明日が楽しみな日の日記
腹への強烈な激痛で目を覚ました。ガラの悪い男達に囲まれ蹴りを入れられていた。そのとき俺は、昨晩の路地で寝た事を思い出した。
焦った俺は【体が鋼鉄のように硬くなる魔術】を唱えた。
鋼鉄と化した俺を蹴り飛ばした男が叫び声をあげる。
俺は男達に【足の裏がヌルヌルになる魔術】を唱えた。
俺を襲った男達はすべって転び、立ち上がろうとする度にまた転び、逃げるのもままならなくなった。
俺は【怪我が完璧に治る魔術】を唱え自分の怪我を癒しながら日記を読み返し、昨日の出来事を確認する。
そして左腕の模様に【全ての暗号を解読する魔術】を唱えた。
浮かび上がる“1、俺は忘れっぽい。2、そのことを他人に知られないようにする事。3、必ず日記を付ける事。”というメッセージ。
この3つは何としても守ろうと再確認した。
転げまわりながらも、俺に罵声を浴びせる男達。
見たところチンピラのようだ。幸いにもここは早朝の路地。人通りも少なく、誰も俺たちを気に留めない。
俺は死なない程度に思い付いた魔術を次々唱え、男達に立場をわからせた。
すっかり話が通じるようになった男達に事情を聴く。
朝まで酒を飲んで気分良く歩いていたら、ちょうど大嫌いな魔術師が寝ていたので蹴り飛ばしてやった。その魔術師が俺だったとのことだ。
どうやらこの街には魔術師ギルドもあるらしい。
魔術師の中には魔術師でない者を馬鹿にしている者も多く、男達は機会があれば袋叩きにしたいと思っていたようだ。
酷い理由に俺は呆れかえりつつ、この男達から慰謝料として幾らかむしり取ってやろうかと考えた。しかし流石に俺の良心が痛み、それは辞めたのだった。
俺は男達に【怪我とかがいい感じに治る魔術】を唱えた。
反省させるため、多少ダメージを残しつつ男達を解放した。
路地から出ると美味しそうな屋台が並んでいた。大好物とは言え、しばらくベーコンしか食べていない。
いい加減、別な物が食べたいと思ったが手元にあるのは古びた銀貨が1枚だけだ。
俺はダンジョンの財宝である古びた銀貨を見つめ、深いため息をついた。気が付くと小太りの男が俺の古びた銀貨を見て、口を開けたまま固まっていた。
目が合うやいなや、素敵な物をお持ちですね。と話しかけてきた。
小太りの男に、とりあえずゆっくり話しませんか?と言われ、あれよあれよという間に彼の商館に連れてこられた。
改めて小太りの男を見てみると、中々に良い服を着ている。途中でもすれ違う従業員らしき者達が、小太りの男に丁寧な挨拶をしていた。
きっとそれなりの立場なのだろう。建物のことは良くわからないが、この商館もかなり立派な気がする。
応接室と書かれた部屋に通され、お茶と軽食が出される。覚えている中で一番の歓待っぷりだ。
お茶と軽食を楽しんでいると、小太りの男は銀貨を売って欲しいと切り出した。
俺は現在流通しているルググ銀貨1枚の価値も無いと聞いていた古びた銀貨を、欲しがっている人がいることに驚いた。
理由が全くわからないが動揺を悟られないよう、落ち着いてお茶を飲み干す。
そもそもあの古い銀貨は、俺が持っていてもどうにもならない銀貨だ。多少なりでもお金になればそれで良かった。
しかしわざわざこんな歓待をしてくれる以上、ルググ銀貨より高く買い取ってくれるに違いない。
俺はルググ銀貨4枚と言う意味で、指を4本立てて見せた。
小太りの男は真剣な表情で、現行貨幣の4でよろしいですね?と確認をしてきた。
俺は内心吹っ掛けすぎたか?とドキドキしつつも黙ってうなずいた。
次の瞬間、小太りの男は最高の笑顔でお礼を言うと、従業員にルググ金貨4枚を持ってくるように指示を出した。
銀貨ではない。今、確かに、金貨、と言った。
小太りの男は、これで800年以上前に滅んだマーキダス王国のコインが全てそろったと子供のように喜んだ。どうやら小太りの男はコインの収集家のようだった。古びた銀貨を欲しがる理由に合点がいった。
銀貨の入手先をしつこく聞かれたが、俺はいつものように笑ってごまかした。
ドラゴンを倒して手に入れた財宝だと説明したところで、面倒なことになるだけだ。
そんなことよりも重要なのは、俺の忘れっぽさを何とかする“ダールタールの霊薬”である。
錬金術師ニールへ“ダールタールの霊薬”の調合料金を支払うため、金貨1枚を銀貨100枚に両替してもらった。
俺はすぐさまニールにルググ銀貨80枚を支払いに工房へ向かった。
彼女は一瞬驚いた顔をしていたが、営業スマイルで受け取り“ダールタールの霊薬”の調合をはじめた。
夕方に取りに来るように言われたので、俺は残りの銀貨を使って屋台で食べたいだけ食べて過ごした。
そして夕方、ついに念願の“ダールタールの霊薬”を受け取った。これで忘れっぽさが何とかなるかもしれない。
彼女から“ダールタールの霊薬”の使い方を教わった。寝る前に飲めば、次の朝には効果が出ているとのことだ。
俺は彼女にお礼を言い、近くの少し上等な宿屋に駆け込んだ。
日記を書き終わったら“ダールタールの霊薬”を飲んで寝る。
今日も色んなことがあった。だがそれもどうでも良い。
明日目を覚ませば、俺の忘れっぽさは何とかなっているはずだ。
この忘れっぽさが全て悪かったのだ。
後は寝て起きるだけで何とかなると思うと、早く目を覚ましたい。
以上、明日が楽しみな日の日記。