古い刻を旅して
竹林の中は、異世界
狐の祟りで火の玉が舞っている
はらはらと竹の葉が落ちてきて
西陣羽織の娘が美しい舞いを
幽玄の世界
お坊様が通りかかって
念仏を唱え始めると
しくしくいう泣き声が辺りを木霊して
凡てが消えた
怨霊たちは未練を残したまま
いつまでも舞い踊る
せめてもの鎮魂にと
寺のある宿場町には、鬼火が出るって噂は本当かもしれない
古い刻を旅して
蔵の中の古い書物に
見知らぬ文字を見つけた
紙魚、襖魚、不知火
読んでいくうちにやたら怖くなってきた
ざっと外に夕立が降って
家の隣の竹林の葉が揺れている音
ボンボン時計は見知らぬ音を立て
私は怖くて座敷を抜け出した
落ち付いて燐寸に火をつけると
緑色の燐光
憑かれたか
夢の灯り
喪中の灯篭のかかっている家を
幽玄の想いで通りかかる
死者は幻
あの世は泡沫
どうしても死に惹かれるんです
と娘は囲炉裏の火を
美しいものを見るかの様に
魔性の生き物の手は
血まみれで
目に見えないモノを
信じているんだ
それは目に見えるものより
尊く思える
何故だろうね
夢の証
雨の雫を救い上げて、雫のドレスを造れたら
指先に、夜の冷たさを灯したら、青い燐光が、いつまでもいつまでも
旅をする昔の街を
ときおり物の怪に逢うことを
夢見ながら
山を見下ろす宿場町は
どこか違う世に来たようで
不思議な気分
袖引き小僧が豆腐小僧が
あの電柱の影で
喰うものに困って
此方をジッと見つめている
鬼は出ないか出ませんよ
そんな、恐ろしいモノ
泊まった宿屋の奥深く
赤い眼の大鬼
此の家の裏庭には
龍神の棲む小さな小川が流れている
火の玉が夜になると川に浮かんで
祭りの日には、人が消える
綺麗に咲いた朝顔の蔦が
部屋中に伸びて人が死んだ夜
小さな赤子が紫陽花の中で産声を上げた
迷宮になっているこの家では
寝床を探すのも一苦労
せめてものと路銀を
小さな縮緬袋に
海の月は誘う
人を静かな潮騒のしとねへ
幽かな呼び声も
海の魔物が聴き逃さない
桜貝の小さな物を小瓶につめて
海へ流す
あの人に届くようにと
赤い月は
エンヤ―コーラーと海辺で舞う男達の
火渡り神事に
暑い熱を送り
夏は幻の様に過ぎて
熱風は潮混ざりの
海辺で黄昏る旅人をも
波は飲みこんで
いつまでも横になっていると
片足を引き摺っている小鬼がやってきて
満開の桜の枝を渡してきた
ははあ、酔っているな
此処は和の國不思議な国
鬼も出ようぞ娘も出ようぞ
庭の櫻の木の下で
裸の娘が地蔵菩薩を抱えて舞っている
泣いている泣いている
なにが悲しい
もう会えぬ昔の稀人
鬼人の棲み処
君の瞳は美しい簪の先のように綺麗
嬉そうに頬を染める生娘
宿場町の片隅で、実る密かな戀もある
手紙を書こう、懐かしき忍ぶ恋
夢は味方となり旅は恋人となり
いつまでもいつまでも吹き抜ける風の様に…
嬉しくて涙が出てくらぁ
醤油蔵の祖父が、花嫁姿の娘を見て
それは嬉しそうな顔を
華の舞
古き街に懐かしい風が吹く
すると様々なものが蠢きだして
時代を変える
君いざ行こう
此処は亡くなった人の棲み処宿場町
懐かしい手が彼方此方から伸びてきて
袖を掴もうとする
煙草を吸わせてくれ最後の旅路に
旅人の言葉は本となり本は歴史に残り
いつまでもいつまでも風車の様に巡り続ける
密やかな暗闇に
琥珀の雫を川に流すと
人魚が現れてくちづけを催促してくる
武士は川岸で芒の風に吹かれながら
明日の魂はどちらかと
