一日目と二日目
一日目
再び、村人全員が集会場に集められていた。出立する巫女を送り出すためだ。
村人たちの中心には立派な衣装を着た静枝がいた。その服装は巫女というより、大大名の姫君のようだった。
静枝は黙ったまま、うつむいている。
村の中でも体格のいい男二人が籠を担いでやってきた。
本来は貴人が移動するためのものだが、この村では巫女のために使われる。村のために命をささげることになった静枝は身分の高い存在として扱われる。
両親に先導されて、静枝は籠の中へ入る。
その間、誰も口を開かなかった。
俺と親父と籠を持つ男二人と籠の中の静枝で、山を登っていく。俺が矢を放った神様が住んでいる山だ。
道中も口を開くものは居ない。ただ淡々と儀式を進めていく。
普段使わない山道は荒れ放題になっていた。さらに籠を背負って歩く二人を連れているので、歩くのはやけにゆっくりだった。
矢を放った場所から更に山奥へ。息が切れてきたころに、二股の別れ角に出くわした。俺は疫病を押さえる祈祷した時のことを思いだし、祠へ向かう道へと足を進めた。
「こっちだ」
祠へ向かうのかと思ったら、親父が別の方向へ進んだ。
「祠へ行くんじゃないのか?」
「最終的にはな。巫女が六日の禊をするのは別の場所だ」
神にささげられる巫女は六日間の禊を行う。
もっとも特別なことはしない。六日間、世間と隔絶した場所で過ごすだけだ。現世への未練を絶つために行うそうだ。
一列に並んだまま、しばらく歩いていく。
そろそろ足が辛くなってきた。
親父が唐突に足を止めた。
目の前には洞穴があった。
「この奥だ」
親父に続いて、洞穴の中へ入っていく。
光が届きづらくなってきた辺りで、鉄格子が現れた。
「この中に入ってもらう」
「ここに? だって、ここは……」
まるで牢獄。
そう言いかけて、言えなかった。まるでではなく、牢獄そのものだった。
六日の間に巫女が逃げ出さないための牢屋だった。
籠から着飾った静枝が下りてきた。
静枝の顔は暗く、うつむいている。
「しず……」
「桂太郎。巫女に声をかけるな。その娘はすでに世俗のものではない」
あまりに悲痛な静枝の表情を見て、思わず声をかけようとしたが親父に遮られた。
なにか伝えたくて、静枝の顔を見ていたが、静枝は目も合わせようとしない。
籠を持っていた男が牢の扉を開けた。
静枝は自分の足で牢へ入っていく。
静枝が牢に入ると、頑丈な鍵がかけられた。
「行くぞ」
親父が洞穴から出て行く。籠持ちの二人も後に続く。
三人はもう用は済んだとばかりに振り返らない。
俺は最後だと思い牢のほうを振り返った。
牢の中の静枝と目があった。
「……っ」
その眼を見て、咄嗟に静枝から目を逸らした。
とてもじゃないが見ていられるものじゃなかった。
静枝のあんな暗く濁った瞳は。
「……」
静枝が口を開いた。
なにか言ったようだったが、声が小さく聞き取れなかった。
村に戻ると再び、集会場に集められた。まだ、決めなければならないことがあるらしい。
親父が村人に向かって何か説明しているが、まったく頭に入ってこない。
「これで、六日分の食料はなんとかなるだろう。次は食事を運ぶものを……桂太郎」
「え? なんだ、親父?」
「聞いていたか?」
「あ、ああ……すまん、聞いていなかった」
「次の村長が村人の前でしっかりしてくれなくては困る」
「だから、悪かったって」
「まあ、いい。巫女に食事を運ぶものを選ばなければならない」
「ああ。誰がいいかな……」
巫女は俗世との関わりを絶つために六日間牢屋に入るわけだが、さすがに飲まず食わずで六日間は無理だ。
誰か一人だけが巫女に食事を運ぶ掛になり、その一人が巫女に会う最後の人間となる。ただの配ぜん係ではない重たい仕事だ。
手を上げるものは居ない。
そうなると必然的に……
「桂太郎。お前がやりなさい」
村長かその身内に周ってくることになる。
俺はこの仕事を受けるかどうか迷った。
現村長である親父の言うことには逆らえないが、断る理がないわけではない。
俺と静枝が幼馴染であることは皆が知っている。俗世への未練を絶つための禊なのに、親しいものが世話係となっていては気がかりになるかもしれない。
そういう正当な理由があれば断ることもできる。
「わかった。俺がやるよ」
しかし、俺はそうしなかった。これも村長の家に生まれたものの役割だと思っていた。
二日目
引き受けた仕事をこなすために集会場へ向かった。
集会場には静枝に届けるための食事が用意されていた。わずかな穀物と昨日俺が仕留めたイノシシの肉。量は食料が十分にあるときなら、一食分程度といったくらい。これでも現状では生唾を飲むくらい豪華な食事だ。
食事を受け取って、山へ向かった。前日よりも早く、牢のある洞穴に着いた。
洞穴の入り口から牢の中を覗いてみる。
暗くて、静枝がどうしているのかよく見えなかった。
檻へ近づいていく。
静枝は牢の奥で座り込んだまま少しも動かない。
「静枝、食事を置いていくよ」
格子の隙間から、食事を差し出す。
静枝は声をかけても反応を示さない。死んでいるのかと見違えるほどだ。
食事だけを置いて、村に戻ることにした。
道中、矢を撃った場所によってみた。
あの時はこんなことになるとは思っていなかった。
静枝の家に当たる可能性も十分にあったはずなのに。何故か、そうなる可能性を考えていなかった。
漠然となんとかなるものだと思っていた。
流行り病で、同じ年頃の子供たちが死んでいった時の不安をいつの間にか忘れていた。
「呆けていたツケか……」
親父や村人に当たり散らしたい気持ちもあった。しかし、親父たちも昔からこんな思いを繰り返したと思うとそんな気も失せる。
「戻るか」
今は村のために役割に徹するしかない。
村に戻った。
畑仕事をしている人間が増えたような気がする。
巫女による儀式が始まったことにより、希望が湧いたのだろう。
近いうちに状況が改善することを前提に村が動き出していた。