新しい眷属
このダンジョンに来てから十日、ついにわたくしは十階層に来ることになりました。
ええ、ナティルとの約束ですもの、仕方がありませんよね。
十階層は森のようになっておりまして、索敵には多くのモンスターの気配が感知できました。
うーん、なるほどこれは確かに足踏みする勇者が多いのも頷けますね、これだけのモンスターを相手にして尚且つ九尾の狐と対峙するのは大変な事でしょう。
まあ……。
「火球」
ちょっと出力を上げた火魔法で一撃なのですけれどもね。
広範囲魔法で有効なのは何があるでしょうか?
超音波の出力を上げてもいいのですが、周囲の木々もなぎ倒してしまいそうなのですよね。
環境破壊はよくありませんよね、やっぱり。
あ、火球で周囲に延焼しないかという問題に関しては問題ありません、対象以外は焼かないように魔法陣を組んでおりますので対策はばっちりです。
超音波もそのようにしたいのですが、魔法陣の書き換えってとても大変なのですよ。
やってやれなくもないのですけれどもね、禁書の化身であるナティルがいますのでそう言ったことは得意そうですもの。
今度ナティルの力を借りて対象以外を傷つけないようにするように魔法陣の書き換えをしてみましょうか。
時間は無限にありますので、多少寄り道をしたところで問題はないでしょう。
索敵に引っかかったモンスターを全て焼き尽くしてから、索敵の範囲を広げましたが、今の所ひっかかるモンスターはいないようです。
少し森の中を探索しがてらお散歩しましょうか。
森のダンジョンというだけあって、木々には果実が実っていたりしておりまして、わたくしが見たことのある物もありますし、ない物もございます。
季節感に関してはめちゃくちゃで、春になる果実も秋になる果実も実っておりますので、不思議な所ですわね。
大分広いダンジョンと事前の情報で聞いておりましたが、確かに広いダンジョンのようですね。
歩いていると、ふと川が流れる音が聞こえましたのでそちらに向かっていきますと、索敵に引っかかるものがありましたので慎重に足を進めることにしました。
木々が開けて小川が見えると、その近くにわたくしと同じ銀髪で九本の白い狐の尾を生やした見たことの無い衣装の女性がにっこりと微笑んでわたくしの方を見てきました。
「ようまいった、勇者よ。ずっとそなたが来るのを待ちわびておったのだぞ」
「それは、お待たせして申し訳ありません」
「名を聞かせてくれるか?」
「えっと、ティタニアと申します」
「真名は明かしてくれぬのか。まあ賢明な判断じゃな。妾の名前は九尾の狐、この十階層のボスモンスターにして、九尾の狐の特殊変異種じゃ」
「そうなのですか」
「うむ、普通は男の九尾の狐が現れるのじゃが、妾は女体ゆえな」
何が楽しいのかクスクスと笑った九尾の狐は機嫌がよさそうにわたくしに近づいてきましたので、すぐさまその間にナティルが入ります。
「ああ、案ずるな。待っていたといったであろう。戦う気はないのだ。ちと力比べはしてみたい気はするが、それでもここまで来るのに倒したフォックスへの対応を見るに実力は十分とみた」
「そうですか」
「じゃから、妾を眷属にせぬか?」
「はい?」
「おお、了承してくれるか。話の分かりやすいぬしさまで何よりじゃ」
「いえ、今のは疑問であって了承の意味じゃないのですが」
「細かい事を気にするの。そうじゃな、そなたが持っている食べ物、それを妾におくれ。それをもって妾との契約としようではないか。そこな黒スライムもそうして契約したのであろう」
「あの時は何も知らなかったので」
「よいよい、大事なのは結果じゃ。それで、くれるのかや?」
「まあ、別に構いませんが、こんなもので本当に私の眷属になってしまっていいんですか?」
「こんなものとは随分な言葉じゃな。その者が作った物には、その者の魔力や霊力が宿る。そこな禁書の化身にもそう言った力のこもったアイテムを食わせていたのであろう」
「その場合、ナティルの主は私じゃなくクインゼル様とエッシャル様になるのでは?」
「じゃから細かい事はよいのだ。大切なのは食わせたという行為そのものにあるのだからの」
「そういうものですか」
「そういうものじゃ。さあ、供物を妾によこしておくれ、ぬしさま」
再度の催促にわたくしはアイテムボックスからお弁当の入ったバスケットを取り出して九尾の狐に渡そうとしたら、ナティルがバスケットを取り上げて九尾の狐の所にもっていきました。
その際、バチリと火花が散ったような気がしましたが、気のせいでしょう。
九尾の狐は早速バスケットを開けると目を輝かせて中身を食べ始めました。
「うむ、美味である」
「そこまで美味しいものではないと思いますけれども」
「込められている霊力・魔力が上質故、妾達のような存在には極上の甘露に感じるのじゃ」
「そういうものなのですか」
その理論で行けば、ネーロやナティルが毎回嬉しそうに食事を食べてくれるのも納得という所です。
……はっ! 眷属が増えるという事はまた拠点の増築をしなければいけないという事ですね。
寝室も増やさないといけませんし、九尾の狐の着ている服は見たことがない物ですが万屋で売っているでしょうか?
服で隠れてよくわかりませんが、細い腕を見るに体つきは細そうですのに、二人分+α分をぺろりと平らげて、九尾の狐はバスケットを持ってわたくしの方に歩いてきました。
「これで妾はぬしさまの眷属になった。名前を付けておくれ」
「名前ですか……」
白、ブランシュ、アルブム、レウコン……なんだかどれもしっくりきませんわね。
考えていると、九尾の狐の着ている物の模様が目に入りました。
見たことの無い赤い花のようなものです。
「その着ている物の模様は何というのですか?」
「うむ、この着物の柄か? これは椿という」
「ツバキ。そうですか、わかりました。貴女の名前はツバキですわ」
わたくしがそう言いますと、ツバキは目をぱちくりとさせます。
「妾がこういうのもなんじゃが、ぬしさまは名づけの才があまりないのでは?」
「自覚はあるので問題ありません」
「まあ、自覚がある分ましなのかもしれぬな」
ともあれ、眷属になったツバキのステータスを確認します。
『九尾の狐(特殊変異種):ツバキ
レベル:57
生命力:86▲、魔力量:92▲
攻撃力:84▲、防御力:62▲
魔法力:98▲、知識力:74▲
俊敏性:86▲、幸運力:89
主人:ティタニア』
はい、わかっておりましたけれどもチートですわね。
主人であるわたくしが一番レベルが低いというのはどういうことなのでしょうか?
ともあれ、拠点の増築もありますし、食べる物もなくなってしまいましたので、わたくし達は拠点に戻ることに致しました。
拠点に戻ると、早速万事屋で拠点の増築と必要な物を買いそろえましたが、ツバキに衣装はどうするのかと聞いたところ、ナティルと同じように自分の魔力で作り出せるので問題ないし、武器も防具も既に持っているので問題ないと言われました。
そういえば、ナティルは禁書の化身なので考えたことがありませんでしたけれども、着替えは自分で用意していたのですね。
そこでふと、ツバキの特徴的な九本の狐尻尾が無くなっていることに気が付きました。
「ツバキ、尻尾はどうしたのです?」
「普段生活するのには邪魔であるからな、普段はこうしてしまっているのじゃ」
出し入れ自由なんですか、もうなんでもありですね。