みなもの煌めきに問う
明日はどっちだ
憂う眼差し恋い慕う眼差し
どちらも遊女のもので
怪異の娘は墓場で裸で舞い踊る
櫻はただ舞い散り、春の宵
みだれそめにし
抹香臭い仏壇に、白い菊活けてある極楽浄土の夢
此岸彼岸といつまでも鈴を鳴らして歩く母様
夏の小径を南無阿弥陀仏と禅僧が
竹林涼しく妙ありて、
日傘のをんな人にはみえず
刻は過ぎゆき泡沫に
しのぶにもなほあまりける昔なりけり
朝焼けに、青が消されてゆく。
極楽浄土とは、あそこにあるのではないか。
朝に垣間見る此岸と彼岸。炎のような炎光。
朝の空は、宝石の様な色をしているから、
瓶の中の押し込んで、和箪笥の中に閉じ込めた
和箪笥の中には、小さな炎のたましひの入った
貝あわせや
たまに蠢く抜け殻になった蝸牛や蝉の抜け殻や
お寺で買った財布お守りの目の光る阿弥陀様の金の小物などがたましひつきで入ってゐるのだ
此の世は夢を視る。青ざめた空に月の存在を忘れて。泡沫の朝。
シャボンの香りのする裏路地、秘密のボイス
行方不明の家族から、真っ青な封筒で届く便り
凡ては無情凡ては有限。凍るたましひ
飲み干したカクテルの、残り香が漂う部屋で
ひとり朝焼けの、まどろみに酔う午前六時の頃
寝ぼけまなこで、悟りを開きたい、本興寺の奥書院
夢見がちな年齢
暁の明星、凍てつく様に氷る頬に朝の凡てを悟るまなこ
子供の頃なんて
覚えていないけれど
夢で見るんだ
子供の頃
つららを食べた記憶
両親が喧嘩しているなか
泣きながら人参を食べた記憶
家の欄間に、すごく綺麗な着物姿の
ろくろっ首が載っかかっている姿
あ、これはなんかちがうね
入道雲に虫取り網を持って
いつか、雨の雫も捕まえると思っていた
さんすうすいすい
絵本の中の怪獣が
街をめちゃくちゃにします
めっと怪獣を叱って
そっと本棚に絵本を戻すと
怪獣は街から消えた
お片付けは
大嫌いなのに
夕暮れ時
あめふらしが
脛を噛んで
お菓子を要求する
雨が止んで
雨傘に引っかけておいた
てるてるぼうずが
ぐっしょり濡れていた
夏休み、神社でかくれんぼしていて
不思議な子に出会った事は忘れられない
包帯でぐるぐる巻きの頭で
見たことのない子と出会った
此処にいると、祟られるぞ
そういえば近くの大きな屋敷に
病気の子がいるって話
あれは病気じゃなくて
呪われ子
蝉が五月蠅くて躰は冷や汗で
震えが止まらなかった
春先の
夢見が末に
櫻が散って行く
儚い命
此処では
命はしかばねのように
朽ちてゆくだけ
ただ春の光が不思議な
温かみを帯びて
躰は温もりに揺り籠のような
小さき頃を思い出します
母の唇の赤い赤い紅の色
そして大きな黒い瞳
半分人ではないからと
座敷牢
いつまでも狂った世で
涙のうちに
どうして人は
産まれてくるんだろうね
不幸な子幸福な子
皆同じ姿をしているのに
そう考えると不思議なんだ
この荼毘の秘宝も
喰って怪異になって
闇に溶けていった家人も
私が最後の一人だというのに
どうしても勇気がもてない
座敷にはおかしげな姿の
幽霊がならんで私の
未来を案じている
里に春がきても
人は呪う事をやめない
山奥の木の藁人形
座敷の奥の呪われた小匣
山彦に呼ばれて
神隠しに逢った姉様は
蔵の中で干からびていた
娘が櫻の下裸で舞っている
呪符の体に巻き付けて
人を呪おうが
祝おうが
すべては人の業というもの
因果は巡りし因縁
いつまでも続くなと
思うなよ
