第10話:ひとり(ふたり)の願い
私が間違っていたの?
私が壊れていたの?
私が……死んでいたの?
――――――――――――邪教団フェ・ル・マータ本部
暗い、暗い闇の底。世界と隔離された空間。1人の少女がその闇に降り立つ。
『……、あたし、なんでこんなことしとるかわからん』
少女の胸に輝く紫の正四面体のペンダントから飛び出し傍らに降り立った魔道生物は、少女に向けて語りかけた。
「……、……」
少女、レイラ・C・ノクターンは魔道生物の問いかけに答えず、正面に立つ幹部に恭しく腰を曲げた。
「おかえり、レイラ」
幹部の女は意地悪そうにニタリと笑いながら、レイラの顎に手をやり顔を上げさせた。
「その顔じゃ、新しい魔法剣士は仕留め損なった、ってとこかしら?」
「……、……」
「面白かったからよかったけど、どうしてディスコードを狙ったの?あの時、魔法剣士を狙えば倒せたというのに」
レイラは何も言わず、ただ虚空を見つめているばかりであった。
「ふんっ、言いたくないって顔ね」
「……ミミ」
「えっ?何か言った?」
「……ミミ。会いたかった。顔も知らなかった、私の妹」
レイラは視線を幹部から逸らし、彼女の鉄面皮のような表情が少しだけ和らぐ。
「っっ、もういいわ。不愉快」
幹部の女はバイザーで隠れて見えない顔を歪ませ、乱暴にレイラに当てた手を離す。
「いい、レイラ。貴女は我々フェ・ル・マータの駒。私が『やれ』と言ったら『やる』の。私の言葉はあのお方……コーダ様の言葉と思いなさい。次の失敗は許さないから」
幹部の女は吐き捨てるようにそう言うと、ヒールの音を響かせながら、足早に闇の向こうへと消えていった。
『なぁ、レイラちゃん。聞こえてるでしょ?あたしの言葉……』
魔道生物の言葉に耳を貸さず、レイラは操り人形のように自室へと向かう。
重く硬い扉を開ける。レイラの自室だ。部屋と言っても、かび臭い寝床と、申し訳程度の仕切りのついた便器、それと小さな椅子と机が置いてあるだけ。まるで牢屋のような部屋。それがレイラの自室だ。魔道衣を解除すると、ぼろきれのような服の姿に戻る。
『レイラちゃんってば』
魔道生物、馬のような姿をしたカタナリックビースト・ムラサメはレイラの傍に寄り添い、再三度声をかける。
「……聞こえている。ムラサメ」
『やっと話してくれた。よかった……あたし、貴女と話がしたい』
ムラサメは心配そうな顔でレイラの顔を覗き込む。
『3年前。あたしがこんなところにいたレイラちゃんを見つけてから、貴女はずっと黙ってあの人たちの言う事を聞いてた』
「……、……」
『あたし、貴女がこんな事しているの、見てらんない』
「……、……私」
レイラの唇がふるふると震える。
「ミミ……私の妹。私の生きる糧。私の全て」
『ミミちゃんだってそうだよ。貴女がこんな事しているの、見ててどう思うの!?』
レイラは答えず、窓の外を見上げた。満月が光り輝いてた。
「……今日は、一日がとても長く感じられた。いつも、同じ事ばかりの繰り返しだったから」
馬は続けて話そうとしたが、レイラの言葉を聞いて口を噤んだ。
「ミミ。私の唯一残された家族。愛しい家族。今日初めて顔を見たけれど、やっぱり双子なのね、私とそっくり」
「レイラちゃん……」
「でも、ミミは私じゃない。私はミミみたいに、あんな日々を過ごすことなかった世界、壊れた世界で今まで生きてきた。だから私はね、ミミ。貴女を私の世界に連れて行ってあげる。私が、貴女を次の世界へ連れて行ってあげる」
レイラの目が澱み、怪しげな笑みを浮かべる。
「……だから、お願い。死んで。私と一緒に逝こう。こんな壊れた世界なんて棄ててしまいましょう?」
――――――――――――聖クリス学園校庭
簡易魔術の街灯が照らす校庭。整地された地面。1人の少女がその光に降り立つ。
「わっとと」
『……、着地練習しぃや』
少女の胸に輝く桃色の双六角錐のペンダントから飛び出し傍らに降り立った魔道生物は、少女に向けて語りかけた。
「えっへへ、やっぱり空を飛ぶのは何度やっても慣れないや。転移魔術ってすごいんだね。私だけを決まった場所まで吹っ飛ばすなんて」
『せやろ。そんなに長くないとはいえ、人間もやるもんや』
「ねー」
少女、ミミ・C・マーティンは魔道生物のコメントに笑顔で返し、自身の寮へと歩みを進めた。
「おかえり、ミミちゃん」
入り口の戸を開けると、寮母のクオーレが管理人室から顔を出した。ミミの顔を見ると、安心したように微笑む。
「ただいま。クオーレさん。遅くなりました」
「いいのよ。校長先生からも、エリー長官からも話は聞いています。大変だったわね……ごはん、食べる?残り物だけど」
「ううん、もうこんな時間だし、エリー長官からお菓子貰っちゃったから大丈夫です」
クオーレは少し皺の入った顔を綻ばせ、頷く。
「……ミミちゃん。何か、いい事でもあったの?」
「どうして?」
「顔は疲れているみたいだけど、なんだかスッキリした顔をしているわ」
「わかりますか?……私のもう会えないと思ってたお姉ちゃんが生きてるってわかったんです」
「そう。それはよかった」
「はい。今はまだ、遠いところにいるけれど。会えてよかった。私のお姉ちゃん」
「それはそれは」
クオーレは笑顔でまた頷く。
「また、会えると良いわね。今日はゆっくりお休みなさいな」
「はい。おやすみなさい」
ミミはそういうと自室に向かい、木製の扉を開ける。寝床と今日クリス校長とお茶を飲んだ、椅子と机のセット。ミミは持っていた荷物を机の傍に放り投げ、枕に突っ伏す。
『なあ、ミミちゃん』
魔道生物、狐のような姿をしたカタナリックビースト・デュランダルはベッドとミミの胸の間から窮屈そうに飛び出し、声をかける。
「なに?カタちゃん」
『無理しとらんか?』
カタちゃんは心配そうな顔でミミの顔を覗き込む。ミミは顔だけをカタちゃんに向ける。
『アンタ、ウチが初めて見た時より落ち込んどるのに、初めて見た時より元気に振る舞っとる』
「……、……」
『やっぱり、ショックやったんやろ?お姉ちゃんがあんなになってしもて』
「……、……私」
ミミの唇がふるふると震える。もそもそと起き上がり、ベッドの上で胡坐をかき、窓の外を見上げた。
「レイラ、私のお姉ちゃん。……今日は、一日がとても長く感じられた。いつもと違う、新しいことが知れたから」
少し涙で潤んだ瞳で月を見上げる。満月の光が涙に反射する。
「お姉ちゃん。私の唯一残された家族。生きているって信じてた家族。今日初めて顔を見たけれど、やっぱり双子なのね、私とそっくり」
「ミミちゃん……」
「でもね、お姉ちゃん、今のお姉ちゃんは間違ってる。邪教団のやっている事は間違ってる。そんな壊れた世界観の連中と居ちゃダメ。だから私はね、レイラ。貴女を助けたい。私が、操られている貴女を元に戻すから……」
ミミの目が決意で光り、笑みを浮かべる。
「……だから、お願い。生きて。私と一緒に行こう。あんな酷い事なんて、もうやめにしましょう?」




