お飾り聖女は恋したい。真の聖女が現れたから解任?追放?望むところです! 自由になって気ままに猫ともふもふ暮らします。
「聖女レテシアよ、本日この時をもって貴様は解任だ。聖女の位は剥奪、この聖女庁より追放する!」
と。
冷たい視線をこちらに向ける王太子。
はう。急に一体何が?
そう思って首をかしげていると。
「お前のそういう所が私はずっと気に入らなかったのだ。聖魔法も碌に使えない半人前のくせに。お前のような者を聖女として迎えた事自体が誤りだったのだ!」
そう怒鳴るマクシマム殿下。
「まあいい。真の聖女が見つかった今となってはお前はもう用済みだ。荷物を纏めてとっとと実家に帰るといい!」
背を向け、部屋を出ていくマクシマム王太子殿下。ひよこのような金色の髪はポワポワで、お顔もいかにも王族といった感じであまり世俗慣れしていないような雰囲気の方でしたのに、こんなにも語気を荒げご立腹になるなんて。
わたくしが、いけなかったのでしょうか?
わたくしはただただ王族方のご希望に沿うよう、聖女の職を受けただけでしたのに。
お飾りであることはわたくしも重々承知をしておりました。
何せ、わたくしは聖魔法が使えませんから。
儀式のおりも、その他民衆への施しの際も、聖魔法が必要な場面ではわたくしは御簾の後ろに座っているだけ。
実際にそういった魔法の行使は代理の魔法士様にお願いをしていましたし。
この聖女庁には通常の聖魔法を行使することのできる魔法士は大勢在籍しております。
これまでも聖女不在の折にあってもつつがなく儀式等は行われておりました。
もはや聖女はお飾りで十分、そう思われていたのでしょう。
聖女は公職。
本来なら未婚の王族が結婚までの期間任命される名誉職でもあるのです。
しかし今代、めぼしい王族や血縁の公爵家には該当者が居なかったため、やむをえず白羽の矢が立ったのがわたくしレテシア・マクレーンでした。
わたくしの実家マクレーン公爵家は一応公爵という爵位は頂いているものの、百年ほど前に断絶した当時の王家の傍系で、現在の王室とは直接の繋がりの無い家柄。
お飾りではあったけれどとりあえずは食べるのに困らないし落ち目で貧乏な実家の助けになるかと引き受けたのですが……。
なんと、聖女は恋愛禁止なのでした。恋をすると聖女の力が弱まるからダメだそうです。
でもわたくし、魔力特性が無いのでもともと聖女の力は使えないのですけど……。
そうお側がたに尋ねたことがありました。
流石に恋愛禁止なんて酷すぎます。
いくらわたくしの実家が貧乏だと言っても、仮にも公爵家、結婚相手くらいは探せば見つかるだろうとそうお気楽に考えていましたのに。
このまま恋愛禁止のままであれば婚期も逃してしまいそうです。
そう思っていた矢先のこの解任。
まあでも。
それなら。
ええ、望むところです!
剥奪? 追放?
もうどうだっていいです。荷物を纏めてとっととここからおさらばです!
⭐︎
わたくしの部屋にいきなり王太子殿下が現れた時は驚きましたが、そう気持ちを入れ替えたら心が軽くなりました。
それに。
真の聖女が現れた?
そう殿下はおっしゃっておりましたし、きっとわたくしなどよりも優秀な本当の聖女がお決まりになったのでしょう。
であれば。
このまま恋愛も出来ずに干物のような人生を送るよりも貧乏な方がよっぽどマシです。
お父様やお母様には期待に応えられず申し訳ないですが、おうちに帰ればわたくしの最愛の猫のティアがまったり出迎えてくれるはず。
彼女の真っ白なもふもふの毛並みを堪能して、にくきゅうをもみもみして。
ああもう考えるだけで幸せな気持ちに浸れます。
さあさ帰りましょうと荷物を纏めていたわわたくしでしたがなんだか外の様子がおかしいことに気がつきました。
なんだかバタバタと人が走り回り、そうして物音だけではなくガヤガヤとした人の声もいっぱいです。
普段であればこの時間帯、お部屋の外、聖女庁のあるこの塔の中は割と閑散としているはずでした。
ちょうど今は日中。お日様が真上にあって、少し傾いてきた頃合い。
通常であればこの午後は、廊下に出ておしゃべりをしている者もほとんどいらっしゃいません。
お掃除でバタバタされるのは午前中の方が多いですし、お昼ご飯を頂いた後はみななぜか本当静かに過ごすようなのです。
と。
お昼ご飯で思い出しました。
そろそろお昼を頂こうと思っていた頃合いに王太子殿下が乗り込んでこられたせいか、今日はご飯をいただきそびれました……。
普段であれば侍女の方がお食事ですとカートに乗せて運んできてくださるのですが、ちょうど王太子がいらっしゃった所為でしょう。あのお声を聞いていらっしゃったのでしょうか。いつもの侍女さんは近づいてきてはくださらず。
ああ、どうしましょう。
お腹が空いては元気が出ません。
このまま帰るのも、少し悲しいです。
「とっとと帰るといい」とは言われましたが、なんとかお昼ご飯だけでも頂けないか?
