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いなくなったお姉様

 そもそも、私と彼とが政略結婚することになったのには、特殊な事情があった。


 彼の名は、リーゲル・ヘマタイト公爵令息。


 国内屈指の公爵家の一人息子であり、頭脳明晰、運動神経抜群なのに加えて、長身痩躯と非の打ち所がない人で。


 それだけでもかなりの王子様仕様であるのにも関わらず、肩に付かない程度のサラサラとしたシルバーブロンドと切れ長のアイスブルーの瞳は、彼を目に映した令嬢すべてを虜にして止まないときている。


 そんな彼と最初に婚約していたのは、私ことグラディス・ルゼッタ伯爵令嬢の姉であるアンジェラ・ルゼッタ伯爵令嬢だった。


 母に似て気弱な性格と、その気弱さが滲み出たように大人しめの私の顔は、よく言えば害がなさそうで、悪く言えば不幸そうな顔。けれど姉であるアンジェラお姉様は父似で、目鼻立ちどころか体の凹凸までクッキリとした、パッチリお目目の絶世の美少女なのである。


 体型だけはなんとか姉と同じものを受け継いだ為、私が自分を卑下するのは顔と性格だけに留まったが、これで体型までツルペタであったなら、きっと私は生まれたことを後悔していたに違いない。いくら家族が姉と私を分け隔てなく愛してくれていたとしても、それでは姉妹という事実すら疑わしいものになっていただろうから。


 それでも、辛うじて自分にも一つぐらいは誇れるものがあることを心の支えに、気弱なくせに前向き思考という、なんとも複雑な性格をした私は、なんとかこれまで生きてきた。


 たとえそのせいで、


「体だけ良くても顔があれでは宝の持ち腐れですわよねぇ」

「どんなに体が魅力的でも、顔を見られないというのは大問題だな」


 などと、顔と体を引き合いにして嫌味を言われることが多々あったとしても。


 顔と体のアンバランスさを嘲笑され、私が泣いて帰ると、アンジェラお姉様はいつもこう言ってくれた。


「グラディス、よく聞いて。貴方はお母様に似て控え目な美人なの。控え目って、とても素敵なことよ。わたくしのように顔が派手だと、色々な方々に目を付けられたり、顔が生意気だなんて理解不能な謗りをうけたりもするから。だから貴方はわたくしのように、見た目がお父様に似なくて良かったと思っているわ。それにね、貴方の体について言われる嫌味はすべて妬みよ。貴方の魅力的すぎる体型をツルペタが僻んでいるだけなのだから、気にしてはダメ」


 そうして私の涙を拭い、優しく抱きしめてくれたのだ。


 だから私はどんなにアンジェラお姉様と比べられようとも、お姉様が美しいばかりに自分が虐めの対象となろうとも、お姉様を嫌うことだけは絶対になかった。


 そのため、貴族学院に入学して一目惚れしたヘマタイト公爵令息様がお姉様の婚約者だと知らされても、表面上は笑顔を取り繕ってお祝い申し上げたのだ。


 なのに──。


 なのに、アンジェラお姉様はある日突然いなくなってしまった。


 王子様と比べても遜色ない──ううん、実物の王子様より優れたヘマタイト公爵令息様を裏切って、騎士団に勤める男性と駆け落ちしてしまったのだ。


 何故? どうして?


 あんなにも素敵で優れた婚約者を裏切って駆け落ちするなんて、アンジェラお姉様がすることとは思えなかった。


 もしかして相手の男性に脅されたのでは? それで無理矢理連れて行かれたのでは──。


 当初は誰もがそう思い、アンジェラお姉様とヘマタイト公爵令息様は、引き裂かれた悲劇の恋人同士として噂された。


 しかし、連れ去られたであろうお姉様を探すために聞き取り調査をしている段階で、少し旗色が変わってきたのだ。


 聞くところによると、アンジェラお姉様は人知れず、騎士団の練習場に通っていたという。


 夏でも冬でもフードを被り、極力人目につかないよう、いつも端の方で見学していたというのだ。


 暑い夏場でもフードを被っているものだから一度倒れかけて、その時助けた騎士というのが、どうやら今回の駆け落ち相手らしい。


 その騎士に抱えられて医務室に連れて行かれる際、チラリと目撃した人物が「今思うと、あれはアンジェラ伯爵令嬢様だったように思う」と証言したのだ。


 その時は、まさか伯爵令嬢様がこんな場所に来るわけがない。しかも、深窓の令嬢とも噂されるアンジェラ伯爵令嬢様が──。


 という思い込みから、すぐに記憶から消し去ったそうだけれど、駆け落ち相手の名を聞いた瞬間、電流が走ったかのように当時の記憶を思い出したのだそうだ。


「そういえばあいつ……婚約者のいる人を好きになった、って言ってたな……」


 好きになった相手の名前は、いくらしつこく聞いても教えてもらえなかったそうだが、お姉様のお相手の方は苦しい胸の内を同僚の方に打ち明けていらっしゃったらしい。


 最近ではかなり追い詰められていたようで、


「生きてる限り彼女を諦めることはできそうにないから、近いうちに出奔するつもりだ。二度と彼女に会えないような異国の地で、今後は彼女の幸せだけを願って生きることにする。でないと俺は、無理矢理にでも彼女を奪ってしまうかもしれない。最悪、殺してしまうかも……」


 などと、恐ろしいことを仰っていたと。


 彼女には何の罪もない。俺の気持ちの問題だからと、諦めたように微笑っていたらしい。


 そこで結局その方が何をどう諦めてお姉様と駆け落ちすることになったのかは分からないが、もしもアンジェラお姉様もその騎士の方のことを本気で好きだったとしたら、どうだろうか。


 大好きな人が自分のことを諦めて、二度と会えない場所へ一人で向かおうとしていると知ったなら。


 絶対止める──というか、ついて行くんじゃないだろうか、と私は思った。


 だって私がお姉様と同じ立場だったら、間違いなくそうするから。


 愛のない政略結婚が主流の貴族社会で、相思相愛の相手と出会えるなんて、奇跡にも近い確率なのだ。


 巷の婚約破棄の際によく使われる、嘘くさい『真実の愛』などではなく、それこそ真の意味での『真実の愛』を見つけられたのだとしたら。


 それはなんと素晴らしいことなのだろう。


 ここでちょっぴりだけお相手の騎士の方に、お姉様の幸せを願って生きることに決めたなら、隠れて一人で出奔しろよ。出て行く前にバレるなよ、と思わないでもなかったけれど。


 兎にも角にもアンジェラお姉様、どうかお幸せに……。


 素直にそう思えた私は、その時はまだお姉様のことで頭がいっぱいで、他のことには考えが及んでいなかった。


 一度は一目惚れをし、彼に愛されたいと願ったものの、姉を見つめる際の蕩けるような瞳を見て、瞬時に恋心を封印した相手、ヘマタイト公爵令息。


 姉の駆け落ちが脅しや誘拐でなかったと判明したせいで、産まれてからずっと完璧であった公爵令息様は、そこで初めての絶望と屈辱を味わうことになったのだ──。







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