第13話:ほんとうの家族
「はぁっ……はっ……」
何度、剣を振り下ろしただろう。ミミ・C・マーティンの息は上がり始めていた。
「ケケケケッ!」
「……ンのぉ!」
休む間もなく、ディスコードが躍り出る。振り下ろした剣を、身体を捻り回転させる勢いで振り抜く。ディスコードを両断する度、ミミの腕が小さく震える。
<ミミ君、聞こえるか>
「聞こえますッ!今ッ!それどころじゃ……!」
テイラー長官から通信が入る。ディスコードに斬りかかりつつも、ミミは叫ぶように応答する。
<……気付かないか。『儀』が終わった>
一瞬、ミミの手が止まる。確かに、儀の最中は通信が断絶される。通信が出来るということは、一定区間を魔力で区切り断絶する鏖の儀が終わったと言う事だ。
ディスコードの動きが止まり、ミミ達から背を向ける。2体のディスコードが、逃げるように離れていく。
「……逃がすかッ!」
<待て、追うな。長官命令だ>
ミミが追いかけようとするが、テイラー長官が制止する。
「どうしてですか?アイツらは……アイツらは……!!」
<まずは落ち着け。君のバイタルはかなり乱れている。呼吸を整えろ。戦闘の基本だ>
『せや、ミミちゃん。今はテイラーの言う通りにせぇ』
「……っはぁ……はぁ……」
長官と狐の助言を受け、ミミは足を止め、仕方なく呼吸を整える。
<それでいい。逃げたディスコードはこちらで追っている。……ひとまず作戦終了だ、ご苦労だったな>
テイラー長官の声色が少し和らぐ。
<怪我の具合はどうだ。魔道衣を展開出来たのは良かったが、負傷してるだろう>
「それは大丈夫です。ミライさんに手当してもらいましたから」
<……ならば尚の事、今突っ走ってどうする。君1人で作戦を成し得た訳ではなかろう>
長官の言葉に、ミミははっ、とする。
<意味がわかるな?>
「はい、理解しました……すみません」
<わかれば良い>
カルディナとミライが駆け寄る。
「長官、魔術結界内の避難人数を報告します。ご確認ください」
<うむ、こちらでモニタしている人数と相違無い>
『おいで。ミミ・C・マーティン』
「?」
2人の報告を聞いているミミの意識に、何かが語りかける。辺りを見渡すが、そのような通信を聞いた者は居ないようだ。
「……おねえ、ちゃん?」
「ミミちゃん、どうしたの?」
ミライがミミの様子に気付き、顔色を見る。それと同時に、通信口の向こうでも報告を聞いたテイラー長官の驚きの声が上がる。
<……魔法剣士だとォ!?>
その言葉を聞いて、ミミは確信した。さっきの声、ミミだけに聞こえたあの声の正体は、姉だと。ミミは手に持つ剣を強く握りしめ、声のした方を向く。
「テイラー長官!今のは本当ですか!?」
<……、……>
テイラー長官はしまった、と言いたげに溜息をつく。
「やっぱり……おねえちゃんだ。長官、行かせてください!」
<指示を出すから待て。カルディナ君、ミライ君。間もなく処理班も到着する。彼らと共にこの場の後処理に当たってくれ>
「承知しました」
<ミミ君は……>
テイラー長官が続けてミミに指示を出そうとするも、既にミミはこの場に居なかった。
「もう、行っちゃいました」
<……、まったく>
長官は呆れたように通信を切る。その声は、呆れ6割、どこか過去の自分を見ているかのような自嘲4割といったところだった。
――――――――――U地区
「はっ、はっ……!」
ミミは覚えたての空間魔術:縮地を駆使しつつ、ディスコードを追う。空間魔術:縮地は空間魔術の中でも初級術で、一直線に高速移動出来る術だ。上位術であるほかの空間魔術より、一回に移動する距離は短いが、マナの続く限り連続して使用出来るという特徴がある。走る必要が無く高速で移動できる為、呼吸を乱さない。無意識だろうが、ミミはテイラー長官の教えを早速実践していた。
T地区特有の住宅街を抜け、海沿い山岳地帯を駆ける。ディスコードの姿は見えないが、ミミの足取りに迷いは無かった。
『アイツら、どこに行くんやろな』
「わかってる。おねえちゃんがアイツらを呼んでいるなら、行き先は1つ……」
縮地の連発により目まぐるしく変わっていく景色の中、ディスコードの背が見える。それとほとんど同時に、1つの建物が見えてくる。
……アレグロ孤児院。
「やっぱり、ここだ!」
ミミは足を止める。ディスコードの他に、昨日も見た魔法剣士が孤児院を見上げていた。
「おねえ……ちゃん……?」
ディスコードがレイラの横に立つ。まるで主人に褒めてもらうのを待つ犬のように、足を折り曲げ、目も無いのにレイラの事を見つめる。
