、入室を急かされた。


 ああ、とうとう生きて動いて喋るリーゲル様を見られるのね……。


 厳密に言えば、ずっと生きて動いてはいたけれど。


 お姉様がいなくなられてから昨日までのリーゲル様は、ただの動く人形だった。若しくは、生ける屍。


 感情を表すことも、言葉を喋ることさえもない、唯生きて動くだけの人形。


 もちろんリーゲル様は見た目がとんでもなく素晴らしいから、たとえ人形であっても一緒にいられるだけで私は充分満足していたけれど、お声を聞けるとなればまた話が違う。


 半年以上も人形として過ごして来たリーゲル様が、とうとう人としての心と声を取り戻した!


 感涙に咽び泣きそうになり、ポケットを探ろうとしたところで、背後から無言でハンカチを差し出された。


 ……さすが公爵家の侍女。できる。


 ポルテと目を合わせ、頷き合ってハンカチを受け取ると、再度室内から声がかかった。


「……おい、何をしている? さっさと入れ!」


 あまりにもグズグズし過ぎて怒らせてしまったようだ。


 私はドキドキしすぎた心臓が胸を突き破って飛び出さないよう、強く胸を押さえながら、とうとうリーゲル様の執務室内へと足を踏み入れた。


「失礼致します」


 緊張で声が震えなかったかしら? と心配になりつつ、できるだけリーゲル様のお顔を直視しないよう、俯きがちに側へと近付く。


 間違って目を合わせようものなら、間違いなく石化する自信があるからだ。


 意思のない人形であったリーゲル様ならいざ知らず、意思を伴った状態のリーゲル様は危険だと、私の中で警鐘が鳴り響く。


 アンジェラお姉様と婚約者同士であった時にも、私はリーゲル様と視線を合わせたことはなかった。


 家族との顔合わせで我が家を訪れられた時でも、恐れ多くて庭の木や柱の陰からそっと盗み見ていたぐらいだ。


 だからリーゲル様が生気のない人形状態になられてからは、彼の瞳の焦点が合わないのを良いことに、好きなだけ見つめることができていたのに。


「……私をお呼びだと伺いましたが、どういったご用件でしょうか?」


 リーゲル様と執務机を挟んで立ち、ここでも目が合わないよう、微妙に視線を逸らしながら口を開く。


 瞬間、花の香りがふわりと鼻を掠め、私は思わず目を閉じた。


 書類の量が多いせいか机は中々に大きいサイズなのだが、それを挟んで向かい合っただけで、この香り。


 何の花かは分からないが、リーゲル様が好んで使う花の香りのする香水だ。


 香りだけでも傍に置きたくて香水店を探し回ったけれど、どこにも同じものはなかったから、恐らく特注品なのだろう。


 香水まで特注だなんて、流石公爵家と言うべきか。


 だったらせめて元となっている花だけでも特定しようと香りに意識を集中させていたのだが、突如バサっと音をたてて置かれた書類により、香りは吹き飛ばされてしまった。ああ、もったいない。


「……なんという顔をしている?」

「え?」


 どういう意味だろう?


 言われた言葉の意味が分からず、眉間に皺を寄せる。


 もしかして、香水の原料を特定しようとするあまり、見るに耐えない顔にでもなっていたのだろうか。だとしたら恥ずかしすぎる。穴があったら入りたい。


 けれど、リーゲル様が言いたかったのは、どうやらそういうことではないらしい。


 バンっ! と机を叩くと、突然声を荒げた。


「まるで残念なものを見るような目を私に向けるな! 私とて、好きでお前を妻に迎えたわけではない! 政略のため仕方なく──」

「存じております!」


 リーゲル様に負けず劣らずの声量で、彼の言葉を遮る。


 正直な話、大好きなリーゲル様の声ならばずっと聞いていられるけど、半年以上も聞くことができなかったお声を聞けるなんてご褒美のようなものだけど、如何せん内容がいただけない。


