自覚し始める
湯船に入りながら、相変わらずふちにつかまってプカプカと浮いているネーロを見つつ、シンヤ様に対する感情について考えます。
好きだと思っている事は確かなのですが、他の方へ向けている好きという感情と何が違うのか、難しいところですね。
チャプンと左手を持ち上げて、今ははまっていない指輪の事を思います。
頂いた時は素直に嬉しかったですし、お揃いだと聞いた時は胸が躍りました。
他の方にもし同じことをされたら、同じような感情が湧くのでしょうか?
例えばクインゼル様達だったら?
確かに嬉しいと思うでしょうし、お揃いだとわかれば胸が躍るかもしれませんが、シンヤ様に感じたものとはまた違ったもののような気がします。
真実の愛も、永遠の愛も誓う事はないとおっしゃっていたシンヤ様ですが、一時とはいえわたくしを想ってくださる気持ちに嘘はないと言います。
それは、多くの場合に破綻してしまう真実の愛と何が違うというのでしょうか?
クインゼル様達も、ナティル達ですらわたくしがシンヤ様と一緒に居る時はいつもと違うと言います。
それはつまり、わたくしがシンヤ様に対して他の方とは別の感情を持って接しているという事になるのでしょうか?
シンヤ様と一緒に居る時は、なんと申しますか普段より心が落ち着くのは確かですね。
わたくしよりもステータス的に劣っているはずなのですが、とても頼りになる気がするのです。
不思議ですよね。
他の方にはこんな気分にならないのに、シンヤ様にはそう思えてなりません。
これが、特別な感情という事なのでしょうか?
わたくしはシンヤ様の事が特別に好き?
思い込みやまやかしではなく、この気持ちは本当にそういうものなのでしょうか?
「ねえ、ネーロ。わたくしはシンヤ様の事を、特別に好きなのでしょうか?」
わたくしの言葉にネーロがプルリとふるえました。
まるでそうだと言っているようです。
その様子にわたくしは大きく息を吐き出してから、スマートウォッチを操作してシンヤ様にメッセージを送ります。
内容は、『シンヤ様の事は頼りになる方だと思っていますし、おそらく他の方へ向けている思いとは違う感情を向けていると思うのですが、まだその感情に名前を付けることが出来ません』、というものです。
すぐにシンヤ様から『今はそれでもかまわないよ』と返事がきました。
シンヤ様は優しいですね。
わたくしは湯船から上がるとタオルで体を拭きながら魔法で髪を乾かして、夜着に着替えます。
リビングに戻ると、ツバキとナティルがお茶を飲みながらまったりしているようで、ツバキに交代でお風呂に入るように伝えて、わたくしは冷蔵庫に向かい、中から水出しの紅茶を取り出すとコップに注いで、それまでツバキが座っていた場所に座りました。
「ぬしさま、妾が言うのはどうかと思うが、失う前に手に入れるべきじゃ」
ツバキはそう言って自室から持って来た着替えを持って脱衣所に向かいました。
わたくしはのんびりとお茶を飲んでいるナティルを見ます。
ナティルも美形ですよね。
けれども、眷属という括りにあるからなのか、頼りにはしておりますが、シンヤ様に向けるような特別な感情がるかと言えばそうではありません。
もちろん、ナティルだけでなく、ネーロもツバキも好きですが、それは仲間内に対する好き、強いて言うのであれば教皇様に対して感じていたような親近感に近い物だと思います。
「わたくしはシンヤ様のことを恋愛的な意味で好きなのでしょうか?」
「僕にはご主人様のお心の全てをわかることは出来ませんが、ツバキの言うように失う前に答えを見つけるべきだと思います」
「失う前にですか」
「この世界は明日どうなるのか多くの者にはわかりません。誰がいつ死んでもおかしくない世界です」
「そうですわね」
「失ってから気づくのは、とても苦しいものだと人間は感じるようですし、ご主人様にはそのような思いをしてほしくはありません」
それはつまり、わたくしがやはりシンヤ様に特別な感情を抱いているという事ですよね。
恋愛感情ですか、こんな難題にこの世界で挑むことになるとは思いませんでした。
ダンジョンを攻略する方が余程簡単なのではないでしょうか?
「例えば」
「なんでしょうか?」
「あの裏切り者の王子に触れられたいと思いますか?」
「まさか!」
「では、シンヤという勇者には? この拠点に招く際にご主人様は接触をしていますよね」
「シンヤ様と触れ合う事を嫌だと思ったことはありませんわね」
「それは少なくとも、触れることを厭わないほどに想っているという事でしょう。他の異性の勇者に同じようにしたいと思いますか?」
「そもそも、一部の方を除きこの拠点にご招待することがありませんわね」
「そうではなく、触れたいと思いますか?」
「意味もなく触れるような破廉恥な真似はいたしませんわよ?」
「シンヤという勇者に触れたいと思いますか?」
「何もない時に、という事ですか?」
「はい」
シンヤ様に何の用事もないのに触れたいと思うか、ですか。
難しいですが、言われてみればシンヤ様と身体的に接触する機会は他の方に比べて多いですし、それはシンヤ様からであったり、わたくしからであったりですね。
好ましいか好ましくないかと言われれば、好ましいと思います。
シンヤ様に頭を撫でられるのも好きです。
他の方に頭を撫でられたいとは、確かに思えませんね。
「例外はあるでしょうが、多くの場合恋愛感情を持つと肉体的接触を持ちたいと思うようです」
「恋愛感情がなくとも、子をなすことはありますわよね?」
政略結婚をした貴族の夫婦の間に必ず愛が生まれるわけではありませんし、それでも子供をなさなければいけない場合、想い合っていなくともそう言った行為をする必要があります。
「それに幸福感を覚えるかどうかが重要なのではないでしょうか」
「幸福感ですか」
公爵令嬢としてエドワルド様とお父様によってほぼ強制的に婚約をさせられておりましたので、男女の関係に幸福感を期待したことはありませんね。
けれどもそうですか、想い合った者同士がそう言った行為をしたり、触れ合うときは幸福感を覚えるのですね。
シンヤ様に対してわたくしはそのような幸福感を感じているのでしょうか?
「……シンヤ様と触れ合うのは、嬉しいと思えますわ」
「でしたら、そういうことなのではないでしょうか」
「そう、ですか」
ナティルの言葉に、わたくしはコップに入った紅茶を飲んでシンヤ様の事を想います。
「もし、シンヤ様が承諾してくださるのなら、この拠点に移住していただいてもよろしいでしょうか?」
「それがご主人様の出した答えなのなら、僕達はそれに従うまでです」
「そうですか」
もう一度よく考えてから、本当にわたくしが望んでいるのなら、シンヤ様にお話ししてみるのもいいかもしれませんね。




