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私の初恋の人に屈辱と絶望を与えたのは、大好きなお姉様でした  作者: 迦陵れん
第三章 旦那様はモテモテです

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幕間 更に悩めるリーゲル

「ねぇリーゲル、ここはもういいから、今度はあちら側を案内してくれる?」


 朝食の後、王女殿下に請われて庭園へと散策に出たはいいものの、エスコートを強制され、腕を掴まれている私は、されるがままの状態を余儀なくされていた。


「ええ。ですが、そろそろ妻が追いついて来る頃かと思いますので──」

「あんな女を妻などと呼ばないで! どうせただの身代わりじゃない!」


 牽制の意味も込めて妻の存在を仄めかすも、強い口調で遮られる。


 身代わり……そうか、身代わりか。


 結婚して三ヶ月以上経った今でも、周囲は未だグラディスをそのように扱っているのか。


 身代わりだろうが何だろうが、私が妻に迎えたのはグラディスであり、その事実は何ら変わらないというのに、何故そんなことに拘る必要があるのだろう?


 勢力バランスや家格など、様々な条件を吟味した結果、ルゼッタ伯爵家の娘との婚姻が最も良縁だと父親に言われたから、年齢的に近いアンジェラが婚約者として選ばれただけで、結果としてその家の娘であれば、どちらと婚姻を結んだところで差して変わりはなかったのだが。


 結婚相手が姉から妹に変わっただけで、周囲の反応がこうも違うのは、まったくもって不可解だ。


「殿下──」

「だから、以前のように名前で呼んでと言っているでしょう? 貴方一体どうしてしまったの? アンジェラに捨てられたショックで、私への恋心をなくしてしまったとでもいうの?」


 ぎゅっと腕にしがみ付かれ、下から潤んだ瞳で見上げられる。なんてあざとい生き物だ。


 大抵の男であれば、これでコロッと転がされるに違いない。


 しかし残念ながら、殿下に対して恋心なんてものを抱いた覚えが全くない私にとっては、何の効果もないのだが。


 アンジェラに捨てられ、私が心を閉ざしている間、一度しか会いに来なかったくせに、よく言うな。


 しかも、会った途端さも同情したように近付いて来たくせに、こっちが無反応だと気付いた瞬間、さっさと帰りやがって。


 王太子殿下と私は仲が良いから、妹として付き合いで仲良くしてやっているが、実のところ()はこの女が嫌いだった。


 この女といると、精神的拒否反応のせいか、口調が荒くなり、年相応な物言いになってしまう。


 他の第三者がいる時は平気なのだが、二人でいる時や、王太子殿下も交えて三人でいる時は確実に荒くなる。


 王太子とは子供の頃からの付き合いで、元々砕けた口調で話していたから、それの延長線上というのもあるが、この女に対しては絶対違う。


 王女──アルテミシアは、どうやら俺の顔を殊の外お気に召しているようで、初対面でいきなり人のことを『あたちの王子たま』などと言ってきやがった。


 それからは、王太子が公爵家に遊びに来るたびくっついて来ては俺達が遊ぶ邪魔をし、ある程度成長してからは恋人気取りで周りの令嬢を牽制──これについては俺的にも都合が良かったが──し、好き勝手に人のことを振り回してくれた。


 アンジェラが婚約者に決まった時は、王に泣きついて撤回させようとしたらしいが、さすが名君と言われる王だけのことはあり、毅然とした態度で跳ね除けられた──この辺は王太子に聞いた──らしい。


 こいつみたいに権力を傘にきてやりたい放題するような女を妻なんかにしたら、絶対に人生終わる。


 俺はずっとそう思っていたから、アンジェラに逃げられた後の人形状態の俺を見て、興味を失ってくれた時には、心の底から安堵したものだ。


 もしあそこで婚姻をごり押しされていたら、それこそ俺は世を儚んで自殺していたかもしれない。


 そういう意味では、アンジェラに捨てられた俺なんかと婚姻を結んでくれたグラディスの存在は、俺にとって救いの神と同義なんだが。


「しかし……」

「ん? リーゲル、何か言った?」

「いえ、何も」


 知らず口から声が出てしまい、慌てて誤魔化す。


 グラディスのことは、未だに分からないことばかりだ。


 俺との仲を深めて、一日でも早く後継をつくるのが何者かに課された彼女のノルマだと知り、ならばとわざと優しく振る舞い、そういった行為を求められたところで、契約違反だと言ってすげなく突っぱねるつもりだった。


 なのに彼女はこちらがいくら優しくしても嬉しそうにするばかりで、何一つ求めては来ない。


 あまりの反応の無さにこちらが待ちきれなくなって、一度だけ流れで寝室に連れて行こうとしたら、もの凄い速さで逃げられた。あれは人間の出せる限界速度を超えていた気がする。


 それで益々彼女が何をしたいのかが分からなくなった。


 彼女の言っていたノルマとは何だ? 私との子をなすことでないなら、他に何があるというんだ?


