近いです!
「さてと。では改めて、私の話をキチンと聞いてくれるか?」
私の両手を握ったまま、リーゲル様が瞳を覗き込むようにして、顔を近付けてくる。
え、なに? なんで近付いてくるの?
私は驚き、反射的に顔を後ろに引くも、両手を握られているため、一定の距離以上には下がれない。
顔だけなら、上に逸せばなんとかもう少しだけ距離を稼ぐことができるけれど、話をしようとしているのに顔を逸らすなんて、あまりにも失礼すぎる。
かといって、このまま顔を近付けてこられたら、羞恥で意識を失ってしまいそう。
どうしようと考えを巡らせるも、徐々に近付いてくる美麗な顔のせいで気が散って、正直それどころではない。
せっかくのリーゲル様のご尊顔。こんなに近くで拝見できる機会なんて、そうそうないのよ!
そう自分に言い聞かせ、怖気付く気持ちを叱咤するも、近い。近すぎて拝見するどころじゃなくなっている。
だというのにリーゲル様は、私の両手を掴んだ手を後ろに引いて私を逃げられなくさせ、顔だけをぐっと近付けてくるのだ。
待って待って待って。
内心で繰り返すも、声に出ていないせいで全く伝わっていない。その間にも、リーゲル様は気にせずどんどん顔を近付けて来る。
待って待って近い近い近い──。
「やっ……あの、ち、近いですリーゲル様っ!」
もうこれ以上は! と思った瞬間、私の口から声が発せられた。
さっきまでは恥ずかしすぎて声を出すこともできなかったのに、切羽詰まると何とかなるものだ。
火事場の馬鹿力的なものだろうか。
漸くリーゲル様が接近をやめてくれたので、私は彼から一旦視線を外し、気持ちを落ち着けるべく大きく息を吐き出す。
そのタイミングで、部屋の隅から聞き慣れた声が聞こえた。
「……恐れながら申し上げます。旦那様、あまり距離が近すぎますと奥様が緊張してしまい、話を聞くどころではなくなってしまわれます。下手をすれば気を失われる恐れもありますので、お戯れはその辺りでやめていただくのが宜しいかと」
ポルテ!
天の助けとばかりに、私は勢い良く顔の向きを変え、キラキラした──自己比──瞳をポルテに向ける。
目が合うと、お任せ下さいとばかりに大きく頷かれ、私は危機を救ってくれたポルテに、内心でスタンディングオベーションをした。
良かった……。心臓がドキドキしすぎて死ぬかと思ったわ。
リーゲル様のご尊顔はある程度の距離を保つことができれば、何時間、何日だって飽きずに見続ける自信があるけれど、距離が近すぎるとどうしたって羞恥が先に立ってしまい、それどころではなくなってしまう。
だから実際、適切な距離が何よりも大切なのだ。
理解ある侍女がいて、私は本当に幸せ者だわ……。
しかも、その侍女を私の専属にしてくれたのはリーゲル様なのだから、流石の手腕としか言いようがない。
本当に、全てにおいて完璧な人。こんな人が私の旦那様だなんて、神様には感謝しかない。
「それではグラディス。これぐらいの距離なら落ち着いて話を聞けそうか?」
若干の距離を取ったリーゲル様が、優しく問いかけてくれる。
本音を言わせてもらえば、まだまだ近すぎると感じたけれど、辛うじて目を開けていられるギリギリの距離は保ってくれていたため、及第点といったところ。
しかも、話す相手がリーゲル様という時点で落ち着くのは無理なのだけれど、そてを言っても如何にもならないことは分かっているため、私はできる限り平静を装って頷いた。
「ですが、手は──」
「ん?」
ついでに手を離してもらおうと口を開くも、なにやら圧を感じる笑顔で首を傾げられたから、なんでもありませんと首を振る。
距離は幾分離してもらえたけど、手はダメなのね……。
既にうっすら手汗をかいているような気がするものの、離してもらえないのであれば仕方がない。
ついさっき無理矢理手を引っこ抜いたから、なんとなく気まずいし、さすがに二度目はできないわよね。
やんわりと手に力を入れてみるも、予想通りピクリとも動かすことはできず。
「それで、お話というのは?」
最早手を離してもらうのは諦めて、誤魔化すように話を振った。
彼の話を聞かない限り、永遠に手を離してもらえないだろうから。




