巡りアイ
初企画参加作品です。
つれない=笑わない。
そう思い。
何故笑わないのか、それを自分なりに解釈し書いてみました
時間は流れ続けている。
どんなモノにも変わらずに。
例外はない。
だから、出会いがあって。
そして別れがある
ガキの頃。
町外れの廃屋で、メイド姿をした幽霊に出会った。
探検と称して一人で入り、薄気味悪い室内を彷徨った挙句。
一歩進む度にギィィ鳴る床の軋む音やら、風が何度も窓を叩く音にビビッてしまい腰が抜けて動けなくなった時に。
『大丈夫ですか?』
と声をかけてもらったのが、初めての出会い。
最初は彼女が幽霊と言われているモノだとは思えなかった。
聞かされた話や、TVで時折映し出される姿とは似ても似つかなかった事。
そして何より、探検していた時の方が彼女よりも怖かったからだ。
だから、怖がらずに見上げていると。
『思わず声をかけてしまいましたが、その様子だと見えているようですね。だとすると怖くはありませんか? 私一応幽霊と呼ばれているモノなんですけど』
自身を指差して『死んだ人間ですよ』と言われたが、俺は首を横にふる。
確かに、彼女は普通の人間じゃないことはわかった。
身体は透けているし。
触る事もできない。
けれどそれを覗けば、彼女は普通の人間と一緒だった。
そのため、怖くない事を告げると『反応に困りますね』と言った後に。
『しかしその様子ですと、今歩く事は難しいようですね。私はあなたに触れることができません。だからここから運ぶ事はできない。他の人を呼びに行くことも無理。そうなると、動けるようになるまで、傍にいることしかできませんが』
『それでいい』
『えっ』
『一緒にいてくれるだけでいい』
正直一人で取り残されているより、何倍も安心できる。
それを告げると、彼女は柔らかく笑った後に。
『わかりました。それでしたら、動けるようになるまで一緒にいて、そして入り口まで一緒に行きましょう。そうしたらあなたは無事に家に帰ることができるはずです』
触れられない、それをわかっていても、彼女は俺の頭を撫でる。
感触は感じられなかったが、その仕草がとても嬉しくて俺は笑う。
そんな俺を見て、彼女はもう一度、先ほど同じように笑ってくれたのだった。
それから、彼女に会うために、俺は何度もその廃屋へと足を運んだ。
相変わらず不気味な雰囲気は変わらなかったが、それでも彼女がいるとわかっていれば、当初の恐怖心は消え失せていた。
『また、来たんですかあなたは』
驚いた後に呆れたような彼女の表情。それでもめげることなく何度も足を運ぶ事によって次第に打ち解けていくことができた。
最初は、ただ優しいだけであったが。
関係が進んでいくにつれて。対応が変わってきた。
子供の俺に対して、悪戯が過ぎればきちんと怒るようになり。
その変わり頑張って苦手な宿題や、好きなもので一番に選ばれれば心の底から喜んでくれる。
だから、気付けば彼女は俺の中でとても大切な人となった。
親と同じかそれ以上の存在。
関係を深めていく過程で彼女自身の話も教えて貰ようになる。
彼女は所謂自縛霊というやつらしく、屋敷の敷地からは出られないこと。
死んでから、何年もずっとここにいること。
見える人間は一人もいなかったこと。
久しぶりの話し相手ができて、とても嬉しいこと。
本当に色々教えてもらった。
そんな関係が、一年、二年と続き。
小学生から中学生。
そして高校生となった今でも変わらない。
だから。
こんな時間がいつまでも、続くと思っていた。
そう信じていた。
けれど。
終わりは、唐突に訪れる。
高校生になって迎えた始めての夏。夕食時にあの廃屋が取り壊されることを親から聞かされた俺は。
その日の夜。いつものように家を抜け出し廃屋へと忍び込んで。
彼女がいつもいる二階の寝室へと向かった。
階段を登り、部屋の入り口に辿り着いた所で息が続かず、呼吸を整えた後で扉を開ける。
勢いよく扉を開けるとホコリが舞った。
口や目に入らないように気をつけながら彼女の姿を捜せば、彼女は部屋の中央に立ち、こちらを見ていた。
「……」
窓から差し込む月光が室内を照らし。実体のない彼女の碧い身体は月光を通過させている。
いつもの彼女がそこにいた。
「霞さんっ」
「……蓮君、来てくれたんですね」
俺を無表情のまま見るが、声色は柔らかい。
いつの頃からか、何故か笑わなくなってしまった彼女だったが、隠しているつもりでも態度や声色で嫌われていない事がわかり「何か事情があるのだろう」と深く突っ込む事をせず過ごしてきた。
そのため、表情が変わらない事に驚きはしないが、何故かとても嫌な予感がする。
「聞いてくれ霞さん。ここが……」
「わかっています。ここが取り壊されるんでしょう」
俺の言葉に被せて彼女は言う。
「今日、業者の方が何人も来て、その事を話していましたからね。だから今日の夜蓮君がその話をしにくるのはわかっていました」
さらりというが。本来なら大事のはず。
だって、彼女がここにいるのは。
自縛霊になってまで、居続けたのは。
この屋敷に持ち主である人間に「ここで待っていて欲しい」そう言われて待ち続けていたからではなかったのか。
俺はそれを本人の口から知らされている。
遠い昔に交わした約束。
それを果たす為に。
彼女は自分が死んでも居続けているのではなかったのか?