「久しぶり、ミミ……」
ぼそりと、そう呟くレイラの右腕が上がる。虚空から刀が現れ、傍らに立つディスコードへと振り下ろされる。
「!!」
ミミの方へと向き直りつつ、両断されたディスコードの返り血を、魔道衣の振袖で拭う。頬に付いた赤黒い液体を気にも留めず、魔力で濁った瞳でミミを見つめる。
「久しぶり、はおかしいね。昨日会ったばっかりなのに……」
「レイラおねえちゃん」
おねえちゃん、そう呼ばれたレイラの表情が少し和らぐ。
「でも、ミミ。貴女は昨日よりもずっと、強くなっている」
ミミは歩み寄るが、レイラは刀の刃先をミミの顔に突きつける。思わず後ずさったミミの表情が悲哀に染まる。
「……どうして?どうして私に刃を向けるの?」
「……どうして?どうして私が刃を向けるか、わからないの?」
海風が2人の魔道衣を揺らす。夕日が作り出す2人の影は、周囲の木々の影に紛れ消える。
「あの方が、私を救ってくれた。コーダ様のおかげで、私は生きてこれた」
「お姉ちゃん……?」
「私はその恩に報いたい。壊れた世界を新しく作り変える、コーダ様の描く新世界を実現させる」
ミミの目に映るレイラの瞳は、黒く澱み濁っている。瞳の奥に蠢く影は、やがてレイラの魔術回路へと侵食していく。目視出来る程に、黒のマナが彼女の身体へと集まっていく。
「その為には、ミミ。貴女も一緒に逝くのよ」
「そんなの絶対おかしいよ!お姉ちゃんの、邪教団のやってる事は間違ってる!お姉ちゃんはアイツらに操られてるんだ!!目を覚ましてよ!」
ミミの声に、一瞬だけレイラの瞳が晴れるが、またすぐに元に戻ってしまう。
「……ミミ。剣を構えて」
「えっ?」
「お互いの主張は伝えた。どちらが正しいかは勝った方が決める。だって……これはただの姉妹喧嘩だもの。そうでしょう?」
「……、そう、だね」
刀と、剣が交差する。
「……シッ!」
口火を切ったのは、レイラだった。剣を弾き、浮いた足を大きく踏み込み斬りかかる。ミミは身体を捻りその剣閃すれすれを回避する。
返しの刀を剣で受け、ミミも負けじと反撃するが、レイラの魔術障壁に阻まれる。
「動きが……違う」
「男児は3日というけれど、女子は1日会わざれば……って奴だよ、おねえちゃん!」
「……私も女子なんだけど」
それからというもの、しばらく剣戟が続いていた。互いに意地と意地のぶつかり合い、一歩も引かない攻防が繰り広げられている。しかしこのままでは埒が明かないのは、双方理解していた。
「……仕方ない」
後ろに飛びのいたレイラは刀を上に高く掲げ、バトンの如く回す。そこに炎熱術式を重ね、炎刃を作り出す。
「炎熱術式:炎帝ッ!」
刃を振るうと、それは炎を纏った巨大な斬撃となりミミの元へ一直線に進む。斬撃はミミの退避出来る範囲を遥かに超えていた。
「あっ……!うっ!」
剣で受け止めようとしたが、吹っ飛ばされたミミの身体が大きく撥ね、大地に転がる。魔道衣はボロボロになり、所々破けてしまっている。
体勢を整えたレイラは、昨日の時のように刀を構え、ゆっくりとミミの元へと歩み寄る。刀に黒のマナが集まっていく。確実に、妹へ引導を渡す為に。
『ミミちゃん、ちょっと耳貸せ』
カタちゃんの声が、ミミの頭に響く。満身創痍のミミは、力無く応答することしかできない。
「……なに、こんな時に……」
『レイラの魂は、まだ完全にコーダのものになっとらん。さっきから、ミミちゃんが呼びかけた時、レイラは一瞬だけコーダの制御を振り切っとる』
「……、……」
『多分やけど、レイラはアンタを想う事で、今まで持ちこたえてきた。つまり、ミミちゃんの声が、笑顔が、仕草が、存在そのものが、レイラの呪縛を解き放つ鍵なんや』
「……は、ははっ。なぁんだ、そんな簡単な事だったんだ……」
ミミは震える手で、近くに落ちた剣に手を伸ばす。ミミは立ち上がろうとする。
「だったら……いける……!出来る……!」
土と涙で顔がぐちゃぐちゃになった魔法剣士が、立ち上がった。魔道衣の袖で顔を拭う。少し泣き腫らした瞳に、これまでにない、強い光が宿っている。
「私がおねえちゃんを救わなくて、一体誰がおねえちゃんを救えるっていうの!姉を救えなくて、私は一体誰を救えるっていうのッ!!」
ミミの魔道衣がみるみるうちに新品同様に治っていく。腕や足にある切り傷が癒えていく。
「!!」
レイラはミミに起こる超常現象に戸惑い、少し慌てた様子で攻撃に入る。……が、レイラの腕は刀を振り下ろすことが出来なかった。刀が、ミミを斬る事を拒んでいた。
『レイラちゃん……もうやめよう……?』
