婚約破棄だそうです
「ティタニア、お前の妹と婚約をする事にしたから、お前との婚約を破棄する」
「まあ、そうなのですか」
突然訪問していらして何の御用かと思いましたら、なんともまあ、身の程をわきまえない事をおっしゃいましたわね。
わたくしの婚約者、いえ、既に元と付けた方がよろしいでしょうか?
ともあれ、こちらのエドワルド第二王子殿下が王太子の地位についている事が出来るのは、わたくしとの婚約があってこそだというのですが、わたくしとの婚約を破棄するという事は、王太子の地位を失っても構わないという事なのでしょうね。
確かに、わたくしの妹と婚約するのであれば、実家であるフォルセルド公爵家の支援は今後も受ける事が出来るかもしれませんが、神様の啓示によって聖女として認められているわたくしとの婚約を破棄すると教会からの支援を受ける事は出来なくなります。
この国は教会との力関係が微妙な所にありますので、教会からの支援を受ける事が出来ない王子が王太子になる事は無理と言っても過言ではありません。
「わざわざこちらにいらしてまでおっしゃりたい事は以上でよろしいのでしょうか? よろしいのでしたら、わたくしはこの事を実家に伝えなければいけませんが」
「フォルセルド公爵家にはすでに許可を得ている。父上の許可もだ」
「あら、そうなのですか? 随分と手が早いですわね」
「当たり前だ。シャーレが俺の子供を妊娠したからな」
「あらまあ」
流石に呆れて言葉が出ません。
シャーレがエドワルド様に気がある事は薄々勘付いていましたが、まさかエドワルド様がシャーレにこんなにも早く手を出すとは思いませんでした。
所詮は性欲を持て余した年頃の甘やかされた王子という事なのでしょうか。
「それと、聖女の座をシャーレに明け渡せ」
「なんですって?」
「お前のように聖女の地位に胡坐をかき、人を見下し、蔑み、加虐するような女が聖女の座に相応しいわけがないだろう。聖女には慎ましやかで心優しく慈悲深いシャーレこそがふさわしい」
「あの子が慎ましやかで心優しく慈悲深い、ですか」
「なんだ、何か文句でもあるのか?」
「いえ、本当にそのような性格なのでしたら、婚約者のいる王子、しかも姉の婚約者に手を出すような真似をするとは思えないのですが」
「ふん、自分の魅力のなさをシャーレのせいにしようとしているのだろうが諦めるんだな。俺とシャーレは真実の愛で結ばれた正当な婚約者同士となったのだ」
「真実の愛ですか」
昨今、そう言って婚約破棄をする子息が増えていると令嬢達のお茶会で話題になっておりましたが、まさかエドワルド様までこのような事を言い出すとは思いませんでした。
ちなみに真実の愛の持続率は一年で八割ですが、三年もすると五割、五年もすれば一割にも満たないと言われていますが、そこのところもどうなのでしょうか。
普段家のしがらみに囚われている子息令嬢にとって物語のような真実の愛なるものはさぞかし甘露なのかもしれませんが、現実というのはそんなに甘いものではありませんものね。
けれどもシャーレは妊娠しているのですか。
真実の愛の持続が五年もすれば一割を切っているとはいえ、子供が居るのでしたら簡単に婚約、いいえ婚姻を破棄する事も出来ないでしょうし、珍しい持続例になるかもしれませんわね。
もしくは、子供を作れば真実の愛が持続するという悪しき例になってしまうか、さてはて、どちらでしょうか。
「どのように言われましても、聖女とは神様の啓示によって決められるもの。人間が譲る、譲らないと言ってどうにかなる役職ではございませんわ」
「貴様の聖女としての最後の役目だ、神にシャーレを聖女にするように懇願しろ」
「そのような真似出来ませんし、する気もございませんね」
「この俺が命令しているのだぞ!」
「わたくしがエドワルド様の命令に従う義理はございませんわね」
「なんだと! 俺は王太子だぞ!」
「その地位が、聖女であるわたくしとの婚約の上に成り立っているというのはご存じでして?」
「だから聖女の座をシャーレに譲れと言っている!」
「無理な話だと言っておりますでしょう」
話が通じませんわね。
神様に啓示を受けて聖女となっているとはいえ、神様に意見を言える立場にあるわけではないのですけれども、勘違いなさる方が多くて困ってしまうのですよね。
聖女という立場は確かに神様の恩恵を受け、他の人よりも強い力を得る事が出来ますし、聖女でない方から見ればまさに神様に愛されているように見えるかもしれませんし、実際に神様に愛されているから聖女になっているわけですけれども、だからといって神様になにか意見を言う事が出来るというわけではございません。
基本的には、ですけれどもね。
受動的な事が殆どですが、その気になれば、本当に本気になれば、神様にこちらからコンタクトを取る事も出来ます。
滅多に、というかした事はありませんけれどもね。
「本当に役に立たない女だな」
「出来れば穏便に婚約破棄を済ませたいのですが、エドワルド様はわたくしを怒らせたいのでしょうか?」
「お前を怒らせたところでどうなるというのだ」
「それこそ天罰が下るかもしれませんわよ」
「馬鹿らしい」
小馬鹿にしたように笑うエドワルド様にわたくしはため息を吐き出しながら膝の上に置いてある扇子を手に取るとパチリと広げて口元を隠しました。
こうでもしないとため息以上にエドワルド様に向けて悪態を吐き出してしまいそうだからですわ。
「ともあれ、婚約破棄に関しては王家もフォルセルド公爵家も了承しているというのであれば、わたくしは何も申しません。シャーレと好きなだけ真実の愛とやらを貫いてくださいませ。子は鎹とも申しますしね」
「言われなくとも。要件は以上だ、こんな辛気臭いところにもう来なくていいと思うとそれだけで清々する」
神殿を辛気臭いと言いますか。
教会に喧嘩を売りまくりの台詞ですわね。
しかもシャーレに聖女の座を譲れとか言っていましたのに、支離滅裂なのではないでしょうか?
このような方が王太子の座から外れるというのは良いことかもしれませんわね。
第二王子であるエドワルド様が王太子になれていたのは偏にわたくしとの婚約があったからですし、その婚約も側妃であるエドワルド様のお母様からのたっての願いということでお父様が承諾したものですしね。
お父様も、従姉妹である側妃様には弱かったという事でしょう。
その側妃様も亡くなられてしまった今、お父様は側妃様にそっくりと言われているエドワルド様の事が可愛くて仕方がないのかもしれません。
そう考えるとフォルセルド公爵家も碌なものではありませんわね、早くお兄様に爵位を譲って引退してくださらないでしょうか。
立ち去って行くエドワルド様の背を見送りながら、わたくしはもう一度ため息を吐き出してエドワルド様が出て行って閉まった扉を見てパチリと扇子をたたみました。
さて、どうしましょうね。
わたくしと致しましては本当に婚約破棄に関してはどうでもいいのですが、わたくしが婚約破棄したとなれば社交界はおろか、教会の方も黙ってはいないでしょう。
妹に婚約者を寝取られた挙句妊娠までされたなど、それはもう面白おかしく話されるでしょうし、教会は絶対にその事を許さないでしょう。
最悪生まれてくる子供に洗礼を施さない可能性だって出てきます。
子供に罪はないと思うので洗礼は受けさせてあげたいのですが、聖女であるわたくしを馬鹿にされたとあっては、教会の怒りもすさまじいものがあるでしょう。
やれやれ、面倒な事になってしまいましたわね。