 私達の婚姻が政略なのは分かっているけど、だからってそう何度も繰り返されたら私だって落ち込む。


 ていうか、もう既に落ち込んでいる。初夜を拒否された時点で。


 もちろん私などより本来の婚約者に捨てられたリーゲル様の方が傷付いているだろうし、辛い思いもしているだろうけれど。


 だからといって、人の傷口に何度も塩を塗りこんでいいわけじゃない。


 自分がやられたら嫌なことは人にしないなんてこと、子供だって知っているのだ。


 自分が傷付いているから他人も傷付けていい筈なんてない。しかもそれが大好きな人であるなら尚更そんなことして欲しくないのだ。


 だからこそ、私は彼の言葉を遮った。


 私を傷付ける言葉を吐けば、それによってまたリーゲル様自身も傷付くと思ったから。


「被害妄想はおやめ下さいませ。私達の結婚事情については、何度も仰られなくとも十分に理解しております。私はそこまで馬鹿ではありませんし、アンジェラお姉様と自分とは比べるべくもないことは承知致しておりますので」


 いい加減しつこいんだよ、という意思を込めてリーゲル様をじっと見つめる。


 ついさっきまでは (初恋の彼とは目も合わせられな〜い。きゃっ) とか思っていたくせに、怒りが湧いた途端目を合わせられるんだから、我ながら不思議なものだ。


 突然私が態度を変えたせいか、リーゲル様は戸惑ったような表情を浮かべている。

 

 が、すぐにキリっとしたお顔になると、つい先程花の香りを吹き飛ばした書類の束を、此方に差し出してきた。


「それは契約結婚についての条項を纏めたものだ。出来得る限り君にとって有利な条件を揃えたつもりだが、細部まできちんと目を通した上で、不服があれば早目に申し出て欲しい」

「分かりました」


 売り言葉に買い言葉的な状態で、言われたことに端的な答えを返す。


 政略結婚についてしつこく言ってきたことには、謝罪する気はないらしい。


 はい、そうですか。そのことについては悪いとも何とも思ってないってことなんですね。


 まぁ別に良いけど。公爵家なんて高貴な家柄に生まれた人達は、かなり尊大な性格に育つようだし。


 返事をしながら、ざっと書類に目を通す。


 書いてある条件は、どれも何処かで聞いたことのあるような物ばかりだ。


 白い結婚であること。外出、買物、お茶会などへの参加は自由。金銭の取り扱いに関しては、公爵夫人として割り振られた予算内で使用すること。不貞行為は禁止とするが、男娼を買うのは自由。但し、節度を持って本気にならないこと。


 ……なんだか『本気にならないこと』の一部分だけ、文字が震えてるような?


 まさかお姉様も、最初は遊びのつもりで騎士と付き合ったけど、本気になって駆け落ちした──とかいうオチじゃないわよね?


 あのお姉様が遊びで男性と付き合うなんて真似、する筈がないし……。


 しかもこれ、男娼と節度を持つって書いてあるけど、節度を持ったらあちらは仕事にならないのでは?


 ちょっと意味が分からない。


 思わずチラ、とリーゲル様に視線を向けると、訝し気に首を傾げられた。


「不明点でもあったのか?」

「はい、あの……男娼についての部分なのですが、節度を持った付き合いというのはどういう……?」


 もちろん私に男娼を買う気などない。


 けれど単純に疑問として思ったから聞いただけ、だったのだが。


「不貞行為は禁止と書いてあるだろう! 節度を持つとはそういうことだ!」


 また怒鳴られた。


 リーゲル様、実は結構短気? それとも沸点が低いのかな?


 人形状態が長過ぎたせいで、感情のコントロールが効かなくなってるとか?


