勢力バランス
夜会での出来事を、洗いざらい喋らされた──途中、ジュジュにより補足された──私は、ぐったりと机に倒れ伏す。
正直、こんなにも根掘り葉掘り聞かれるとは思ってもみなかったから、精神的疲労が半端ない。
ここは省いても良いだろう、ここは言わなくても関係ないよね? と思うところまですべて事細かく突っ込まれ、説明させられた。
私が忘れた振りをして言葉を濁そうにも、私の護衛として夜会に紛れ込んでいたらしいジュジュが、私の代わりに全てを完璧に説明してしまう。
恥ずかしいから、そこは言わないでとお願いしても、ポルテとジュジュの関係性は、主人である私とのそれよりも強固なようで、まったく受け入れてもらえなかった。
「アダマン侯爵令息のエルンスト様ですか……。私はお会いしたことないですね」
「中々にイケメーンな方でしたよ?」
「まぁ! それでは旦那様にライバル出現ということですね!」
いやいや、ライバルも何も、こっちは既婚者ですからね?
そう考えた瞬間、ふと王女殿下のことが頭を過ぎった。
リーゲル様も既婚者なんだから、いくら王女殿下と仲が良くても大丈夫よね?
公爵家当主と王女殿下が不貞を働くなんて、あり得ないわよね?
夜会で仲良さ気に話していた二人の様子を思い出し、思わず胸を押さえる。
「奥様、どうかされましたか?」
途端に、目敏いポルテに気付かれてしまった。
「ううん、何でもないの。大丈夫──」
平気な振りをして誤魔化そうとしたのだけれど。
「嘘ですね」
ジュジュにズバっと言われた。
「う、嘘って何を根拠に……」
内心ギクリとしながら、それでも認めない私に、ジュジュの読心術が発動する。
「今奥様は……王女殿下のことを考えておられましたね?」
「何で分かったの!? ……あ」
思わず自分で暴露してしまい、慌てて口を押さえるも、遅かったようで。
「王女殿下ですか……。旦那様と王太子殿下に交流があるというお話は伺ったことがありましたが、まさか王女殿下とまで交流があったとは」
「あのご兄妹は性別が違うため、王位継承問題などは発生しにくいでしょうし、加えて年齢も近いことから、王族にしては珍しい仲睦まじさと評判になるほどですからね……王女殿下が王太子殿下にくっついて旦那様と共に過ごされていたとしても、何ら不思議はありません」
ジュジュがしみじみと口にする。
確かに夜会の時も、そんな風な感じではあったのよね…。
尤も、あの時は王太子殿下にではなく、リーゲル様にくっついていた気がするけれど。
「まさかそんなところに思わぬ伏兵が潜んでいたとは……まだまだ油断できませんね、奥様!」
「へっ!? あ、ああ……うん、そうね」
夜会の時のことを思い出していたらいきなり話を振られ、私は焦って頷く。
そんな私の様子に、ポルテは何を思ったのか。
突然私をぎゅっと抱きしめてきた。
「きゃっ。……ポルテどうしたの?」
「奥様……何も心配されることはございません。奥様と旦那様は既に結婚している身の上ですし、たとえ王族といえども、愛し合う夫婦を無理矢理別れさせることなどできる筈はありませんから」
「そうですね……。王女殿下と国内筆頭公爵家の当主であらせられる旦那様が縁続きなどになったら、国内勢力が大変なことになりますからねぇ……洒落になりませんよ」
私とリーゲル様が愛し合う夫婦かどうかは置いておいて、国内勢力的に二人が結ばれることがないという事実は、思っていたよりも私の心を軽くした。
だって、いくら現実的に離婚は無理だとはいっても、リーゲル様と王女殿下が真に愛し合っていたなら、その辺りの問題など権力を使って簡単にどうにかしてしまいそうだと思ったから。
けれど、二人が結ばれることで貴族の勢力バランスに問題が生じるとなれば、話は別のはず。
大変な話し合いの末に決められた私以上にバランスの取れる相手でなければ、本人達以外誰も納得しないだろう。
王族、貴族の結婚は本人の意思でなく、家格や勢力バランスによって決められるもの。
それを王女殿下とリーゲル様が、自分達の想いのために蔑ろにするとは思えなかった。
「二人ともありがとう。お陰で元気が出たわ」
私からもポルテを抱きしめ返し、目が合ったジュジュに笑顔を向ける。
「王女殿下のことについては、あたくしにお任せ下さい。素行調査は得意中の得意でございますから」
「そ、そう……。ジュジュはなんでもできるのね……」
「悪人を根絶やしにするためには、まず溜まり場を見つけなければ話になりませんでしょう? 悪人退治に必要な技につきましては全般網羅してございますので、ご安心下さいませ」
「危ないことはしないでもらえると嬉しいわ……」
「善処致します」
素行調査は技のうちに入るのかしら? と首を捻りながらも、王族を探るような真似をして危険な目に遭われても嫌なので、釘をさす。
ポルテとジュジュ……侍女とメイドの違いはあれど、ここまで正反対で二人とも頼りになるというのは、とてもありがたいことだ。
伯爵家にいた頃は、両親も使用人達も優しく接するのはお姉様ばかりで、私はほぼいない者認定か、鬱憤の捌け口とされていた。
でも今は、私のことを大切にしてくれる人が二人も側にいる。
リーゲル様と結婚して公爵家に来られて良かったと、改めて思った。
「それでは奥様、そろそろ良い時間ですので、朝食になさいますか?」
言われて初めて、お腹が空いていることに気付く。
「そうね、すっかり話し込んでしまったから……お願いできる?」
「はい。すぐ料理長に伝えて参りますので、少々お待ちくださいませ」
私と話していた時とは違い、よそ行きの顔になったポルテが速やかに退出する。
ジュジュはといえば、定位置だと思われる部屋の隅で、再び気配を消して壁に馴染んでいた。
凄いわね……。そこにいると思って意識しないと、普通に見逃すぐらいに存在感がないわ……。
どうやらジュジュは、私が初めて侯爵家に来た時から、そこにいたらしい。でも、今の感じからして、ポルテに紹介されるまでその存在に気付けなかったことにも納得がいく。
実はジュジュって王家の影の方が向いているのでは? と思ったけれど、せっかく仲良くなったメイドを譲る気はないので、すぐさまその考えは打ち消した。
「……そろそろかな?」
時間的にポルテが戻って来る頃かと思い、前持って扉を開ける。
すると、すぐにドタドタと誰かが廊下を走る音が聞こえ、髪を振り乱したポルテが部屋に飛び込んで来た。
「た、大変……っ、ゲホゲホッ!」
「まぁポルテ! どうしたの?」
普段足音をたてないポルテが、行儀を無視して走ってきたということは、それ程までに大変な何かがあったのだろう。
彼女の息が整うのを待ちながら、一体何があったんだろうと考えを巡らせる。
朝食がまだできていなかったとか? それとも、リーゲル様が食堂にいらっしゃったのかしら? ええと、後は──。
刹那、漸く喋れるほどに回復したポルテが、大きな声で言った。
「お、王女殿下がいらっしゃいました!」
と──。




