負け犬の遠吠え
「ぐえっ」
「ご主人様に向かってなんたる愚行。死にたいか、雑種」
「あら、まあ……」
いつの間にナティルはこちらに来たのでしょうか?
一番遠い場所で狩りをするように言っていたはずなのですが、勘が働いたという所でしょうか?
うーん、それにしても、背後からとはいえ喉を掴まれてエドワルド様ってばとても苦しそうですわね、止めた方がやはりよろしいのでしょうか。
「ナティル、離して差し上げて」
「しかし」
「今すぐどうにかしなくてもよろしいでしょう?」
「……かしこまりました」
「げほっごほっ、なんなんだっ」
ナティルがしぶしぶと言った感じに手を離した途端に、咳き込みながら振り返ったエドワルド様がナティルを見て硬直しました。
いつもと変わらないように見えますが、あ、いえ、能面のように表情が失われておりますけれども、それでもいつもと大して変わりないように見えますが、ナティルに何かおかしなところでもあるのでしょうか?
「ティ、ティタニアなんだこいつはっ」
「ナティルと言います」
「なぜ俺に殺意を向けている!」
「殺意ですか?」
そんなものを向けているのですか。
玄人は対象にだけ殺意を向けることが出来ると聞きますが、ナティルは流石ですわね。
ナティルはエドワルド様から視線を外さないままわたくしの横に立ちます。
「ティタニア、お前は一人ぼっちなんじゃないのか?」
「あら、わたくしの事に興味がありますの?」
「そんなわけあるか!」
「だったらどうでもいいではありませんか、ナティルは神様が認めたこの世界に存在する者でしてよ」
「勇者というわけか」
わたくしはその言葉に笑みだけを浮かべてあえて何も答えません。
嘘はよくありませんものね。
「はんっ一人ぼっちのお前に仲間が出来ているとは驚きだが、お前と組むだけあってろくでもないヤツだな。この俺に殺気を向けてくるなんて、無礼と言うものを知らないらしい」
「ナティルはわたくしがエドワルド様に婚約破棄されたことを知っておりますので、シャーレとエドワルド様を憎々しく思っているのですよ」
「なんだそんなことか。あれはなるべくしてなったんだ」
「まあ、あのまま婚姻した後に妊娠したと言われるよりは、事前に判明したほうがよかったという所ですわよね」
本当に、婚姻後に「離婚だ!」なんて言われたらそれこそ教会と王家の真っ向対立になりかねませんもの。
どちらにせよエドワルド様の王太子の座は無くなったことに変わりはありませんけれどもね。
同じ傷がつくのでも、婚約の時点で清い体でいるのと、婚姻して関係を持った体ではわたくしの価値が大きく変わってしまいます。
聖女であることに変わりはないでしょうが、お父様の事です、どこかの後妻に無理やり押し込もうなどと考えたかもしれません。
まあ、結局はこうして異世界にご招待いただきましたのでお父様の苦労は何の意味もないのですけれどもね。
「それで、わたくしにシャーレと話し合え、説教をしろ、働くように言えというご命令ですが、改めてお断りします」
「なんだと!」
「なぜわたくしがそのような事をしなければいけませんの? そんなにシャーレと居るのが嫌ならば追い出してしまえばよろしいではありませんか。これ幸いとテンマ様の所に転がり込む口実が出来たとむしろ喜ぶかもしれませんよ」
「シャーレと俺は真実の愛で結ばれた仲だぞ」
「ご存じ? 真実の愛だなんだといって婚約破棄なさったご子息の大半が、九割以上がその愛を持続させることが出来ていないのですって」
「それはっ」
「自分達は例外だとでも思っていらっしゃいました? 残念ですわねぇ」
「……のせいだろう」
「何かおっしゃいまして?」
「お前のせいだろう! 聖女だ? ふざけるな! お前のような女が聖女であってたまるか! 人の不幸を楽しむような女が聖女など、俺は認めない!」
「別にエドワルド様に認められなくとも、神様に聖女だと認めていただいておりますので、何の問題もございません」
「だったら、俺を今すぐに元の世界に戻すように神に言え!」
「それは無理ですわ。シャーレとエドワルド様がこの世界に召喚されたのは天罰ですもの。わたくしの場合は気分転換に、という感じで誘われましたけれどもね」
「お前は、この世界に来ることを事前に知っていたというのか!?」
「知っていましたわよ」
にっこりと微笑んで言えば、エドワルド様は大きく目を見開いてわたくしに向かって剣を突き付けてきました。
「やはり貴様のせいか。こんなふざけた世界、冗談じゃない」
「わたくしにそのまま剣を向け続けたら、死にますわよ」
「どういう意味だ」
「わたくしがなにかする前に、このナティルがエドワルド様を殺してしまうからですわ」
そこでナティルの存在を思い出したようにエドワルド様はハッとすると、剣を下げてわたくしを睨みつけてきます。
「このままで済むと思うなよ!」
エドワルド様はそう言うと立ち去って行きました。
まったく困った方ですわね。
「それにしてもナティル、どうしてここに?」
「ご主人様にウジ虫が近づいている気配がしましたので急ぎ戻って来ました」
「そうでしたか。ナティルの索敵の範囲はわたくしの物よりも広いのですね」
わたくしはそういうと、わたくしの髪の毛の陰に隠れていたネーロに出てくるように言って、ナティルには持ち場に戻るように伝えてからエレメント狩りの続きをいたしました。