「ムラサメ……邪魔、しないで……!!」
レイラは刀を手放すと、両手から魔術を放つ。ミミは真正面からそれを受ける。煙が晴れ、治ったばかりの魔道衣が少し煤けているが、ミミは無傷だった。
「……どうして……?どうして耐えられるの……?」
「それはね、おねえちゃん」
呆然と立ち尽くすレイラに、歩み寄ったミミは、レイラを抱きしめる。
「ずっと、ずっと会いたかった。ずっと、ずっとこうしたかった。だから耐えられたんだよ」
何をされたのか理解出来ていないレイラの瞳が晴れていく。……それと同時に、ミミの表情が苦痛で歪む。ミミの魔術回路になだれ込む感情。
『目を突かないで。手首を切り落とさないで。足を斬らないで。石で叩かないで。水の中に沈めないで。高いところに連れて行かないで。首を絞めないで。一人にさせないで。冷たい石床で寝たくない。カビたパンは食べたくない。どうして私達がこんな目に。どうして私がこんな目に。そうか、これが私の住む世界なんだ。だったらこんな世界、いらない。壊れてしまえ。壊してしまえ』
……この感情は、レイラのものであるのは間違いなかった。一瞬狼狽えたものの、ミミは笑顔を絶やさなかった。
「お姉ちゃん。もう、いいんだよ。つらかった事、苦しかった事……私が、全部もらうから」
レイラの瞳がゆっくりと閉じていく。周囲に溜まっていた黒のマナが、霧のように消えていく。
目を開く。色付いた素敵な景色。
隣に立つ貴女。その姿。ずっと欲しかった貴女。
私、長い、長い悪夢を見ていたよ。
目覚めさせてくれてありがとう。私の大切な家族。
「……ぁ」
アレグロ孤児院。盛大な姉妹喧嘩の跡が残る中、草むらで横になっていたレイラ・C・ノクターンは目を覚ます。
「あ、起きた?レイラお姉ちゃん」
「……ミ、ミ?」
「はじめての姉妹喧嘩は、私の勝ち、ってことで」
隣に座り、屈託のない笑顔で見つめる妹を見て、レイラの澄んだ瞳に大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……ッ!私、貴女に酷い事をした……!みんなに、酷い事をした……!」
「いいんだよ、お姉ちゃんが生きてた。それだけで十分だよ。罪も罰も、私も一緒に受けるから、ね?」
ミミの胸の中で泣くレイラ。ミミの目にも、大粒の涙がこぼれていた。
『あーあ。せっかく綺麗にしたのに、結局涙でぐちょぐちょやんけ』
『んま、レイラちゃんとミミちゃん。仲良ぅなったし、良かった良かった』
『そういやアンタ、さっき急に干渉してきたけど、なんであのタイミングだったんや?』
『コーダに操られていたレイラちゃんが私を振るうときは、私は強制的に眠らされるの。今日私が目覚めたのはついさっき。ミミちゃんの魔力が私にまで伝わってきたおかげ、かな』
『なるほどなぁ。……やっぱり、ミミちゃんは面白いわ』
傍らに座る狐と馬は、顔を見合わせて笑っていた。
永劫にも続くように感じられた姉妹のひと時は、突如壊される。
「エッヘヘ!感動のエピローグ、ってトコかしらネ?」
「誰!?」
孤児院の屋根の上、女が立っている。ミミとレイラは、声のした方を振り向く。
「……ミーナ・ピチカート……!」
「お姉ちゃん、知ってるの?」
「フェ・ル・マータの幹部の1人。ほかの地区に出ているって言っていたのに……!」
「オー!レイラちゃん、そんな声してたんダ?ワタシの前じゃずっと黙ってたカラ」
ギザギザの歯を見せつつ無邪気そうにケタケタと笑う、フェ・ル・マータ幹部が1人、ミーナ・ピチカート。以前現れた幹部の女とは色違いのレオタード風の魔道衣に身を纏い、両手には鋭い爪を備えたグローブを装着している。
「ありゃ、本当にコーダ様とのパスが切れてル……んじゃ、レイラちゃんに一応聞くけどサ。私達の元に帰ってくるつもりは無イ?」
ミーナの質問に対する答えの代わりに、ミミとレイラは武器を構える。
「私は、私のしたい事をする。もう貴女達の言いなりになんてならない」
「エッヘヘ!ふたりともヤル気十分だネ!でも今日はご挨拶だケ。見事復縁出来た2人を賞して、特別ゲストをご紹介しまース!」
ミーナの背後に、翼の生えた何かが着地する。歪な翼が生えているが、人型の生物だ。
「……!!」
翼がゆっくりと開く。その姿、その顔、ミミは知っている。見紛うはずが無かった。
「……サキ?」
異形の意匠が施された魔道衣に身を纏い、巨大な鎌を持つ、友がそこにいた。あの時、ミミに見せた濁った瞳で、ミミを見つめている。
「さぁ!第2楽章の始まりネ!」
MIMIC~魔法剣士ミミちゃん~ 第1章 完