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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第五章 旦那様を守りたい

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非道な王太子

 街の中を、王女殿下の好きなようにあっち、こっちと連れ回される。


 普段あまり出掛けることのない私は、運動不足の為すぐに息が切れてしまい、店内へ入っても息を整えるだけで精一杯で、とても品物を見る余裕なんてない。


「大丈夫か?」


 見かねたリーゲル様が声を掛けてくれるけれど、呼吸が苦しすぎて返事をすることすらままならず、私は肩で大きく息を吐く。


「……っ、ゲホッ」

「ああ、無理に返事をしなくて良い」


 リーゲル様が、優しい手つきで私の背中を摩ってくれる。うう、なんて優しいのかしら。


 全員同じ速さで歩いている筈なのに、息切れを起こしているのは私だけで、後は誰一人息を乱してさえいない。


 王太子殿下とリーゲル様は足の長さの違いもあるからまだ納得できるけれど、王女殿下は私よりも背が低い──つまり、コンパスが短い──のに、どうしてあんなに平然としていられるのかしら?


 女性なのに腕力もあって体力も無尽蔵……って、ちょっとした恐怖よね。しかも、見た目は絶世の美女とか、あまりにも詐欺案件すぎる。


 見た目に騙されて婚約なんてしちゃったら……ご愁傷様と言うほかないわ。


 王太子殿下は今まで一度として婚約者を作ったことはないらしいけれど、王女殿下はこれまで何度か婚約者候補をたてたことがあるらしい。


 それなのに未だ一人も正式な婚約者が決まっていないということは、少なからず問題があるからだろうというのが大方の予想で、その問題がどんなことなのかを知る人はいない──過去の婚約者候補達は頑として口を開かない為──が、恋バナが好きな令嬢達の間では、専ら『結ばれない公爵令息様との恋』が原因ではないかと噂されている。


 尤も、今は公爵令息様じゃなく、歴とした公爵様なんだけどね……。


 王女殿下を見ている限り、リーゲル様を想っているのは嘘じゃないから、結婚しないのは確かにそのせいもあるかもしれないけれど、どうにもそれだけではないような気がする。


 王女ともなれば、惚れた腫れただけで結婚を避けるのは、どうしたって無理だろうし。


 それに、もっと不可解なのが王太子殿下なのよね。


 リーゲル様と同い歳ということは、とっくに結婚適齢期となっているのに、婚姻どころか婚約者すらいないというのは、王太子としてどうなんだろう?


 国を継ぐ者として、後継ぎだって作らなければいけないはずなのに、一体何を考えているのか──。


「グラディス! 次に行くわよっ」

「え? あ、はい!」


 ぼーっと考え事をしていたら、いつの間にやら買物を済ませていた王女殿下に、再び手首を掴まれてしまった。けれど。


「アルテミシア、グラディスは少々疲れているようだから、この辺で勘弁してあげて。代わりにリーゲルを貸してあげるよ」

「まあっ!」

「おいっ!」


 私の手首を解放しながらの王太子殿下の言葉に、王女殿下は感嘆の声を漏らし、リーゲル様はあからさまに不機嫌な声を出す。


「まぁまぁリーゲル。グラディスはもう限界だよ。君は夫として、愛しの奥方を守る義務があるだろう?」

「それはそうだが……というかお前っ! 人の妻の名を勝手に呼び捨てに──」

「さあリーゲル様っ! 次へ行きますわよ!」

「ちょ、まっ、まだっ……!」


 話はまだ終わっていないと言いた気なリーゲル様を無視して、王女殿下が次の目的地へと向かって歩き出す。


「ア、アルテミシア、待て、まだ話がっ……」


 言いながら、ズルズルと引き摺られて行くリーゲル様。


 かなり本気で抵抗しているように見えるけれど……うん、あれはどうにもならないわね。


 心なしか、私を引っ張っていた時より王女殿下の歩く速度が速くなっているような気がする。


 そんな二人の様子を、私の隣で楽し気に見守っていた王太子殿下は、堪えきれないという風に笑い声を漏らした。


「ふふっ。あれでもね、君の腕を引いていた時はそれなりに気を遣っていたんだと思うよ。男以上に男らしいせいで、妹も今まで色々と苦労してきたから」

「そうなんですの?」


 我が儘王女殿下の意外な過去……!


 驚く私に、王太子殿下は真面目な顔で頷く。


「昔はあれで嫌な思いをたくさんしたけど、今はもう逆に吹っ切ってしまったというか、自分を押さえつけるのはやめたみたいで」


 お陰で婚約者どころか友達もできないんだけどね、とため息を吐いて肩を竦める。


 それって、かなり寂しい状況なのでは?! 人のことは言えないけども……。


「仕方がないから無理矢理既成事実でも作らせて結婚させてしまおう、と思って何度か挑戦してるんだけど、これが中々上手くいかないんだよね……」


 悩まし気な顔で言うけれど、王女殿下が男性の生気を吸うっていう噂の出所はあなたですか! と突っ込みたくて堪らない。


 乙女の純潔を一体何だと思ってるんだ。


「妹はあんなにも可愛いのにさ、寝室に二人だけで閉じ込められて、手を出さない男の気が知れないよね……」

「は、はあ……」


 私は妹にそんなことする、あなたの気が知れませんけど!?


 しかも、それで下手に手を出したら、不敬罪どころじゃ済まないってこと分かってるのかしら?


 下手したら死刑よ、死刑。命を懸けてまで王女殿下を襲おうとする人なんて、いないと思うのだけど。


 その上、無理矢理ことに及ぼうとするなら、嫌がる王女殿下を押さえつけなきゃいけないわけで……それって、そこらの貴族令息には到底無理な話なんじゃ?


 よっぽど力が強くて逞しい人なら分からないけど……。


 疑問に思って首を傾げると、王太子殿下は私のそんな考えに気付いたかのように、追加で説明をしてくれた。


「そうそう、もちろん妹は両手両足を寝台に括り付けて、ご丁寧に猿轡までかましてあげたんだけど……それでも手を出さないってさ、男としてどうなの? って話──」

「だ、大事な妹に、なんてことするんですか!」


 ハッ。しまった。興奮してつい心の声が出てしまったわ。


 でも、言ってしまったからにはもう後には引けない。


「どうしてそんな酷いことをしてまで王女殿下を結婚させようとするのです? ご自分だってまだ結婚していないのに。乙女の純潔は大切なものなんですよ? それを無理矢理婚姻の為に散らせようなどと……絶対に許せません!」


 急に私が怒鳴ったからか、キョトンとする王太子殿下。まさか怒られるなんて、夢にも思っていなかったらしい。


 店内の視線は当然ながら独り占め。


「あ……あ~とにかく、一旦店から出ようか」


 立場的にヤバいと思ったのか、王太子殿下が素早く動く。


 お騒がせしました──と言って頭を下げ、店内を後にする私達。


 外へ出た所で、リーゲル様達を見失ったことに気が付いた。


 もう! 王太子殿下が変な話をしたせいで、二人を見失ってしまったじゃないの!






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