第1話:魔術師のたまご
あなたに「こころ」があるのなら。つたえてほしい、このきもち。
わたしの「こころ」はさけぶから。とどいてほしい、このきもち。
「はぁ……」
夕暮れ照らす校舎。春先の心地よい気候とは裏腹に、一人の少女が肩を落としつつ寮へと帰る為校庭を歩く。部活動に勤しむ学生たちの声をよそに、とぼとぼと歩く姿は哀愁さえ感じられる。
「ファイ、オー!」
2列になり校庭をランニングするラクロス部の生徒が少女の横を通り過ぎる。少女の手には、1枚の紙が握られていた。
「推定魔術師ランク……F。適正マナ、無し……か」
少女はもう一度、紙を見て声に出して読む。何度見ても何度声に出して読んでも、その紙に記された内容は変わらない。
マナ。それは数十年前に採石場で発見された、質量を持たず、実体も霞のようにしか見えないが、高いエネルギーを生み出す力の源だ。また、それと同時に人類に、マナを消化しエネルギーに昇華させる器官「魔術回路」を持つ個体が発生している事が新たに判明した。 マナが発見されてから、従来の技術よりも遥かに高効率かつ高出力の新技術「魔術」が編み出された。だが、この魔術は誰しもが使える訳ではなかった。前述した魔術回路を持つ人類のみが、魔術を使う事が出来る。先天的に魔術回路を持つ人間、適合者は10人に1人。残り9人はマナをエネルギーに変換する事すら出来ない一般者。つまり魔術を遂行……端的に表現するならば「魔法を使う」ことの出来る人間は一握りだという訳だ。
それでも、かつてはファンタジーとされていた魔術。これが現実であることが人々に知られると「無から有を生み出す、画期的な生産方法」として幅広く広まっていき、やがて人々の生活に浸透するまでには時間を要さなかった。多くの適合者が現れ、魔法で生活を潤沢に。魔法を使えない一般者達も、その恩恵に肖るようになっていく。
しかし数千年の歴史を手折りつつも、人類は全く学習していなかった。新たなエネルギー、新たな技術革新とあれば、争いが生まれる。やれ我が国が一番だ、やれ他の国に負けるな……魔術は矛ともなり、盾ともなった。だが……呉越同舟。いがみ合った国同士であれど、共通の敵が生まれてしまえば、共に手を取り戦うしかない。数千年の歴史でも、数少ない共闘が、魔術が生まれてからも見られるとは。
……話が逸れた。視点を少女に戻そう。寮の自室に着いた少女は、鞄を放り投げ、ベッドに突っ伏す。少女が通う学校は「聖クリス学園」。全寮制中高一貫校で、この国唯一の魔術師育成校だ。魔術が発展してしばらく経過した後建立された学園で、魔術に対し適性のある生徒が集められ、一般的な中高生が学ぶカリキュラムに加え、部門別の魔術を学ぶ。将来、魔術師として働く為に必要な事柄をここで学び、卒業していくのだ。
……ここまで話がわかれば、少女が落ち込む理由も自ずとわかろう。少女、ミミ・C・マーティンは魔術師を目指す中等部2回生……一般的には「中学2年生」と表現した方が良いか。そんな彼女の推定魔術師ランクが、F。つまり、見込み無し。魔術回路が全くと言っていいほど検出されなかったのだ。
「あぁ、もう!くよくよしても始まんない!私のランクがFだろーと、魔術師にはなってやるんだからっ!」
ミミはベッドから跳ねるように飛び起きると、両手で両頬をバチン、と叩く。それと同時に、携帯電話がメッセージ通知で短く鳴る。メッセージを読んだミミは小さく微笑むと、制服を脱ぎ着替え始める。
「……よしっ。くよくよタイム終了っと!コンビニでプリンとパン買ってこよ」
そう言うが早いか、ミミは小銭入れを引っ掴み自室から飛び出した。
影の長い夕暮れが道を照らす。ぽつり、ぽつりと街灯が明かりを灯し始める。これら街灯も、かつては電気で点灯させていたものだが、現在では簡易魔術で点灯している。この街灯のように、人がある程度の設定を施し後は自動で魔術を遂行するものを簡易魔道具と言い、街中は簡易魔道具で溢れかえっている。……中には古くから使われ続けている電気式のを好む人間もいるが、そこはそれ。人の好みというものだ。
「あざさしたー」
気怠げかつ機械的に接客を繰り返す店員の声に追い出されるようコンビニから出たミミは早速プリンの封を開ける。ひとくち、口に運ぶと、先ほどまでの落ち込んだ顔からは想像もつかない笑顔が咲いた。
「んん~~っ!!おいひ~!今月分のお小遣い全額はたいちゃったけど、やっぱりさいこーだよぉ」