 様々な原因が考えられるが、これ以上余計なことは言わない方が良さそうだ。


 私はそう判断すると、契約書の全ての項目に目を通してから、それをリーゲル様にお返しした。


「契約書の内容については把握致しました。こちらからは、特に何も言うことはありません」

「そうか……」


 分厚いわりに、大したことは何も書いてなかった。ありきたりな内容を、言い方変えて何度も繰り返し書いてあっただけ。


 一体どんだけ私のこと馬鹿だと思ってるんだか。


 見た目がどうにもならない分、他は負けないようにと思って、勉強は物凄くしてるのに。


 きっとヘマタイト公爵家の皆様は、そんなことすら知らないんだろうな。


 最低限の体裁を繕うために、苦し紛れに迎えた妻のことなんて、どうでもいいと思ってる筈だから。


 それにしたって少しぐらい興味を持って欲しかったと思いながら、私はそこでどうしても聞かなければならないことを思い出し、口を開いた。


「一つだけお聞かせ願いたいのですが、私達はどういう風に夫婦として過ごしていけばよろしいですか?」

「どういう風に……とは?」


 私が質問をするとは思っていなかったのか、リーゲル様がキョトンとした顔をする。ヤバい、可愛い。その顔堪らない。


「つまり、家の中でも外でも他人のように過ごすのか、外でだけ仲睦まじく見えるように振る舞うのか、ということです」

「ああ、そうだな……」


 そこでようやく合点がいったらしく、顎に手を当て考え込むリーゲル様。


 美形は悩む姿すらかっこいい。むしろ尊い。一生悩んでいて欲しい。


 このお姿を、絵にして部屋に飾りたい!


 なんてことを熱く考えていたら、顔を上げたリーゲル様と真正面から目が合った。


「うっ……!」

「どうした? 大丈夫か!?」

「大丈夫です……お気になさらず……」


 駆け寄って来ようとしたリーゲル様を制止して、少しだけ後ずさる。


 あまりに見つめすぎていたせいで、目が合った瞬間心臓が止まりかけたなんて言えるわけがない。言ったところで信じてはもらえないだろうし。


 邪険に扱っているようでいて、こういう時だけ人としての優しさを見せないでもらいたい。冷たくするならずっと冷たくしてくれる方が気楽だから。


「それで……質問の答えは?」


 私が心臓を押さえながら尋ねると、リーゲル様は心配そうな顔から一転不機嫌を顕にし、苦々し気にこう言った。


「外では仲睦まじく。……仕方なくお前と婚姻を結んだとはいえ、不仲になどしていたら、社交界のいい笑い者にされるからな」

「でしたら一つお願いが」


 間髪入れず言った瞬間、なんとも嫌そうな顔をされる。


 リーゲル様の美しいお顔のど真ん中に「まだあるのか」という文字が見えるよう。


 こっちだって、言わずに済むなら言いたくない。けれどこれは絶対に必要なことなのだ。


「仲睦まじくと仰られるのであれば『お前』と言うのはおやめ下さいませ。私はあなたの『妻』なのですから」


 どれだけ意に沿わない結婚であろうと、気に食わない相手であろうと、妻に対して『お前』というのは外聞がよろしくない。


 今まではその見た目や優秀さから、少しぐらい言葉や態度が悪くても許されてきたのだろうけれど、結婚して爵位も継いで一人前になったからには、きちんとしていただかなければ。


 私のような残念な女を妻にしてしまったのだ。


 だったらせめて、それ以外の汚点など一つもないようにしなくてはならない。


 どうせ好かれることのない私だもの。最初から嫌われていると分かっているだけ、色々とやりやすいというものだ。


 お姉様に駆け落ちされてからというもの、それまでの羨望も相俟って、社交界でのリーゲル様の評判はあまり良くない。


 同情してくれている人は沢山いるが、婚約者がいたにも関わらず、年頃の女性人気をほぼ独り占めしていたことから、同年代の男性陣にお姉様とのことを面白おかしく吹聴してまわられているためだ。


 持って生まれたものはどうしようもないのに、誠実にお姉様だけを想っていたリーゲル様を晒し者にするなんて。


 醜い男達の嫉妬なんて、私が吹き飛ばしてやるんだから!


 強い決意に瞳をギラつかせる私にリーゲル様は何を思ったのか、


「すまない。二度と君をお前などと言わないことを約束する。その……グ、グラディス……」


 と──何故か若干怯えた様子を見せつつ──初めて私の名前を呼んでくれた。


 



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