#1
「ど~も~」
事件現場には似つかわしくない声が聞こえた。
「遅いぞ、四乃夜」
刑事の登藤が少しキレ気味に言った。
「悪ィな。九州の方で事件片付けてたんだ。おかげで夜しか眠れなかった」
「夜寝られたら充分だ」
次は半分呆れ気味に言った。
「今日も絶好調だな、さっくん」
「そりゃどーも」
すると、四乃夜は急に真面目な顔になった。
「ところで、ご死体さんはどこかな?」
「この奥だ」
「失礼するよ」
2人は奥の部屋に入って行った。
「うわぁ………これは酷いね」
「被害者は来栖亮太、33歳無職。この部屋の住民だ」
「知ってるぜ。視りゃ判る」
「うるせぇ。こっちだって仕事なんだよ」
「にしても、30代にしては殺風景な部屋だな」
「無視するな。…………そのことについてだが、大家さんから証言が取れている。来栖さんは」
「「以前働いていた会社が首になり、宿舎も追い出されたので、会社の近くにあったこのアパートに引っ越してきた」」
「らしい──っておい、俺とハモるな」
「えー? だって知ってるし。お前とハモるなっていう方が無理だよ」
「そういう問題じゃない。仕事だって言ってるだろ」
新人刑事の神久夜は、入る隙のない2人の会話を聞いていた。
「やっぱさっくん硬すぎるよ。君もそう思うだろ? 神久夜くん」
「へっ?」
僕、この人に名前言ったっけ?
「あの、さっくんっていうのは?」
「あー、登藤のことだよ。酒造屋の息子らしいから、『さっくん』♪」
「こいつとは中学の頃からの付き合いでな。さっき言ってた能力のことも相まって、家が酒屋だって勝手に知られて、勝手にあだ名をつけられた」
「いいじゃないか。俺は結構気に入ってるぞ、『さっくん』」
四乃夜は終始ずっとテンションが軽かった。
「いいのはお前だけだ。………はあ。こう見えても、こいつは結構凄腕の捜査員なんだぞ」
「さっき九州とか言ってたのはそのため…………でもなんで警察にはならなかったんですか? その能力、結構警察でも重宝すると思うんですけど」
「──君は神久夜くん、神社の息子かな」
「そう、ですけど」
「ふ~ん。じゃあ俺は、今日から君のことを神くんと呼ぶことにする」
その後、四乃夜はボソッと呟いた。
「君が神社の子で良かった」
「…………?」
「さて、そろそろ捜査に戻ろうか。ご死体さんも待ちくたびれてるよ」
「はい………でも、えぇっと──」
「四乃夜だよ」
「四乃夜さんの能力なら捜査なんてしなくても何でも分かっちゃうんじゃないですか?」
「おっ、いいとこに気がついたね~、神くん。確かにその通りなんだが、俺らだけで勝手に理解して勝手に解決しちゃうと、次は警察が置いてけぼりになっちゃうんだ。もしこれが怪罪だったとしても、そうじゃなくても、警察は報告書に書き残さなきゃいけないからね。俺らと警察は似て非なるものだけど、協力関係は必須だよ」
「なるほど。………ってことは、四乃夜さんはもうどっちか分かってるんですか? 人罪か怪罪か」
「もちろん」
四乃夜は少しニヤッとして言葉を続けた。
「………残念ながら、これは怪罪だ」
「!」
神久夜は心底驚いた。まさか、人生初めての現場が『人による事件』ではなく、正直訳のわからない『怪奇による事件』だなんて。しかも。
「『残念』って………?」
「あそこに、一人の若い男が見えるだろう?」
四乃夜は窓のすぐ傍、部屋の隅に立ち、紙に何かを書いている青年を指差した。
「もっとも、君は神社の子だから、言わずとも認識ぐらいはしていたと思うけどね」
「さっきからお前らの会話を聞いてりゃ、まるで俺にだけ見えてないような口振りだが………見えてるみたいだぜ、俺にも」
「え、そうなの?」
「あれ、いつもより口が悪い」
「さっくんはね、予想外のこととか自分にとって良くないことが起こると言葉遣いが荒くなるんだ」
「後輩にいらんことを教えるな」
「まあ、酒は神仏に供えるものとして、昔からそういう現場に常に居合わせた。だから、酒造屋の息子であるさっくんにも存在を認識できた、ってことだろうね」
「じゃあ結局、あの男は誰なんですか?」
「三途の川の門番を務め、かの偉大なる閻魔大王の一番の側近で、死者の生前の感情を管理する組織───『感情骨董団』」