 答えの出ないまま、初めて夫婦二人連れ立って参加した夜会では、なんと目を離した隙に何処ぞの男とダンスをしていて愕然とした。


 私とダンスを踊りたいのではなかったのか? 君が好きなのは私なんだよな?


 久々に会った王太子との話が盛り上がり、つい時間を忘れて話し込んでしまったのは悪かったと思う。


 だが、なにも二人で初めて参加した夜会でのファーストダンスを、何処の馬の骨とも分からない男と踊らなくてもいいではないか、と憤ったのも事実だ。


 そんなにダンスがしたかったのなら、探して声をかけてくれれば良かったのに……と咎めたら逃げられそうになり、何故か焦って彼女の手を掴んでしまった。


 ここで彼女を逃してはいけないと、そう思って。


 普段の自分らしくない行動に気恥ずかしさを覚え、それを誤魔化すために五曲も連続で彼女と踊った結果、気付いたらグラディスは体力を使い果たし、グッタリしてしまっていた。


 そこで我に帰って猛省し、馬車まで連れて行こうと抱き上げたら、こちらを睨む視線に気付いて首を傾げたりもしたが。


 今朝は今朝で、いきなりアルテミシアが訪ねてきたせいで、疲れているグラディスを無理矢理朝食へ誘い出すという体たらく。


 疲れているのは分かっていたから、本当はそっとしておいてやりたかったが、アルテミシアと二人きりになるのが嫌すぎて、思わずグラディスの部屋へと足を向けてしまった。こちらの都合で巻き込んでしまい、彼女には本当に申し訳ないことをしたと思う。


 朝食の場で見たグラディスは、思っていたより元気そうで安心したが、アルテミシアに話しかけられ、受け答えをした直後、明らかに表情を暗くした。


 朝食を食べ始めてから、アルテミシアが一言もグラディスに声をかけないことが気になっていたから、ようやく声をかけてくれたかと微笑ましく感じていたのに。

 

 あれにより、アルテミシアの存在は私にもグラディスにも害としかならないことが、よく分かったといえる。


 グラディスが追いついて来たら、彼女の体調不良を理由に、アルテミシアには早々にお帰り願おう。


 きっとまた五月蝿く言うに違いないが、自分勝手な王女より、妻の方が余程大事だ。


 妻を大切にして何が悪い? と、いっそ開き直るのもありかもしれない。


 よし、そうしよう。


 心に決めて、庭園に続く部屋の出入り口へと目を向けた。


 しかし、待ち人の姿はまだ見えない。


「いくら何でも……遅すぎないか?」


 少し心配になり、戻ろうとすると、途端に強い力で反対方向に腕を引かれた。


「リーゲル! どこへ行こうというの? まだ庭園を全部回っていないわよ。今日は半日かけてここを案内してもらうから、しっかり付き合ってよね!」


 ガッチリと腕をホールドされ、既にエスコートとはいえない状態で、引き摺られるようにして小道の方へと連行される。


 一定の距離を空けてマーシャルがついて来てくれているが、完全に二人きりになどなったが最後、襲われる気しかしない。


 公爵家の庭園は広すぎる程に広いため、あまり歩き回ると後から来るグラディスが困るだろうと思うのに、彼女の話をするとアルテミシアが烈火の如く怒るため、それさえ伝えることが出来ずに。


 すまない、グラディス……。


 内心で謝罪し、後ろ髪引かれる思いでズルズルと邸から遠ざかっていく。


 最近は、彼女に謝ってばかりだ。


 結婚したての頃は、『私を煩わせるな』などと言った覚えがあるが、近頃その立場が逆になってきた気がする。


 国内筆頭公爵家の家長といっても、所詮自分はその程度なのだ。


 だから婚約者から信頼されず、こんな女ばかりが寄って来る……。


 華奢な体付きからは信じられないほどの力でもって、自分を引っ張り歩いて行く王女殿下を見ながら、私は自嘲の笑みを浮かべたのだった──。


 


 

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