過去改変
敗戦の中、戦闘機が大活躍するのを見た天皇陛下の英断、鶴の一声で陸海軍の航空部隊が統合され、日本空軍が創設されたとある。だが、陸海軍の統帥権を持っていた天皇といえど、こうも簡単に当時の軍を動かせたとは思えない。
どうやら、これは、軍あって国なし、陸海軍の不毛な権力争いに国家の危機を感じた憂国の士が起こした、平和的なクーデター、という位置付けのものらしい。
そうなのだ、日本人は劣等民族などではない、当然だ、同じ現生人類、肌の色の違いだけで、その優劣などあるはずもない。コーカソイドだろうと、モンゴロイドだろうと、一定確率で天才は生まれるし、画期的な発案はなされる。
だが、日本の伝統文化は、これらをことごとくスポイルしてしまう。変わり者、突飛な意見、それらの全ては和を乱すとして排除、黙殺されてきた。
ところが、バタフライエフェクトということかもしれない、僕が送った手紙から、曽祖父の新エンジンが日の目を見、そこから先、どうなったのかは分からないが、手紙という小さな蝶の羽ばたきは大きな竜巻となり、日本人の価値観、その文化を変革してしまった、ということではないか?
ちなみに、改変後の歴史では、美桜が言った主力機、飛燕は三式(皇紀2603年制式採用)ではなく、皇紀2600年(1940年)に完成、空軍に採用され、日本が独自に開発した、当時、世界最強の戦闘機ということになっていた。
とはいえ、真珠湾の奇襲は正史通り行われている。憂国の士をしても、太平洋戦争の開戦を止めることはできなかったらしい。だが、正史に比べ日本は随分、まとな戦い方をしているようだ。
ミッドウェー海戦、日本軍が空母四隻を失ったことに変わりはないが、空軍の存在が大きかったのではないか? 軍の攻撃目標は明快で兵装転換などはなく、米軍ミッドウェー島基地に大打撃を与え、一矢を報いている。
これが発端となったのだろう。その後、米軍のマリアナ諸島制圧は、正史に比べ大きく遅延することになる。
僕からすれば驚愕の歴史改変SFが現実に起こったことになるのだが、ネットをどんなに検索しても、歴史への違和感を指摘する記述は見当たらなかった。
いや、待てよ……。僕は曽祖父にアドバイスするため、さんざんネットを検索したが、不自然さを感じたことなどなかった。美桜の反応からも、彼女は突然、正史を思い出したかのようだ。
もしかしたら、彼女の一言がなんらかのトリガーとなって、僕たちだけが、異変を観測できるようになったのではないか?
さらにネットを調べてみると、改変はあの日記に連動していることも分かった。歴史が書き変わっているのは、曽祖父が日記を書き直した年限まで、現時点では1942年だ。
だから、何故、何故なんだ! 1942年と43年の歴史にはチャレンジャー海淵より深いギャップがあるじゃないか。全く整合性のとれない歴史の段差に誰も気付いていないようだ。
あああ、もしかして、全ては夢オチ? 僕と美桜が見ているのは、ただの幻、仮想現実なのだろうか?
違う、そう考えるは誤りだと思う。仮に、ここが仮想現実世界だとして、その中のキャラ、AIが動かすNPCに過ぎぬ僕たちに、上位次元であるリアルを知る術はない。杞憂どころか、絶対に正体を知り得ぬ鬼胎に怯えるなど愚かなことだ。
うん、そう考えた方が、多少なりとも精神衛生には、よい気がする。そうだよ、そうそう、あの手紙がこんな途方もない結果を生んだってことで、いいよな!
もはや、性的とは違う、別の意味で興奮してしまい、ハイになった、僕。その夜、美桜とはキス一つすることもなく、過去改変について語り明かしてしまった。
後で考えば、空気を読めず無神経極まりない行動だったと思う。だが、幸いにして彼女は気分を害することはなかったようだ。むしろ、それ以来、美桜は僕の心強い支えになってくれた。
超常現象を受け入れ、僕を信じ、日々、その悩みを聞いて相談に乗ってくれている。
僕の悩み? 決まってるだろう、結果的に、僕はあの戦争に加担してしまった。日本が善戦すればするほど米軍に被害が出る。すなわち、僕は歴史を改変し、死ななくてもよかった米国人を殺している。
「美桜、どう考えても、ヤバイよ、俺、随分と沢山の人、死ななくてもいい人の運命を変えてしまっている」
「難しい問題だけど、スズキ君の気持ちは、ただ純粋に、曾祖父さんの苦悩を和らげてあげたいってことでしょ? なら、それは、それでいいんじゃないのかな?」
「その気持ちに変わりはないけれど……」
「トロッコ問題と考えることはできないの?」
「五人の日本人のために、一人の米国人を犠牲にする? うーーん、体のいい言い訳みたいだ」
戸惑い迷いながらも、僕は曽祖父にアドバイスを送り続け、少しずつ、少しずつ歴史は変わっていった。
とはいえ、正史の流れが大きく変わるということはないようだった。1945年5月ドイツ軍は降伏し、ヒトラーの自殺も正史通り。日本は米国の物量を前に、崖っぷちまで追い込まれていた。