ちょっとだけ、外の様子を見てきましょうか。
いつもの侍女さんがいらっしゃったら、何か食べ物をいただけないか尋ねてみましょう。
⭐︎
「嫌です! なんであたしがそんな事しなきゃなんないの!」
はい?
広間の方から甲高い女性の声。
まだお若い方でしょうか。
「こんな所に連れてきて! 帰してよ、あたしを元の世界に戻して!」
はう。
何があったのでしょう。なんだかすごく不穏な感じです。
誘拐? まさか。
多くの人が集まって広間の入り口を塞いでいます。かき分け中を覗くこともできずに、わたくしはその周りでウロウロするのも憚られ。
様子は気になりますが、とりあえず今は食堂に向かうこととしましょうか。
そう踵を返したところでした。
「聖女よ! お願いだ。この国を救ってほしい!」
そう、王太子殿下の叫び声が聞こえ。
これは……。
先ほどの若い少女のような声の主が殿下のおっしゃっていた真の聖女ということでしょうか?
まさか、聖女を誘拐してきたのですか!?
いくらなんでもそれはあんまりです。わたくしは解任された身とはいえ元聖女。そのまま知らない顔もできません!
「ごめんなさい。ここを通してください」
周囲の人々にそう声をかけ、わたくしは広間の中ほどに進みました。
広間の入り口を取り囲んでいた方々がすすっと道を開けてくださいました。
進みながら中を見渡すと。
そこには。
正面中程に、白銀の髪の少女が佇んでいます。
床には魔法陣? あれは……。
こちらに背を向けていますが手前には王太子の金色のふわふわとした頭が見えます。
左右には聖女庁のお偉い方が勢揃いしておりました。
「レテシア様……」
お偉い方のどなたかがそう呟くのが聞こえ。
中央手前のマクシマム殿下がこちらに振り向き。
「貴様! 何故ここにいる!」
わたくしを睨みそう語気を荒げます。
「殿下。そんなことよりもその魔法陣はどうされたのですか」
わたくしは極力ゆったりとした声でそう尋ねました。
「お前には関係ないだろう」
「いえ、そちらは禁忌の魔法陣ではございませんか。聖女庁を統括する王太子殿下ならご存じないはずはないでしょう? そんなものを持ち出して。この世界が壊れてしまったらどうするのですか!」
ああ、最後は少し早口になってしまいましたか。反省です。
なるべく殿下を興奮させないようにと思ってはいましたが。
「ああ。前王室が絶えた原因だという話だったな。しかしそんなものは眉唾だ。現にこうして真の聖女を召喚することができたのだ。私はこの力を使い、世界を救ってみせる」
ああ。なんということでしょう。
心優しい殿下だと、正義感のある立派な殿下だと、そう尊敬しておりましたのに。
心根がお優しくおっとりとした、どこか夢見がちな少年だと、そう微笑ましく思っておりましたのに。
今の殿下はまるで何かに取り憑かれでもしたかのように。
心の奥底が真っ赤に染まってしまっているのがわかります。
「その力は、人の手には余ります。世界を滅ぼす可能性を秘めているのですよ」
「お前に何がわかるというのだ! この能無しめ。お前のそのなんでもわかってるとでも言わんばかりの言動が、私はずっと気に入らなかった。ええい、邪魔をするのなら容赦はしない! 衛兵、そこのレテシアを捕らえよ!」
「しかし、殿下」
「そこのものは先ほど解任した。もはや聖女でもなんでもないただの貴族令嬢だ。今の言動はこの私、王太子であるこの私に対しての不敬である。いいから捕らえて地下牢にでも押し込んでおけ!」
わたくしの前に、おずおずとしてではありましたが衛兵たちが迫ってきます。
ああ、でも、どうしましょう。
あれをあのままにしておくわけにはまいりません。
わたくしには、あの禁忌の魔法陣を封じる義務があるのです。
「そこの方、我が国の勝手な都合でご迷惑をおかけして申し訳ありません。もしご自分でもといた世界にお帰りになることができないのであれば、どうかこちら、わたくしの側まで来てはくださいませんか? わたくしが貴女をなんとか元の世界にお返しして差し上げましょう」
「え? 元の世界に帰してくれるの?」
「ええ。わたくしには今の事態を収束し、元の状態に戻す義務があるのです」
わたくしの言葉を聞いた途端、花のように綻ぶ白銀の聖女。
そのままふんわりと浮き上がり、わたくしの側まで飛んできてくださいました。
