リーゲル様の私室にて
「実は私……公園に、カップルを見に行きたかったんです」
「は……?」
勇気を出して真実を告げた私に対するリーゲル様の反応は、なんとも微妙なものだった。
きっと、あまりにも予想外の言葉だったんだろう。
リーゲル様は一瞬、何を言われたのか分からないといった顔をした。
「ですから、私が今日公園に行ったのは、単純にイチャつくカップルを観察するためであり、浮気目的なんかではなかったということです」
「え……は? なんだって?」
うう、恥ずかしい。
恐らく私の言ってることが理解できないんだろうけど、こっちだって恥を忍んで告白してるんだから、そんなあからさまな態度をとるのはやめてもらえないだろうか。
私自身変なこと言ってる自覚はあるし、その行為が変態じみていることも、分かってる。うん、分かってはいるのよ。でも、何度も繰り返すのは正直辛い。
けれどリーゲル様に浮気目的ではないと納得していただかない限り、私達の契約結婚は成り立たなくなってしまうから、なんとしてでも信じていただかなければならないのだ。今後も平和な結婚生活を続けるために。
けれど、そうはいっても馬鹿の一つ覚えみたいに同じ言葉ばかりを繰り返していても拉致があかないのも事実で。ならば、と私は言い方を少しばかり変えてみることにした。
「あの、近々王宮主催の舞踏会が開かれますよね? それで私、あなたに恥をかかせないよう精一杯仲睦まじい夫婦を演じるつもりで、実物のカップルを観察しようかと──」
「はあああああ!?」
びっくりした。
まさかのリーゲル様から、とんでもない大声が発せられるなんて。
思わず壁際に立っている家令やメイド達に目をやると、やはり全員が全員、驚いたような顔をしている。
そうよね、つい先日まで動く人形と化していたリーゲル様が、人前で大声を出すなんてありえないもの。驚いて当然だわ。
けれど、彼のこの反応を見る限り、今度こそ私の言いたいことをキチンと理解してもらえたと捉えても良いのかしら? 見た感じ、両目を見開いて口を魚のようにパクパクさせているけれど、大丈夫よね?
今まで散々首を傾げていたくせに、どこにそんな驚く要素があったのかは分からないが、伝わったのであれば、一先ず安心しても良いだろう。
「とにかく、そういうことですので、決して浮気なんかではありません」
未だリーゲル様が言葉を失っている間に、しれっと強調しておく。
こうなったら言ったもん勝ちという心境だ。
「信じていただけますわね?」
今のうちに言質をとろうと畳み掛けたら、リーゲル様が突然動きを見せた。
明らかにハッとしてから気まずそうな顔で座り直し、態とらしい咳払いを一つ。同時に、家令達も普段の冷静な表情を取り戻す。
やはり公爵家ともなると、使用人からしてこうも違うのか。恐らくこれが我が伯爵家であったなら、未だに取り乱しているんだろうな。
あと一歩のところで言質は取り損ねたけれど、まぁこれはこれで、公爵家の凄さをまた一つ知ったということで満足しておこう。
流石リーゲル公爵様、と私が感心の目を向けると、当の本人は優雅な仕草で紅茶へと口をつけたところだった。おお、最早何事もなかったかのよう。立て直しの早さが凄い。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼はカップを静かにソーサーへ置くと、また一つ咳払いをした。今度は控え目に。
もしやこれは、仕切り直して次の質問をするつもりなのかしら? と思ったら、やっぱりそうだった。
私、少しずつだけどリーゲル様の行動が読めるようになってきてるかもしれない。
「それで? 仲睦まじい様子を観察して、君はどうするつもりだったんだ? そもそも、そんな目的であれば、侍女と二人だけで行っても良かったのではと思うが……」
何故、態々男を連れてまで?
分かる。私もそれについては同意見だ。
「私も最初はそう思ったんですけど、それだと逆に公園で女二人が男を物色しているように思われてしまうかも、とも考えてしまって。それはそれで良くないと思い、侍女のポルテに相談したところ、四人で行けば目立たなくて良いのでは? という話になった為、ポルテの恋人とそのお友達にお願いして、あのような形になったというわけなのです」
当初は恥を忍んでポルテと二人で行こうと思っていたのだが、その話を彼女が恋人にしたところ止められて、結果四人で行くことになったのだ。
「ですから私は決して浮気をしようとしていたわけではなく、純粋に旦那様と正しくイチャつくための勉強をしようと思って公園に行っただけで、お疑いになられているようなことをする気持ちなど微塵もなかったのです」
正しくイチャつくってなんだ?
と、つい自分で突っ込みを入れながら弁明を続ける。
言いながら、耐え難い羞恥により部分的に声が小さくなってしまったことについては許してほしい。
だってだって、こんなのただの拷問だ。
どうして私は大好きな人を前にして、あなたとイチャつくために勉強したかった、などと頭のおかしい発言をさせられているのだろうか。
聞く人によっては、嘘とも取られかねないこの発言。リーゲル様とて素直に受け取って下さるとは限らないのに。
……そうだ、そうよ。こんな言い訳、本気に取られるわけがないじゃない!
自分が逆の立場だったら、まず信じないだろう。どんなに無実を訴えられようと、完全に白だと思うことは難しい。良くてグレーぐらいかしら?
なのに私は、自分ですら疑わしいと思えるようなことを仕出かしてしまったのだ。
一体なんて言えば信じてもらえる? もう何を行っても無駄かもしれない。
そんな絶望的な現実に、今更ながら狼狽え、わたわたと言葉を重ねる。
「あ、あの、ち、違うんです! わ、私は本当にカップルを見るためだけに公園へ行きました。ですからポルテの恋人とそのお友達の方とは、何の関係もないのです。私が好きなのは旦那様だけで、私は旦那様とイチャイチャするためだけに……」
「も、もういい!」
焦ったかのようにリーゲル様が声をあげ、驚いた私は口を噤んだ。
もしかして怒らせた?
けれど、どうやら違ったらしい。
「君の言いたいことはよく分かった。だから、それ以上は言わなくて良い」
心なしか赤い顔をしたリーゲル様は、片手で顔を覆って俯いた。
え? なに? リーゲル様どうかしたの?
状況が把握できず、私は彼を見つめながら首を傾げる。
「あの……本当に理解して下さいましたの?」
やらかした本人である自分ですら簡単に信用できないと思ってしまう、眉唾物のこの話を?
本当なら嬉しいけれど、とてもそうとは思えなくて。恐る恐る確認したが、リーゲル様はハッキリと頷いてくれた。
「大丈夫だ。疑って悪かった。もう部屋に戻っていい」
だったらどうして片手で顔を覆ったままなのかしら?
せっかく久し振りに美しいご尊顔を拝見できたのに、この状態で別れるのは正直名残惜しい。
どうせまた暫く顔を見せて下さることはないだろうから、最後にもう一度堪能したいと思ったのだけれど。
「奥様、どうぞ」
問答無用で家令に退室を促されてしまい、私は泣く泣くリーゲル様の私室を後にする。
もちろん、扉が閉められるその瞬間まで、深呼吸して部屋の空気を体内に取り込むことは忘れなかった。