第二話 中立と詩歌と車輪
毎度どーも、小村・衣須でございます。
この度は当リレー企画に参加させて頂く運びとなりました。
それでは第2球、ごゆるりとお楽しみください。
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リヴァルと青之海。2人の握手は固く、それは2人の友情を何よりも雄弁に語っていた。
「それで、これから出立するんでごわすね?」
「そうなります。青之海関、あなたは何か準備などは……」
「問題無いでごわす」
青之海は呵々と笑い、己の腹をドンと叩いてみせた。
熟練の鍛冶師が鍛えた鋼のように綿密に、丁寧に練り上げられたその肉体を嘲る者など、この城下町にはただの1人もいない。酒場の吟遊詩人などは、彼の武勇を「只人でありながら大鬼の如し」と謳い上げると聞く。
リヴァルとて彼との共闘の経験こそ無いが、青之海の武勇と武勲はよく聞き及んでいた。
「元より俺の武器はこの身体のみ。糧秣さえあれば、他には何もいらないでごわす」
「そうか……あなたがそう言うのであれば、信頼いたしましょう」
青之海の言葉に、リヴァルは善しと頷いた。此方の旅支度はとうに終えている。
であれば、この街に思い残す事は既に無く。龍の首を討つべく、死と隣り合わせの旅に繰り出すのみである。
自然と、リヴァルと青之海の目が合った。何も言わずとも、互いの言いたい事は理解できる。
「行きましょう。まずは“ナジャホック大密林”を抜けます」
「ふむ?」
青之海が言葉を漏らす。
「リヴァルの兄さん、密林を抜けるとなると最短距離を突っ切っても……」
「ええ、“火山”へは遠回りになるでしょうね」
──“火山”
聖帝国の果てにあるその山に、定められた名は無い。その理由はただ1つ。
龍がいるからだ。龍が寝床としているからだ。龍が己の領域と定めているからだ。
故に、その火山に明確な名をつけた者はいない。ただ“火山”と言えば、それは龍の眠る彼の山のみを指すからだ。
その“火山”こそがリヴァルの目的地であり、或いはリヴァルの墓標となり得る果ての地である。
「しかし、このルートが最も確実です。“火山”へと真っ直ぐに向かえば『奴ら』とかち合う可能性が格段に高くなる」
「成る程……ナジャホック大密林なら『奴ら』の影響も薄い。時間はかかるが危険性も減るという事でごわすね」
リヴァルは頷く事で、彼の言葉を肯定する。
ナジャホック大密林は聖帝国の南西に位置する広大な密林だ。魔物と精霊が跋扈する未開の地であり、初代皇帝をもってしても開拓に至る事はできなかった。
対して“火山”は北西の果ての果て。成る程、単純な方角のみで言えば確かに遠回りだろう。
しかし、そうまでして避けるべき『障害』があった。
「しかし……案内役が欲しいところでごわすな」
「そうですね……流石に私たちだけでは相当に時間がかかるでしょう」
物事にはそれ相応にリスクが存在する。密林を抜けて“火山”へ向かう事にもまた、デメリットが存在した。
先ほども語ったように、ナジャホック大密林は広大の一言。青之海は「最短距離を突っ切っても」と仮定の話をしたが、2人ではその最短距離を導き出す事は困難と言えよう。
幸い2人ともサバイバルの心得はある為、遭難の末の野垂れ死に、などという結末は無いだろう。しかし、密林を抜け“火山”へ到達するまでに、少なく見積もっても1か月ほどかかるのは自明の理だ。
密林の事をよく知る種族に案内役を頼めれば良いのだが。そう2人が考えている矢先だった。
「…………あの」
不意に、2人の背後から声が聞こえてくる。か細く、か弱く。2人の聴覚でなければ、ともすれば風の音にかき消されるであろう小さな声が。
しかし、リヴァルと青之海はその声を確かに聞いた。故に振り向いた。
「は……ひっ!?」
びくり、と声の主が跳ね上がるように驚いた。身の丈よりも大きな樫の杖を抱き、怯えるように縮こまる。
リヴァルと青之海の目線が、自らの腰よりも低い位置へと向けられた。声の主は自らの身の丈よりも大きな杖を強く抱き締めて、ビクビクと2人の様子を伺っている。