やはりかなりの力を持ったお方です。
ここにいる者達でどうにかなる相手ではございません。
今まで皆が無事だったのは、ひとえに彼女が交戦的で無かったからに他なりませんね。
「貴様、何を勝手なことを! その聖女は私のものだ。私には帝国の王位継承権もある。そもそもこの国の王で終わる人間ではないのだ。返せ」
殿下がそう叫び、こちらに手を伸ばして。
わたくしは彼女を渡すまいと抱きしめ、彼から彼女を庇うように避ける。
ああ、違う。
彼女を怒らせるような真似をするのを避けたかった。
だから。
「マクシマム殿下、いい加減になさいませ。この世界のことはわたくしども人間が自分達の力でなんとかするべきなのですよ。彼女を、いえ、神を頼っていいわけではありません!」
そう言って、彼の手をはたく。
びっくりとした瞳でわたくしを見るマクシマム殿下。
ああ。こうして手をはたかれるといった経験も、この方には無かったことなのでしょう。
怒るよりも驚きの方が先に来ているようで。
そして。
お顔が真っ赤になるのがわかります。
怒りが込み上げてきているのでしょう。
わなわなと唇が震え。
「この、無礼者め! だから人間はダメなのだ! 私が支配し管理しなければこの世界は終わってしまう。そのためにもその聖女は必要だ! よこせ!」
そう叫ぶ殿下。
「聖女の力があれば人は死からも逃れられる。そして、個々の欲望や悪意も全て捨てさせることができるのだ! 私はそんな民衆を率い帝国をもこの手におさめる。そうすれば不毛な争いは起こらず、この世界を救えるのだ!!」
「死霊のような軍団をご希望なのですか、殿下は……。全ての人からその欲も感情も奪う、と? 確かに、人は皆弱いです。欲に溺れるもの、悪意を持つもの、そういった者もいるでしょう。それでも。それでもあらがって精一杯生きるのが人という生き物です。国を治めるものは、そうした人々の幸福を願い、健やかに過ごせるように努めるべきではないのですか?」
「ふん! 知ったような事を! お前は帝国の恐ろしさを知らないからそんなことを言うのだよ。あちらはこんな国、ひと踏みで蹂躙できるだけの軍勢を揃えているのだぞ!」
「それでも。百年前我が国を救ってくださったのは帝国ではありませんか。神の怒りを買い滅びかけた我が国の存続を助けてくださいました」
「今の状態は属国となんら変わりはないではないか。私は属国の王として帝国の言いなりになるのは我慢がならないのだ」
ああ。何が彼をここまで追い詰めたのか。
神代の時代より時が流れ。
世界はゆったりと終焉に向かっていると言われてはや数百年。
終末思想が蔓延し、人々の顔から希望が消え去ったこの世紀末。
この世界は、シャボン玉の泡のように儚い物。
それはいつ破裂し破滅を迎えるか、そんな危機が囁かれ。
百年前。
当時の王はそんな終末から逃れる為の研究を当時の魔法庁の重鎮に命じ。
そして、そんな研究の結果導き出された魔法技術が今回王太子の側近が使用した禁忌と呼ばれる魔法陣でした。
この世界を神の世界と結ぶというその魔法。
それは、確かにこことは違う別の世界とこの世界をつなぐことに成功し。
そして。
その穴から一人の男性が現れたのです。
その方は、銀色の長い髪がとても美しい美丈夫であったと。
王とその方の間に実際に何があったのかはわかりません。
しかし、王がそのお方の怒りをかったのは確かでした。
当時の王都の半分が一瞬で灰になり、そして生き延びた者も、いや、あれは生き延びたとは言えないかもしれません、彼らは皆死霊、ゾンビと化して居ましたから。
わたくしのひいお爺様が駆けつけたときには、もはや王都にはめぼしい貴族は残ってはいませんでした。
彼は、ひいお爺様に言いました。
この魔法陣は世界に穴を穿つもの、それはこの世界のみならず他の世界をも破滅の危機に晒すものだと。
万一またこのような穴が開いた場合には、必ずそれが広がる前に閉じるように、と。
彼は、いや、彼のことは神と呼びましょう。神は、ひいお爺様にその穴を閉じる魔法を授け。
わたくしの一族は贖罪の意味も込め、この魔法を代々その血族の魂に継承していったのでした。
帝国は、そんな我が国の復興に手を差し伸べてくださいました。
圧倒的に貴族の数が減った我が国では、帝国の皇子を次代の王に戴き、この百年復興に努めてきたのです。