表面が少しだけ焼かれ、ほんのり褐色がかかった「ナメナメ印のなめらか焼きプリン」。彼女の大好物だ。よく見ると、ポリ袋には明日の朝食だろう、いくつかのパンと、今食べている同じプリンが少なくとも5つは入っている。
「ミミちゃん、お待たせ!」
ワンピースに身を包む一人の少女がミミに声をかけた。
「あっ、サキ!久しぶりー!」
スプーンを咥えたままのミミが手を振る。サキと呼ばれた少女はポリ袋をチラリと見、呆れたように笑った。
「そのプリン、小学生の頃から変わってないね……」
「大好きだもん。変わんないよ」
「ミミちゃんらしくていいけどさー」
サキの口ぶりから、彼女はミミの小学生の頃の同級生らしい。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって。ミミちゃんの学校、全寮制なんでしょ?時間大丈夫?」
「んー?まぁ、買い物とか外出は門限までなら大丈夫だからね。そこの公園で話ししよっか」
「うん、いいよ」
ミミとサキは、コンビニの裏にある公園へ向かう。夕暮れの公園には、散歩する老夫婦と、学校帰りの学生達で賑わっていた。ベンチに腰掛け、ミミは先ほど購入したプリンをサキに手渡す。
「はい、これサキの分」
「いいの?」
「うん。学校は離れても、サキとは親友だもん。親友とはおいしいものを一緒に分け合って食べないとね!」
「……うん、そうだね。ありがとう」
サキはプリンを口に運び、顔を綻ばせる。
「おいしい」
「でしょでしょ」
「聖クリス学園、だっけ。すぐ近くとはいえ離れ離れになっちゃったけど、元気でやってるみたいでよかった」
「そうだよね。サキに会えなくて寂しいよ。毎日枕を濡らしてる~」
「ほんとに言ってる?」
「えへへ~。なんてね。でも寂しいのはほんとだよ」
「それは私もだよ。学校ではどうなの?やっぱり、魔術の練習とかあって大変なんでしょ?」
サキの何気ない一言で先ほどの一文を思い出してしまったのか、一瞬表情を曇らせるが、すぐに先ほどまでの表情に戻り取り繕う。
「そだね。大変だけど、私が魔術師になるって決めたんだから、頑張らなくっちゃ」
「憧れの魔術師になる為だもんね。私も応援してるよ」
一拍ほどの無音。春先の昆虫の鳴き声が公園に響く。
「立派だなぁ、ミミちゃんは」
「どうして?」
「小学生の時点で夢があって、それを叶える為のアクションが起こせるんだもの」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。私なんて子供の時の夢、まじかるセイバーのフェイだよ?アニメのキャラだよ?」
「あはは、確かにそうやって言ってた。まじかるセイバーごっこ、やったもんね」
ミミは立ち上がり、手に剣を持つポーズをとった。
「『ここに紐解く剣士の心、しかと聞き届けよッ!我が身は剣、我が名はフェイ!とぉーっ!』……なんつってねー」
「よく覚えてるね」
「私も好きだったからねー、まじかるセイバー。知ってた?フェイってリングコールのアミと同じ声優さんなんだよ?」
「えっ、そうなの!?カナヅチ鉢さんだったんだー」
「いやぁかっこいいよね、あの人の声~私大好き!」
「この前もテレビに出てたよね」
「うんうん」
「小学生の頃はサキの家で一緒に見てたよね。まじかるセイバーもリングコールも。思い出すなぁ……そうだ、ねぇサキ、覚えてる?社会科見学で魔道省に行ったあの時の事」
魔道省。魔術が確立され、「ある脅威」を退けた人間達が次なる脅威に備え設立した、国を超え共闘する為、5つの部署にて成り、魔術と魔術師を管理している組織である。
「覚えてる覚えてる。怖いおじさんが案内してくれたんだよね」
「そーそー。まさかその怖いおじさんが魔道省管理部の長官だったとはね」
「びっくりだよねー」
サキが笑いながら言う。
「それから、綺麗なおねえさんの長官さんも居たよね」
「うん。あれで75歳って聞いたときはびっくりしちゃった」
「だよねー」
話しの区切りがつく。2人はプリンを揃って口に運ぶ。ミミは思い出したように、サキへ聞く。
「そういえば、メッセージで言ってた話って?」
2人の話はまだまだ続く。久々に会った少女同士、話は尽きないのだろう。私はそっと彼女たちから目を逸らした。
……後で思い返しても、彼女たちから目を逸らした事そのものを後悔しないだろう。
空に、大きな輪が架かっていた。