顔を見合わせる2人の男。リヴァルは膝をついて屈み、目の前の少女へと目を合わせる事にした。
声の主は少女だった。それも、リヴァルの腰の高さほどしかない小さな体躯を持った少女である。
灰色のローブマントは少女の口元までを覆い隠してしまうほどに大きく、裏地の至るところには呪い文字が刻み込まれている。彼女の持つ樫の杖もまた、呪いの品であろう。
深く被られた三角帽子の隙間からは栗色の髪が見え隠れし、よく見れば少女の耳は僅かに細く尖っている様子。
ビクビクオドオドした表情の少女は、その透き通るような黄色の眼でリヴァルの顔をじっと見定めていた。
ふむ、と声を漏らす青之海。顎を撫で、穏やかな口調で少女へと問いかける。
「お嬢さん、あなたが俺たちに声をかけたのでごわすか?」
「青之海関、恐らく彼女は立派な成人女性ですよ。そうですよね?」
「…………はい」
弱弱しく頷く少女。口元までマントで覆い隠されているが、彼女の頬がほんのりと赤みを帯びている事をリヴァルは見抜いていた。
「本当でごわすか。となると……」
「ええ、只人ではありませんよ。彼女は──」
ハーフリング。そう語ったリヴァルに対して、少女もまた頷いた。
ハーフリングとは人族の一種であり、最も小柄な種族とされている。成人しても只人の半分ほどまでしか成長しない。故に只人の半分の背丈。
普段は森の深くに住まい、それ故に城下町でも中々見かけない種族である。
「わたし……リムリル=オークスタッフ・ウィングフィールド…………『中立と詩歌と車輪』氏族の……出、です……」
「俺は青之海。ただの力士でごわす」
「私はリヴァル=アリアードといいます。それで、ミス・ウィングフィールド。私たちに何かご用でしょうか?」
どうやら人見知りらしく、リムリルと名乗った少女は上手く言葉を出せずにオドオドとしている。
それでもどうにかこうにか言葉を紡ぎ出し、たどたどしい口調でリヴァルへと語りかけていく。
「あの…………わたしたち、の、森を……抜けたい、と……おっしゃられて、いた、の……で…………その……」
「『わたしたちの森』? という事は……」
「はい……わたしたちの集落……密林に、あり、ます……歩き方、知って、ます…………」
「もしかして、案内役をしてくれるのでごわすか?」
ずい、と身を乗り出す青之海。ビクリと震え、杖を盾にするように縮こまるリムリル。
リヴァルは「まぁまぁ」と青之海を制し、彼もまた「申し訳なかったでごわす」とリムリルに謝罪した。
「え、と……はい、そう……です。わたし……呪い、使え……ます…………お役に……立て、ます」
「それは心強いですが……良いのですか? この旅には危険が伴います。常に、死と隣り合わせなのですよ?」
リヴァルの問いかけに対して、リムリルはコクリと頷く事で返答とした。
「わたし、は……『中立と詩歌と車輪』氏族…………理、は……流転する…………車輪……みたいに、だから、中立……でも」
──龍は理の外にある。
リムリルの言葉に、2人は顔を強張らせる。
龍の前には、秩序にして善も混沌にして悪も、別け隔てなく塵芥へと還る。無論、真なる中立も。その事を、聖帝国の民は何よりも知っていた。
ゴクリ、と唾を飲み込んだのは、果たしてリヴァルと青之海のどちらだったろうか。
「分かりました、ミス・ウィングフィールド。であれば、とりあえず密林を抜けるまでの──」
爆音。
突如として、耳をつんざくような爆音が街中に轟いた。
リヴァルは反射的に、腰に佩いた剣へと手を添える。青之海もまた、眼差しを鋭くして周囲を見回している。リムリルは跳び上がるように身を強張らせ、怯えた様子で杖を抱き締めていた。
「……今のは」
「城門の方から聞こえてきたでごわす。まさか──」
「おい、みんな逃げろ!」
遠くから男性の叫び声。それが事態の深刻さと火急さを物語っている事は言うまでもなく。
リヴァルは直感的に理解した。自らが大密林を抜けるルートを選ぶほどに避けたかった『障害』。それが今まさに、この街へ襲来せんとしている事を。
果たして、続く男性の言葉がその考えを肯定した。
「龍牙兵が襲ってきたぞォー!!」