聖女庁は当時の魔法庁から発展させたものですが、その本質は神の教えを守り伝えるものであったはずでしたのに。
「殿下。それでもわたくしは義務を果たさなければなりません。神との約束を違えることはできませんから」
わたくしは聖女様を背にし両手を広げ。
目の前の魔法陣を見つめます。
魂のゲートが開くのがわかります。そして。
わたくしの胸の奥から、大量のマナが溢れだしました。
金色の粒子が奥から奥から溢れ周囲に広がって。
わたくしの魔力特性が無かったのも、聖魔法が使えなかったのも、全てはこの時のため。
魂の奥底に閉じ込めた神の魔法。それを守るためにゲートを閉じて留めていたからでした。
「聖女様、今ならわたくしの魂の奥底に神の世界に通じるゲートが開いております。どうかそちらをお通りくださいませ。この度は本当に申し訳ございませんでした」
周囲が完全に金色のマナの雲で覆われたところで、わたくしは振り返り。
そう聖女様に謝罪をいたしました。
「ありがとう」
彼女はそう一言呟くと、わたくしに向かって笑顔を見せ、そうしてふんわりとわたくしの胸のゲートに向かって飛び込んでいきました。
よかった。
今回はこれで。なんとか済んで。
最悪の事態はどうやら避けられた様子です。
わたくしの金色のマナが晴れた時。
広間中央の魔法陣はその機能が完全に停止して。
そして、そこには金色のポワポワだった髪が真っ白になった王太子が、顔面も蒼白な状態で膝をつき項垂れていました。
憑き物が落ちたように呆けて。
周囲の聖女庁の重鎮の方々は、ほっとした様子でこちらをみてお辞儀をしてくださいました。
これは。
たぶん王太子の暴走であったのでしょう。
諌める事も出来ず困ってらっしゃったのかしら?
「さあ。それでは皆さま、ごきげんよう」
最悪な禁忌の魔法陣は片付きましたし、これは長居は無用ですわね。
厄介なお話になっても困りますし、お腹はすいていますけれどさっさと帰ったほうが良さそうです。
皆が唖然とする中をすたすたと歩き、わたくしは荷物を次元収納に仕舞い聖女庁の外まで急ぎます。
そのまま大通りの乗り合い馬車に乗り込むと、郊外にあるマクレーン公爵家まで向かいました。
もともと貧乏なわたくしですからね。こういう市井の乗り物にも慣れているのですよ。
日もすっかり陰って参りました。
完全に暮れる前に帰り着きたいですわね。
おうちに到着すると、ばあやが何でもない顔で迎えてくれました。
お父様とお母様は領地のお仕事が忙しいらしく、今夜は向こうにいらっしゃるそうです。
いきなり里帰りです。心配をかけるのを気にしていましたが、会わずに済んで少しほっといたしました。
自室に戻って「ティア、ただいま」と、愛猫に抱きついて。
真っ白なもふもふの毛並みを堪能して、にくきゅうをもみもみして。
ああ。しあわせ。
こうしているとほんと今日あったことなんか、疲れもみんな、どこかに吹き飛んで消えていくようです。
そんなふうにまったりもふもしていた時でした。
「にゃぁ。あたしったらあなたの事気に入っちゃった。もうしばらくこの猫の身体をかりてこっちの世界に居ようかな」
え?
今、なんて?
「にゃぁ。だから、レティ? あたし、貴女のこと好きになっちゃったからもう少しこの世界に居てあげるね?」
はい?
ティア?
いま、ティアがしゃべったのですか?
「うーん、手が止まってる。うん、そこ。気持ちいいの。もっともふもふして」
真っ白で。
キラキラ銀色にも見えるそんな毛並みの美しいティア。
オッドアイのその瞳がこちらを見つめています。
「ひょっとして、聖女様、ですか?」
わたくしはおそるおそるそう聞いて。
「にゃぁ。そうだよ。あ、あたしの半分はちゃんと元の世界に戻ったから安心して。でもって半分は貴女の中に残ったの」
「でも。そうしたら……」
残ったこの子はもう帰る事ができないのでは?
「大丈夫。半分帰れたら、後はいつでも向こうに行けるから。それよりも、ほらまた手が止まってる。もっと撫でて。あたし、貴女の手、好きよ」
ああもう。
だめです。ティアのもふもふには勝てません。
「じゃぁこれからいっぱいもふもふしましょうね」
わたくし、きっと今思いっきりの笑顔になっていると思います。
こういうのも良いかもしれません。
ほんと、しあわせです。
Fin