第4話:ディスコードと魔法剣士
おおきなこえでさけんでほしい。わたしにもつたわるように。
のどがかれるまで。あいがかれるまで。
――――――――魔道省管理部
時間はミミがビルの屋上へ逃げ込む少し前に遡る。けたたましいアラート音は既に消えている。走り回っていたスタッフ達も落ち着きを取り戻したのか各自デスクに着き、キーボードを叩き未体験の事象を解析し続けている。魔道省管理部長官、テイラー長官は腕を組み、イラついた様子で指を動かす。
「クリス君との連絡はついたか?」
「いえ、先ほどからコールし続けてはおりますが、応答はありません」
「……、仕方ない。後回しだ。現場に到着した魔法戦士はいるか?」
スタッフがT地区の30周辺の地図を管制室モニタに映し出す。緑色の画面に白線で住宅などの縁取りが表され、赤い点がきょろきょろと動く。青色で囲われた、魔術結界の部分には人の反応だろうか、白の点が大量に表されていた。
「いえ、魔力反応からして、これら赤の反応点は全てディスコードだと思われます。先ほどこれとは別の微小な魔力反応を感知しましたが、すぐに消えたことから魔法戦士ではないと思われます」
「……サーチ範囲を広げろ。X軸Y軸を10km、Z軸を300mまで引き上げ再検索だ」
「了解しました」
キーボードを叩き、地図を縮小する。赤い点が急速に増える。赤い点はディスコード、先程まで「異形」と称していた魔力で出来た生命体だ。
「っ!こ、こんなに……」
「感知数は300強か……まだ増えるか、それとも……ん?」
テイラー長官は地図の一部に気付き、スタッフに声をかける。
「待て。A-4ポイントを拡大しろ。そこに集中しているのは何だ」
スタッフは言われたポイントを拡大する。赤い点が集中して蠢いている。
「T地区30の西側に設置した魔術結界のすぐ近くでディスコードが集中していますね……ん?」
「どうした」
「上空からディスコードと異なる魔力反応感知!大きな魔力を持ったものです!」
黄色の点がA-4ポイントの地図に映し出される。赤い点が黄色の点に弾かれるように飛び、黄色の点が動く度に赤い点が1つずつ消えていく。
「来たか……」
「……解析結果出ました!」
解析結果がモニタに映し出される。そこには、『GIMIC:Highlander』の文字があった。
「魔法剣士……ハイランダー、だとォ!?」
―――――――――――――――――
「はッ!」
魔法剣士が大剣を振るう。1体、2体。確実に異形が切り刻まれていく。
「すごい……」
ミミは尻もちをついた姿勢のまま、魔法剣士の迫力に圧倒され、動く事すら出来なかった。身の丈よりも長い、見るからに重量がある幅広の大剣を片手で振り回し、剣を構えなおす隙を消すように魔術で攻撃。ミミが夢見ていた魔術師が目の前でミミの為に戦っているのだ。
「ミミ!ぼさっとするなッ!隙を見て魔術結界へ走れ!」
「は……はい!」
魔法剣士に気圧され慌てて立ち上がり走り出す。どうして名前を知っているのだろう。どうして私のピンチに駆けつけて来てくれたのだろう。ミミにはいくつか疑問がよぎるが、今はそれどころじゃない。魔法剣士が開いてくれた道を、ミミは走った。非常階段を駆け下りる。それを見届けた魔法剣士は、群がるディスコードを一閃した後、ミミの後ろをついて非常階段を駆ける。
「あ、あのっ!ありがとうございます!」
「礼を言いたいのはこっちの方よ。ミミ。生きててくれて、ありがとう」
下方よりディスコードが躍り出る。ミミをとどまらせ、魔法剣士は飛び降りて大剣を振り下ろす。金属と金属のぶつかり合う甲高い音が非常階段中に響く。真っ二つに斬られたディスコードは、赤黒い液体をまき散らしながら、非常階段から転げ落ちる。
「どうして私の名前を?私の事知っているんですか?」
魔法剣士は振り下ろした大剣を持ち上げ肩に担ぎつつ、ミミを見上げる。バイザーで細かい表情はわからないが、微笑む口角から一筋の血が流れ出ていた。
「ええ。とてもよく」
「でも私……」
言いかけたミミを遮るように、魔法剣士は話し始めた。
「たとえどんなにつらくても、それが自分や大切な人の為なら諦めない。それが大事よ。それを教えてくれた人はどんな状況でも諦めなかった……」
魔法剣士は手で先へと促す。ミミは今更ながら、魔法剣士の鎧が傷だらけで、布地部分が擦り切れてしまっている事に気が付く。
「サキちゃんは……残念だったわね」
「私、サキにお礼も言えていないのに」
「……慰めにならないと思うが、きっとすぐに会える。意味はじきにわかるわ」
魔法剣士の言っている事を考えているうちに、非常階段を降りきる。待っていましたと言わんばかりにディスコード達が屯していた。突如、魔法剣士がせき込み膝をつく。せき込むと同時に、地面に血だまりが出来る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「……どうやら時間切れみたい。でも、貴女のピンチに間に合って本当に良かった」
魔法剣士は駆け寄ってきたミミの肩を強く掴み、バイザーの隙間から血と涙を流しつつ、絞るように言葉を発した。