だというのに、何でそんなに冷静でいられるのか、それがわからなかった。
「だったら、何とかしないと」
「その必要は、ありません」
俺の焦りを断ち切るように、ぴしゃりと彼女は言い放つ。
「もう、潮時だということでしょうね」
その時に浮かべたのは、いつ頃からか無表情になってしまったモノではなく。
寂しげに笑う彼女の姿。
その姿に、久しぶりに見た彼女の表情の変化に、嫌な予感がどんどんと大きくなる。
「いつか来る、そう思っていた時間が、今日訪れたということでしょう……ねぇ蓮君私の話を聞いてくれませんか」
「いやだ」
「蓮君」
「どんな話をするのか、わからないけど、俺はその話を聞きたくない。だって、だって霞さん。まるで――」
「蓮君」
駄々をこねる俺を、やんわりと包むような声。
「お願いを聞いてください。私のわがままを」
「……」
納得できない。でも聞かなければいけない。その想いが胸で一杯になり下を向く俺に「……ありがとう」そう告げた後、静かに彼女は語り始めた。
私がここのメイドとなったのは、ここの屋敷の主である男性に拾われたからです。
両親から酷い扱いを受けていた私は、ここの屋敷の主である男性に救われました。
本当に優しい方で、よくしてくれました。
だから、長期間の仕事で家を開ける際に「必ず戻るから、それまで待っていて欲しい」と言う言葉に頷き、待ち続けることにしました。
しかし、予定の日が過ぎても帰ってくることはなく。
それから、待てども待てども、あの方は帰ってきません。仕事が長引いているのだろうか。
もしかしたら仕事先で何か良からぬ事でも起こってしまったのだろうか。
そう思っても遥か遠い場所にいるあの方に私に出来る事は何もなく。
ただ、約束が果たされる事を祈りながら待ち続けて。
けれどある時、私はとある病気にかかってしまいました。
その病気は不治の病と呼ばれる類のモノであり、懸命に生きようとしましたが、それは叶わず私は死んでしまいました。
まだ死ねない。そう思い続けていたのが原因なのかはわかりませんが。
気付けば私は幽霊となり、この場所に立っていました。
自分がどうなっているのか、それを知るのに時間はかかってしまいましたが、自身が幽霊となりそれでも交わした約束を果たすため、ここに居続ける事にしました。
あの方がここに戻った時、私を見る事ができなくても。
無事な姿を一目だけでも、と。
それからどれだけの時間が経ったのかわかりませんが。
その思いを胸に私は長い年月、待ち続けたのです――
「それは、聞いているけど」
「本題はここからです。蓮君私はあなたに二つ隠し事をしていました」
「隠し事?」
「一つ目は、約束は果たされていた事」
はたされて、いた?
ということは、ここの元の持ち主は、ここに帰ってきていたということか?
俺が、ここに居ない時間に現れていた、その可能性がないとは言い切れないが。
それならば。何故霞さんは俺にその事を伝えなかったのだろう。
その事を疑問に思っていると。
「これについて、あなたが気にする事ではないので、詳細は省きます」
「そう、なんだ」
知りたい欲求はもちろんあるが、それ以上伝える気が霞さんにない事がわかる。
なので、ぐっとこらえて彼女の言葉を待つと。
「そして二つ目。これがあなたに伝えなければならない事です」
どくん、と心臓が脈打つ。
今から聞くことこそ、俺が聞きたくないこと、聞かなければならないことだと本能が訴えている。
「私が、あなたへの思いを伝えれば、私はここからいなくなる、ということです」
じっとこちらを覗きこんで言われた台詞に。
「えっ」
理解できなくて、思わず呆けた声を上げてしまう。
「霞さん何を言って――」
「この事に気付いたのは、一つ目の約束が果たされていたと知った後のことです」
理解できない俺を、置いてけぼりにしたまま彼女の言葉は続いていく。
「私は約束を果たせなかったから、幽霊になったと思っています。でも逆に言えばそれが果たされた瞬間に未練はなくなり、成仏できるのだと思いました。しかし、約束が果たされても私が成仏する事はありませんでした。当初は疑問に思いましたが、何のことはなかったんです。私には新たな未練と呼ぶべき想いがあったから」
だから、約束が果たされても成仏できず。そして今も尚幽霊として存在していると。
「本当は、すぐにでも告げればよかったのでしょう。でも……」
霞さんは目を伏せて続けていく。
自覚した瞬間、何が自分を現世に留まらせているのか理解して。
告げた途端にこの世去る事がわかり。
それが嫌で仕方なくて、少しでもあなたと居られるように望んで、表情を隠して、本心を押し殺すことで、別れの時間を先延ばしにしていたのだと。
「だから、霞さんは笑わなくなったのか……」
ここで、何故彼女が笑わなくなったのかを理解した。
唐突に笑わなくなり、距離を置こうするあの態度。
どんな理由があるのかと思っていたが。
そんな理由があったなんて。
けれど、それがわかっても。
実は無理しているのはわかっていた、と。
無理にそっけない風に装っていても、優しい態度が隠しきれていなかったから、気にしていないと。
それを告げた所で意味があるのだろうか?
