#2
「三途の川の門番を務め、かの偉大なる閻魔大王の一番の側近で、死者の生前の感情を管理する組織───『感情骨董団』」
すると青年が顔を上げ、こちらを向くと、にこっと口角を上げた。
「これはこれは。四乃夜さんじゃないですか」
「白々しいじゃないか、星の琴。俺らがこの部屋に入ってくる時から気づいていたくせに」
「ええ、気づいていましたよ。すぐにでも声を掛けようと思っていたんですがね。あなたが後ろのお二方と仲が良いので」
「よく言うよ。最初から声を掛ける気なんてなかったくせに」
「それは心外ですね。現に、僕たちはこうして会話をしているじゃありませんか」
「それは結果論だ。でも、後ろの2人と仲がいいと思われているのなら、それはいいことなんじゃないのかな」
四乃夜はどこか他人事のように言った。
「聞こえているぞ四乃夜。そして俺たちは仲がいいわけではない」
「仲いいじゃないですか」と呆れ気味に言った。
「腐れ縁だろ」
「それは僕たちも同じでは?」
「違う」
「相手によって態度を変える行為、やめた方がいいですよ」
「閻魔様には媚びへつらい、俺らに絡む時は塩対応なのはどこの誰だ?」
「さあ、誰でしょうね」
「しらばっくれるんじゃない。で、何の用だ」
「聞く必要あります? それ。いつもの仕事ですよ」
「いつもの、ね」
「今回は怪罪なので、試料としてこの遺体を引き取らせて頂きます」
それを聞いた四乃夜は後方にいる刑事2人をチラッと見ると、わざとらしく大声で言った。
「さっくん神く~ん! こいつ遺体を持ち帰ろうとしてるよ~!!」
「チッ卑怯な」
ライラは遺体を回収することなく去っていった。
数時間後。
3人は自販機の前にいた。
「2人ともお疲れ。神くんは初めての怪罪で大変だったでしょ? だから何か奢ってあげるよ」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ、コーヒーで」
「遠慮しなくていいのに」
「なら………コーラで」
「俺には?」
「ん?」
四乃夜は財布を取り出した。
「ちょっそれ俺の財布じゃねーか!」
お札が投入される。
「あ」
「うおぉぉおい!! 何してくれてんだぁぁぁ!!」
「このくらいでケチケチするなよ。どうせお釣りは出るんだ。後輩に優しくしてやれよ」
ノリに乗ることにした。
「登藤先輩あざっす」
四乃夜は出てきたお釣りを再び投入し、ドリンクのボタンを押した。
「あ」
「うおぉぉぉぉおい!! お前に奢るとは言ってねぇぞ!!」
「あぁ? 早く捜査終われんのは俺のおかげなんだけど?」
「四乃夜さんも言葉遣いがコロコロ変わりますね?」
「なんでだろうな。こいつは昔からそうなんだよ」
「特に不自由しないけどね」
「また変わった」
「どさくさに紛れてさっくんあざっす」
「今度なんかあったらお前が出せよ」
「わーさっくんやさしー(棒)」
四乃夜は楽しそうに会話をしていた。
「それで、さっきの青年は結局何なんですか」
四乃夜さんが言ったことを纏めるとこうだ。
先程の青年は《星の琴・ライラ》と言って、感情骨董団の1人。
感情骨董団は故人の生前の感情についての研究をしていて、人罪の場合、遺体を調査・記録するだけであの世に帰ってくれるが、怪罪だと、怪奇の研究試料としてさっきのように遺体を持ち帰ろうとするそうだ。それを止めるのも怪奇捜査局の仕事らしい。
四乃夜さんが終始険しい顔をしていたことも書いておこう。
口が悪かったことも。
「わざわざメモを取るなんて熱心だね」
「聞いたことが、いつどこで繋がるかわかりませんから…………もう一つ訊いてもいいですか?」
「?」
「四乃夜さんは星の琴さんとはどういうご関係なんですか?」
「あいつか? ………ただの知り合いだ」
「ほんとか? ただの知り合いにしては仲良く見えたぞ?」