鬼やらいの噂がまこと密やかに
人から人へ翳から翳へ
呪いの様に
慎ましく呪詛のように
鬼が出たと規制線のはられた家の前では
おびただしい血痕と真っ黒な墨が
人々がひそひそと噂をしている
鬼やらいを呼ばなければならないと
いつの間にか押し入れの奥の壁に
貼られた謎の電話番号
秘密の黒電話
古い宿屋では
翳の奥深くに眠る鬼の子ら
赤い瞳がらんらんと輝き
訪れた人を黄泉路へと
連れて行ってしまうらしい
街の電柱の影では黒マントが
おいでおいでをして
風船を手渡しては
常世まで連れて行ってしまう
座敷童が押し入れで足を振っている
この家のものを見張っているのだ
悪いこはいねか
夏
サイダーを飲み干して
旅に出よう
あの入道雲を追いかけて
掴んでやるんだ
綿あめみたいな一番星
星屑の銀河は少年を夜の子にして
ひたすら熱い真夏の世界に
閉じ込めようとする
季節は巡るけれども
少年は夏の子
夏にしか生きられない
鉱石図鑑を片手に
宮沢賢治の銅像の前で
少年は動かない
夕刻
逢魔が時
人は哀れな妖異に姿を変えて
子供らを攫ってゆく
あの茜色は懐かしさの古い世
昔へとつれていって
其処で永遠の眠りを
其処は花が咲いているだろうか?
暗がりの牢屋なのだろうか?
人は炎のような茜色を恐れ
人か妖異か分からぬ
すれ違う人々を
惨殺してゆく
狂った世に
燐寸の灯を
不思議と黒い人影が見えると
切ないような悲しいような
妙な気分になったものです
春は櫻、夏は入道雲
秋は芒、冬は木枯らし
季節は巡って私の心を癒す
そこに黒い影が加わって
私は不思議と心地いい波間を漂う様
だた隣にいて
時折幻の様に
見るな
それらは驚かせようとして
私は子供の様に喜ぶ
夢のまにまに
春の宵に雪洞ゆらり
狐のお面のあの子はだあれ?
夢でも見ているような
泡沫の笛
お寺の賽銭箱に死の文字
瞳の中に黒い文字で、南無阿弥陀仏と
綺羅綺羅と埃の漂う座敷牢
おや、君は
無限回廊、出口のない迷宮
煙草の燐に燐寸の線香花火
凡てはゆめまぼろし
死人に口なし
何時までも
幼いころ見えた黒い蜃気楼みたいな
あれらは一体何なんだろう
一五歳の誕生日の頃に
大勢の人の泣く声が部屋中を覆いつくして
大きな黒い影がすうっと胸に入っていって
それからまったく私にはなにも見えなくなった
同じころ姉が亡くなって
連れていかれたんだよ
と神社で変な声が聞こえた
春の宵
繰り返し、繰り返し、輪廻と運命を語る
その唇は嘘つきだ
竹藪で娘が裸で舞っている
その周りを火の玉が紅蓮に
夏の炎は、人の暗部を照らす
ちらちらと妖魔のような木漏れ日
人の記憶は過去の魔物に託して
いつまでも、狂って狂って
舞い踊るのです
聞こえもしないお囃子に乗って
いずこも悪魔
掌に亡くなった人の切符を握り締めて
幽霊列車に飛び乗る白昼夢の正午の頃
日差しは向日葵畑を照らし
入道雲が町々のいらかの頭上にそびえ立つ
夢は何処へ行ったんですか?
このまま姉と心中していいんですか?
貴方の役割はここまで?
悲しい旅路に夏の太陽がゆらゆらと蜃気楼
私は電車を降りた
懐かしい通り道は
たましひの産道かもしれない
幼子に呼ばれている気がして
はっと振り返った
誰もゐない風の通り道
懐かしくて涙が出た
遠くで笛の音がする
祭りは近い
鬼火が格子の中でゆらゆら揺れている
そんな気がするだけなのだ
そんな気がするだけなのだ
宿場町は魔の通り道
幻の記憶