「押しつけがましいかもしれない。だけど、あのバカのように愚直に真っ直ぐに生きて。それが私の願いよ」
「……、……」
魔法剣士は手を離すと、大剣を支えに立ち上がり、ミミを壁の淵へ追いやった。様子を見ていたようなディスコード達は、魔法剣士へと狙いを定めた。
「このディスコード……知性は無いけど、どうやら空気は読めるみたいね」
魔法剣士が強い光を放つ。歌うように、呪文を詠唱する。
「ミミ、生きて。私が……守ってあげるから」
光がさらに強くなる。目も開けられない程の光に、ミミは目を覆う。
どれだけ時間が経っただろうか。光は次第に弱まっていき、ついに消えた。
「あっ……」
ミミが目を開くと、そこには生物はなにも残っていなかった。あの魔法剣士が使っていた大剣が突き刺さっているのみで、ディスコードも、魔法剣士も、跡形も無く消え去っていた。
ミミは立ち上がる。空を見上げ、魔術結界の方向を見る。すっかり暗くなった夜空に輝く輪は、もう異形を吐き出す素振りも見せない。大剣に触れる。残留していた魔法剣士の魔力に手が痺れる。引き抜こうとしても、重くて持ち上がらない。
「こんなのを振り回してたんだ……」
どこからともなく現れ、ミミを守る為消滅した魔法剣士。その形見に触れると、ミミは落ち着きを取り戻した。
「行かなくちゃ。サキの為にも、あの人の為にも」
無人の街中を、2人の人間に助けられた魔術師の卵が、決意を胸に走り出す。が、その歩みもすぐに止められる事になる。
「……結構しつこいのね」
魔術結界への一本道。その目の前に、全長10mを超える巨大なディスコードが立ちふさがっていた。傍らには、これまでのサイズのディスコードが15体。
『ゲゲ、ゲゲゲゲゲゲゲゲ!』
巨大なディスコードが足を折りたたむ。頭部がくるりと回り、地表すれすれで止まる。傍らのディスコード達は巨大ディスコードを支えるように立ち、次第に一体化する。完成するは、60本脚の巨大な赤黒い物体。巨大なディスコードの球体部分に、見るも悍ましい口が形成される。
「げぇ……キモ……」
ディスコードは一歩、一歩踏みしめるように歩く。身体を引きずっているからか、歩いた跡には赤黒い液体の線が引かれていた。次第にその歩みは早くなってくる。ミミは踵を返し、走り出した。ビルとビルの間の道を見つけ、曲がる。ディスコードはそれに合わせ曲がろうとするが、質量と勢いに負け、思うように曲がれない。20本の脚をビルに突き刺し、遠心力で体勢を整える。走っても走っても、直線では距離が縮まるばかりだった。
「普通の道だと追いつかれる……でも、通れない隙間なら!」
ビルとビルの狭い隙間道を見つけたミミはそこに潜り込み、体を横にしてカニ歩きの要領で進む。ディスコードもそこに入ろうとするが、直径6メートルを超える球体部分がどう足掻いても入りそうにない。
「へへっ、どーよ!」
ビルの間を抜け出そうとした刹那、ミミの進行方向からも小型のディスコードが顔を出した。慌てて中腹まで戻る。背後には巨大なディスコード、そして正面には小型のディスコード。
「あ、これ前門の虎後門の……ってやつ?」
状況を理解したミミに再び訪れる大ピンチ。上を見るが、遥か上に夜空が広がっている。ビル壁には何も無く、先程のように何かに伝って上るのは不可能のようだ。
「あいたっ」
ミミの頭に小石がぶつかる。後ろを振り向くと、巨大ディスコードがビルとビルの間を開く為、ビルを倒さんばかりの勢いでこの隙間を広げようとしている。ビルはゆっくりと傾き、少しずつ壁と壁の間は広がってきている。
「やばい……」
『ミミ』
ミミの目の前に小さな獣が躍り出る。犬のような、しかし犬でない、また狐のような、しかし狐でもない獣。
「……誰!?」
『名乗るのは後や。アンタ、今絶体絶命の大ピンチちゃうん?』
流暢な方言を使い、ミミに話しかけるその獣は、両刃剣を携えた尻尾をピンと立て、ミミに話しかける。
「えっ、まぁ、そうだけど……」
『この場、どうやって潜り抜けるつもりや?』
「どうしよう」
立て続けの超展開に慣れてきたのか、いやに落ち着いているミミの回答に獣はため息をつく。
『はぁ……ほな、質問を変えよ。アンタ、生き残りたいんか?』
「そりゃあそうだよ。サキと魔法剣士さんと約束したもん」
獣はミミの瞳をじっと見つめる。
『今、この状況は絶望的や。さっきみたいにジャジャーン!とヒーローが現れる事なんか無い。生き残りたいっちゅうんなら、ウチの尾を掴め!』
「えっ?」
『アンタみたいなバカ、ずーっと見とるとウチの頭がこんがらがって来るんや』
獣はミミに背を向けると、ピンと立てた尾を差し出す。ガラガラと、崩れかけているビルの瓦礫が落ちてくる。ビルの隙間がどんどん広がっていく。
『早うせな!生き残りたいんやろ?』
「な、何をするの……?」
『いーから掴め!自分の力で掴み取るんや!』
言われるがまま、ミミは獣の尾、両刃の片手剣の柄を掴む。それとほぼ同時に、ミミが光輝く。
「う、わわわわっ!?」
『げっ、アンタ魔術回路持ってないんか!?しゃーないなぁもう……』
『モック、インストール。マジックインターフェース……コンタクトッ!』
獣の独り言を最後に、ミミは意識を失った。