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精霊のごちそうが不味かった日の日記

 けたたましい豚の鳴き声で目を覚ました。近くに豚がいるようだ。そのとき俺は、自分が空腹だったことを思い出した。


 俺は日記を読み返し、昨日の出来事を確認する。

 そして左腕の模様に【全ての暗号を解読する魔術】を唱えた。

 浮かび上がる“1、俺は忘れっぽい。2、そのことを他人に知られないようにする事。3、必ず日記を付ける事。”というメッセージ。

 この3つは何としても守ろうと再確認した。


 隣にいた風の精霊シルに頼み、彼女の風の力で空へと舞い上がる。

 何かに襲い掛かっている大きな豚を見付けた。正確には毛深いし、牙も生えているが大まかに言えば豚だろう。


 俺は空から豚に【美味しく死ぬ魔術】を唱えた。

 豚は瞬時にベーコンの山となった。

 そのとき俺は、自分の大好物がベーコンだったことを思い出した。


 久しぶりの食料に、俺は歓喜の声を上げる。持てるだけ持って食べながら移動することにした。

シルにも渡そうとしたが、やんわりと断られた。

 精霊は土地から生命力を吸収して活動源としており、動物の死肉などいらないそうだ。


 残りをどうしようか迷っていると、小柄な猫のような人のような集団が遠巻きにこちらを見ていることに気付いた。先程ベーコンとなった豚と戦っていたのか、怪我をしている者もいる。


 俺は怪我をした者達に【怪我が完璧に治る魔術】を唱えた。

 彼らの怪我は無事回復し、数名がこちらに駆け寄ってきた。


 しかしニャーニャ―と言うばかりで、彼らが何を言っているか全く理解できない。

 俺は【言葉が通じるようになる魔術】を唱え……ようとしたが、やめた。昨日のように、既に俺が非常識な行動をとっている可能性がある。


 下手に関わるよりもさっさと立ち去ることにした。情報は欲しいが、恐らく彼らより精霊であるシルの母に話を聞いた方が良い情報を得られるだろう。


 とは言ったものの、彼らが小柄なのは栄養が足りてないからだろうと不憫に思い、彼らに対して残りのベーコンをあげることにした。


 俺は彼らの目の前でベーコンを指差し、ベーコンと名前を叫んだ。さらにベーコンをほおばり、ジェスチャーで残りをあげると伝えた。

 再びシルの風で空に舞い上がり、上空から彼らがベーコンを手に取るのを確認し、精霊の森への移動を再開した。


 そして昼過ぎには精霊の森に辿りついたのだった。精霊の森をしばらく進む。

 精霊の森というだけあって、周囲には精霊があふれ、次々と精霊が現れては俺を覗き込んでいく。精霊観察に夢中になっているうちに不思議な雰囲気の泉に案内された。


 優しい風が吹き、落ち着いた雰囲気の美しい精霊が現れた。

 シルにママと呼ばれた彼女からは、来る途中ですれ違った精霊よりも圧倒的に強い生命力を感じた。


 ママと呼ばれるだけあって、シルと雰囲気が似ている。恐らく上位の風の精霊だろう。


 シルが一切状況を説明していないにも関わらず、シルのママは俺に感謝を述べた。

 不自然に感じた俺が疑問をぶつけると、上位の精霊は下位の精霊が見聞きしたことを、何となく知ることができると教えてくれた。


 全ての精霊を統べる精霊王ともなれば、世界中の精霊を通じて世界の出来事を何となく把握できているという。なるほど精霊の前で悪いことはできない、なんてことを思った。


 シルのママはお礼として、俺に風の加護を授けてくれるという。シルのママは、俺の頭に手をかざすと人には聞き取れない呪文を唱えた。俺に生命力が流れ込み、そして霧散していった。


 俺は風の加護を授かることができなかった。


 シルのママ曰く、どうやら俺は別の精霊の加護を受けているらしく、新しく加護を受け取ることができなかったようだ。

 俺は忘れっぽい。俺に加護を授けてくれた精霊のことは当然覚えていない。

 シルのママには、加護は1つしか授かれないことを知らなかったと伝え、笑ってごまかした。


 呆れたような表情をされたが、そもそも複数の精霊の加護を授かることなどそうそう無いことらしく、納得してもらえたようだ。

 俺に加護を授けてくれた精霊について聞きたくなったが、それを知らないことこそ不自然だと考え聞くのを思い留まった。


 俺は忘れっぽさを何とかする方法を探るという、当初の目的を思い出した。

 しかしそのまま伝えたのでは、俺が忘れっぽいことがバレてしまう。俺は昨日シルに言ったように少しぼかして、頭を良くする方法を知らないか?と尋ねた。


 シルのママは“ダールタールの霊薬”を飲めば良いと教えてくれた。

 これは人間が錬金術で生み出した薬で、一部の錬金術師にしか作り出せない代物らしい。流石は上位の精霊。たくさんの精霊の記憶を持っているだけあって博識だ。


 幸いなことに素材となる薬草は精霊の森に生えており、集めて貰えることとなった。

 “ダールタールの霊薬”を作ることのできる錬金術師は近くの街に住んでいる。そこに素材を持っていけば手に入るだろうとのことだった。


 錬金術は俺の魔術とは別系統の技術だ。俺が素材に魔術を掛けたとしても目的の“ダールタールの霊薬”は生み出せないだろう。

 言われた通りその街へ行き、錬金術師に会うことにした。


 その晩は宴が催された。周囲にはたくさんの精霊が集まり、華麗な踊りを披露する。そして宴と言えばごちそうだ。


 しかし俺に出されたごちそうは水だった。


 シルに聞くと、精霊の森の生命力を豊富に含んだ泉から汲んだ水だという。

 その生命力の影響か、一口飲んだだけで疲労回復し眠気が吹き飛んだ。しかしツンと鼻に抜ける独特の辛味があり、正直に言って不味い。


 俺は飲み干したふりをして、鞄の中にあった小瓶にこっそりと流し込んだ。結局出されたごちそうは水のみだった。


 精霊は食事をとらない。彼女たちの文化ではこれが最大のもてなし、そして最高の宴なのだろう。


 俺は隠れてベーコンを食べ、腹を満たしたのだった。


 明日は精霊の森を出て、街に向かうことにする。

 今日も色んなことがあった。俺に加護を授けた精霊は何者なのだろうか?

 知らなかったお陰で、変な空気になってしまった。

 本当にこの忘れっぽさが全て悪い。

 “ダールタールの霊薬”を手に入れ、この忘れっぽさを何とかしたい。



 以上、精霊のごちそうが不味かった日の日記。

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