だって、話を聞く限り、俺がそれを告げた瞬間に彼女は。
「いつまで、その状況を続けていく事ができるのか、自分でもわかりませんでしたが。でも今回の事はいいキッカケだと思います」
ここが壊される。
その事を知ったとき悲しくて。
そして嬉しかったと彼女は言った。
「いつまでも、幽霊に縛られたまま、というのはよくありません。あなたはあなたの時間を大切にするべ
きだと思います」
「霞さん俺は――」
「蓮君」
俺は今の時間が大切なのだとそう告げるより前に。
「ようやく、私はあなたに言える」
彼女は笑った。
それは、元々彼女が俺に見せてきた表情で。
久しぶりの微笑みが本当に綺麗だと思った。
「私は、貴方を愛しています」
そしてそんな表情を浮かべ、告げられた心からの言葉に。
何か返事をしなければと口を動かそうとする前。
温かい頬笑みを浮かべたまま、彼女は静かに消えてしまった。
「あっ」
思わず駆け寄るも、もう彼女の姿は其処になく。
力が抜け、俺は彼女のいた場所に座り込んでしまう。
「あぁっ」
あの時のように、涙が零れてとまらなくて動けなくなった。
けれど。
もう彼女はここにいない。
あの時のように声をかけてくれない。
優しく笑い、触れられないとわかっていても、頭を撫でてくれる。
そんな彼女はもうどこにも居ない。
それを思い知らされて、泣いた。泣き続けた。
静かな廃屋に、俺の泣き声だけが虚しく響き続ける。
それが、高校に上がった夏の日の夜に体験した。
初恋の女性との別れだった。
それから何年も時が経って迎えた夏の季節。
取り壊された廃屋は更地になって新たな屋敷が建設されていた。
後になって知った話だが、どうやらあそこの土地を買い取ったお金持ちがいたらしい。
今の屋敷はそのお金持ちが建てたモノだということだろう。
もう、どうだっていいけど。
あの場所は、あの日から俺たちの場所ではなくなったのだから。
だから、あの後一度も近づいてはいない。
仕事からの帰り道で遠めに映る屋敷を少し見つめた後、視線を外し帰路へと着く。
「お嬢様。お一人で出歩かれては」
「私、高校生になったんです。だから一人で散歩して可笑しな事はありません。なのであなたは帰って大丈夫ですよ」
「いけません。あなたのお父様にしっかり見守るよう言われていますので」
「大丈夫です。それに一人で行かないと格好がつきません」
「お嬢様?」
「っと、これは秘密でした。うっかりしました。私ったら久しぶりに会えるからとつい余計な事を――」
向こうから、人が二人歩いて来ていた。
お嬢様、なんていうからには一人は金持ちの子供で、そしてもう一人は付き人と言った所だろう。
本当にいるんだ、そういうの。
いや、あの屋敷がある時点でいるのは確実なんだろうけど。
でも実際に見たことは一度もない。
そのため、聞こえてくる会話を別世界の住人の会話だと思いながら、近づいてくる姿に目を凝らしてみると。
「えっ?」
一人は、まったく知らない女性。スーツ姿に眼鏡をかけたキャリアウーマンという言葉が似合う人。
問題はもう一人。
黒く腰まで届く長い髪。茶色の瞳。日本人が誰もが持っている特徴を持ち、容姿が整っている事を除けば、特にこれと言っていうことはない。
けれど。その顔はあまりに酷似していた。
あの夏の日、俺の前から姿を消した彼女と。
違うのは、幾分幼くなっているということと。そして服装がメイドから現代の女の子が好みそうな服装に変わっていること。
俺がその女の子に驚いていると。
二人も俺の姿に気付いたようで。
一人は怪訝そうな顔つきで俺を見て。
そしてもう一人は。
あの時と同じように。
とても綺麗だと思わせる笑みを浮かべたのだった。
時間の流れを止める事は誰にもできない。
どんなモノにもそれは流れている。
望む望まないに関わらず出会いがあって、別れがある。
人生はその繰り返し。
今回もその一つなんだろう。
だって時間は流れ続けて。
環境が変わり。
存在が変わっても。
こうして俺たちは再び巡り会ったのだから――
ここまで読んで頂いてありがとうございます