疑問だらけ
「グラディス、少し時間をもらっても良いだろうか?」
公爵邸へ戻り、自室に向かおうとすると、リーゲル様が突然私にそう声をかけてきた。
どうかしたのかしら?
「はい、別に構いませんけれど……」
不思議に思いながらも頷くと、着替えたら応接室へ来るよう言われ、一旦別れる。
なんだろう? まさか王女殿下のことについて何か言われるとか?
馬車内のリーゲル様はとても機嫌が良さそうだったけれど、反対に、カフェで会った時はすこぶる機嫌が悪そうだった。
いつもは誰にでも優しく親切なリーゲル様が、侯爵令嬢に辛辣な言葉を吐くぐらいだ。恐らくカフェに来る前に相当な何かがあったのに違いない。
もしかして、朝食が終わったら庭園に来るよう言われていたのに、それを無視して街へ行ったのがいけなかった?
それについて王女殿下にお叱りを受けたか何かで、私を街まで連れ戻しに来たとか?
でも、その役目は態々リーゲル様本人が果たさなくても、使用人で十分だったはずだ。
彼自身が、街まで来た理由にはならない。
それに、分からないことは、他にもある。
馬車が公爵邸に向かって走り出してから、リーゲル様の機嫌が劇的に良くなったことだ。
取り立てて何かがあったとは思えないのに、突然吹き出して笑い始めるものだから、私とポルテは呆然として見つめることしか出来なかった。
もちろん私は、貴重すぎるリーゲル様の笑顔を脳内にインプットする為、バレない程度にガン見していたけれど。
邸に馬車が到着すると同時に無表情に戻ったのを見た時は、流石としか言いようがなかったわ。
あそこまで態度を様々に変えられると、何が正しいのか余計に分からなくなってしまう。
「呼ばれたのが応接室ということは、王女殿下はまだ滞在されている可能性があるのかしら?」
着替えをしながら、気になっていることをポルテに尋ねた。
まだ殿下が邸にいらっしゃるなら、応接室に行く前に、それなりの心構えが必要だ。
これ以上殿下と話したくなくて、せっかく街へと逃げ出したのに、帰って来て捕まるなんて詰めが甘いとしか言いようがない。
尤も、使用人ならともかく、リーゲル様に迎えに来られたら、抵抗なんて出来るはずないのだけれど。
「私も何故応接室なのかが引っ掛かってはいるんですけど、殿下がまだいらっしゃるのであれば、旦那様を一人で街へ行かせるわけがないと思うんですよね……」
行かせるとしても、絶対について来そうじゃないですか。
と、ポルテが考えながら答えを返してくる。
確かにそれは私も同意見だ。
殿下はリーゲル様に会うためにわざわざ公爵邸へとやって来たのだから、逃げた私に嫌がらせをしたいがために街から連れ戻そうとしたとしても、彼一人で迎えに行かせることは絶対にないはず。
「ということは、殿下は既に邸にはいらっしゃらない……?」
だとしたら、リーゲル様はどうして私を迎えに来たの?
既に殿下はいないかもという可能性に喜びつつ、だったらどうして? という疑問が頭をもたげる。
「どちらにしろ応接室に行けば分かることですから、ここはさっさと覚悟を決めて行く方が心の負担は減ると思いますよ」
「それはそうかもしれないけど。自分のことじゃないからって、ちょっと適当じゃない?」
恨めし気な視線をポルテに向けるも、全く動じず、にこやかに微笑まれる。
「そんなの当たり前じゃないですか。ささ奥様、着替えはもう終わりましたので、速やかに応接室へ参りましょう」
旦那様が首を長くしてお待ちですよ、と促され、釈然としないながらも私は部屋を出て歩き出した。
歩きながらも、ふと考える。
最近、女主人としての威厳が失われているような気がするのは気のせいかしら?
もちろん最初からそんなものはなかったけれど、以前よりなんとなく私への扱いが雑になっているような気がする。
少し前のポルテだったら、もっとちゃんと私の気持ちが上向いてから、応接室へ向かわせてくれたような。
基本的に前向きな気持ちで過ごすようにはしているものの、要所要所ですぐウジウジ考え込んでしまうから、そういうところが面倒くさくなって、若干私の扱いが適当になったのかも。
私としては、適度なところで止めてもらえるのは有り難いから、別段不満があるわけではないのだけれど。
「でもこう、なんというか……もう少し愛情を持って? 接してほしい……」
思わず声に出してしまうと、
「十分愛情を持ってお世話させていただいていますが?」
と間髪入れず返された。
「悩むことが悪いことだとは申しませんが、奥様は少々考えすぎるところがありますから。時間は有限ですし、節約できるところはしていきましょう」
だから、ポルテもジュジュも私の心を読みすぎだと思うのだけど。
ほんのちょっと口に出しだけで、どうして考えてることが分かってしまうのかしら……。
もしかして私って、そんなに分かりやすい?
そう思った途端、目に見えてオロオロし、淑女教育(最上級)なんて全然役にたっていないじゃない! と内心で地団駄を踏む。
そんな私を見ていたポルテが、「そういうところですよ……」と呟き微笑んだことに、私はまったく気付かなかった。