登堂が茶化すように言うと、四乃夜はそれを無視し、再び険しい顔で言った。
「アイツを、アイツらを、敬称で呼ぶな」
「えーっと、結局事件の犯人って誰だったんですか?」
神久夜は訊きたかったことを口にした。
暗い空気を変えたかった。
四乃夜は少しばかり驚いた顔をした。
「あっ………いや、すみません、そういう空気じゃないの分かってます、分かってるんですけど」
「いいんだ。元はと言えば勝手に話し始めた俺が悪い」
「いえ、先に質問したのは俺なので」
会話を聞いていた藤堂は、呆れたように口を挟んだ。
「お前らさ、毎度毎度なんか挟まないと本題に入れないのか?」
「俺らが優しいってことだよ」
四乃夜はニコッとして言った。
「お前は違うだろ」
四乃夜は藤堂を、「まぁまぁ」と窘めながら
「今回の犯人は大家さんの亡くなった旦那さんだ」
と言った。
「へ?」
「今回は怪罪だったんだ。つまり犯人は《《生きてる者以外》》。被害者は会社を首にされてお金がなく、家賃を何ヵ月も滞納していたんだ。一応加害者である旦那さんは、大家さんこと奥さんをとても大事にしていた。家賃を滞納されて困っていた奥さんの為に殺人を決行した、っていうのが今回の真相」
神久夜は驚いていた。
登藤は「またか」という顔をした。
「なんていうか………軽いんですね」
登藤は鼻を鳴らした。
「あの世の者たちは、この世の生き物に危害を加えても基本的に罪に問われることはない。だから結構好き勝手にやる割に、理由はそんないいもんじゃない」
「そんなことなんて言うもんじゃないよ。何が誰にとって重要かわからないから」
そう言うと四乃夜はベンチを立った。
「そろそろ行こうかな。怪奇捜査局でも報告書は書かなきゃいけないからね」
「了解です。お疲れ様でした」
「また何かあったら頼むな」
2人は去っていく四乃夜の背中にそう呼びかけた。
四乃夜は振り返らず、手をひらひらと振った。
「あっお帰りなさい四乃夜さん、局長から呼び出しきてますよ」
事務所に戻ると、事務担当の来井が声を掛けてきた。
「分かった、すぐに行くよ」
出入口に向かったと思ったら、四乃夜は思い出したようにこう言った。
「あそうそう、来井の好きなお菓子、買ってきたから食べていいよ」
「マジっすか! あざ~す!!」
四乃夜は来井の嬉しそうな顔を見てから、改めて部屋を後にした。
「失礼します、局長」
「ノックしてから入れと何回言ったらわかるんだお前は」
局長は、四乃夜が入ってくるなり呆れるようにそう言った。
「すみません。よく忘れるし………なんかもう癖になっちゃって」
「お前そういうとこあるからな。努力はしろよ」
「善処します」
四乃夜は困ったように笑って言った。
「ところで、例の彼はどうなんだ」
「あぁ、さっく………いえ、登藤のことですかね。ええ、彼はすごいですよ、期待以上です。局長もご存知の通り、酒造屋の人間の能力はまちまちです。高い人もいれば低い人もいる。しかし、登藤にはかなり高い潜在能力があります。僕は実際にこの目で《《視ました》》。彼は警察官ですし、育てれば良い人材になるでしょう」
四乃夜はあくまでも冷静に語った。
「ほう。お前がそう言うのなら中々の人材なのだろう。考えておこう」
すると四乃夜は「あぁそういえば」と思い出したように続けた。
「もう一人素晴らしいのがいます」
「言ってみろ」
「彼も警官なのですが──出生が、神社です」
局長は珍しく驚いたようだった。
「なんだって? それは本当に神社の息子なのか? 寺や教会ではなく?」
局長はまたもや珍しく質問攻めだった。
「もちろんです。録音もありますよ、聴きますか?」
「どうせデータとして貰うことにはなるがな。分かった、聴いておこう」
四乃夜は笑った。
「ありがとうございます。では失礼しますね」
局長はオレンジがかった空をぼんやりと眺めながら、小さく呟いた。
「………神社の息子か」