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届いた手紙

 曽祖父の論旨は次のようなものだった。


 日本もドイツ軍のような、一撃離脱、編隊空中戦術をとれば、より大きな戦果を挙げられるばかりではなく、パイロットの安全性が高まり、機体の損耗率も劇的に下がる、さらには乗員養成にかかる教育期間を短縮することもできる、と述べていた。


 これらの戦術には、戦闘機の高速化、急降下性能の改善が必須であり、それを実現できるのは液冷エンジンしかない、ということのようだ。


 Bf109を操ったドイツ軍、エーリヒ・ハルトマンの撃墜数は、なんと352機、日本や米国のエースでも100機以上を記録する者は稀と考えると驚異的な数字だ。だが、海の上で戦った太平洋戦争と、不時着可能な陸地の上の東部戦線とは、全く状況が異なる。


 さらに、パイロットの教育期間については、特攻隊の隊員が非常に短い訓練期間で実践投入された、という事実を踏まえた、彼の希望的観測なのだろう。短期間で一人前になれれば特攻など不要だったと、無理にでもこじつけたかったのだと思う。


 いずれにせよ、1945年夏、彼の日記は読むに堪えないくらい悲愴な文章となっていた。


「私は、あたら若い命を散らした責を負って、死ぬべきだったのだ、なのになぜ、おめおめと、無価値な生を続けるのか?」


 どうやら彼は特攻隊に志願したようだ。三十四歳という年齢、そもそも超優秀な技術者である人物を死なせるなどという判断、いくらなんでも、あるはずがない。彼の志願は一笑に付されるがごとく、却下されたらしい。


 まったく、なんだよ、爺さん、僕は貴方のこと全然知らなかった。辛かったんだな、本当に、涙が溢れて止まらない。


「お兄ちゃん! 掃除さぼって、なに、さっきから読んでるの? しかも、泣いてるし」


 妹の声で我に返った僕は、そっと、日記のページを閉じた。


 ここから先は、父や祖父から聞いた話を元に、僕が作った妄想ストーリーだ。


 自暴自棄となっていた曾祖父を神は見捨てなかった。ある日、彼の前に天使が舞い降りたのだ、そう、当時、まだ二十歳、曽祖母だ。終戦の年に知り合った、ひと回り以上も歳が離れている二人。


 僕が物心ついた頃、すでに曽祖母は他界していたが、ひたすら優しい包み込むような人だったと、子である祖父も言っていた。


 カラカラに乾いた曽祖父の心に、慈愛の雨が染み込んで行ったのだろう、恋の炎は一気に燃え上がり、出会ってわずか三ヶ月で結婚、翌年に子供、すなわち僕の祖父が生まれている。


 あの日記の書きっぷり、曽祖父は心の病を得ていたに違いなく、彼が自殺を図っても不思議ではないだろう。もし、そんなことになっていたら、僕は、この世に存在していない。彼を救った曽祖母、その運命には、ただただ感謝あるのみだ。


 妹に文句を言われてしまったし、僕は行李を再び押入れの奥に仕舞い直し整理を続けた。夕刻、僕が暮らす最低限の環境は整った。


 そして、翌日は入社式、銀河自動車、新入社員としての日々が始まった。


 研修やらなにやら忙しい日々が続き、行李のことは忘れていたのだが、ある夜、ふと気になって押入れの中から取り出してみた。そうだ! あの鎌倉彫の硯箱、中身は見ていなかったと思う。


 高級そうな硯箱を開ける。微かに墨の香りはしたが、筆も墨汁の入ってはおらず、一通の手紙、封筒の表書きには青いインクで「我が子孫へ」とある。あーー、爺さん、タイムカプセルのつもりだったのかな? 封筒から白い便箋を取り出した、そこには、やはり几帳面なペンの文字。


 これは、爺さんが大学卒業に際し、その想いの丈を子孫に伝える、といったものだろう。あの日記の後半とは全く違う、希望に満ちた二十歳の若者の夢が綴られていた。日付は、昭和七年四月とある。


 曽祖父の血を吐くような悔悟の想いを、何とか、少しでも癒してあげたいと考え、僕はこの手紙に返信を書くことにした。だけど彼は鬼籍に入った人、詮無きこととは承知の上だが、どうか、このメッセージが天国に届きますように。


 ワープロソフトで、僕がひ孫であること、自動車会社の技術者になったこと、爺さんの熱い想いに感動した、などなどを認め、硯箱に入れた。


 翌日の夜のこと、なぜだろう? 妙にあの手紙のことが気に掛かる。ああああ! 誤字があった、書き直そう、そう思って硯箱を開けると、僕が書いた手紙は綺麗さっぱり消えていた。妹の悪戯? いや、大学生の妹が子供みたいなこと、するはずがないだろう。


 もしかして時を超えて爺さんに届いた? アハハ、ちょっと僕、SFの読み過ぎじゃね? そんな超常現象あるわけないよね。だけど、その夜の僕は何かに憑かれていたのだろうか、妙な胸騒ぎがして仕方がない、なぜか読むべきだと思ったんだ、曽祖父の日記帳を開いた。


 その一ページ目には……。


 なんと! 曽祖父から僕への返事が記されていた。突然起きた超常現象への驚き、ひ孫の存在を知った喜び、そして、僕が自動車会社の技術者であることから、未来の技術を教えてほしい、という内容だった。


 最後のところ、爺さんらしいというか、技術オタクのオッサンというか、「たとえ悪魔に魂を売ろうとも、日本の航空機技術を進化させたい!」 いやいや、爺さん、大袈裟過ぎるだろ? だけどその意図するところは分かる、分かるよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおっと。超常現象 [気になる点] 久しぶりな気がする
[一言] そういえば、テレビだったかな? 日本の戦闘機の能力は、あまり良くなかったらしいけど パイロットのテクニックが素晴らしくて 新型機に乗ったアメリカ兵とも互角に戦えたって。 基本、手先が器用な…
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