落葉の散る頃に
髪には触覚のようなものがある。生け花でもするように、一本挿しを楽しんでいる青城を鏡越しに見つめて楓は思った。
まだ前髪をあげたばかりの楓に青城が贈ったかんざしは、艶やかな梅の花に、雨の雫のようなビーズがチェーンにしだれている。
かんざしを振る。チェーンが揺れる。ビーズが振り子細工になる。楓は見入った。フレデリカの詩にあるビーズだと思った。「百年の孤独」が愛に救われ、昨年が昨日のことようにビーズはそこにあったのだ。
青城に髪を預けていると、秋風がさやさやと鼻先をくすぐり、頬をなでるような感覚を、楓は覚えた。それからあたまの上。木の葉があたまの上に散ってきて、それが心にまで散り積もってくる気がした。落葉をかきわけ探しあてた自分の姿は、藤村の「初恋」という詩に出てくる娘だった。絵絹を透かしてなぞって描いた絵をもとの絵に重ね合わせるように、楓と娘は徐々に顔の細部が重なり合い、髪は髪に、おでこはおでこに、口もとは口もとに重なり合った。林檎の下の細道。この奥に青城の子供のとき作った俳句があるはずだった。
青城がコンコンと楓の髪をなでたので、楓は楓にかえった。いつの間に一本さしが整っていた。青城は手先が器用なのだ。
梅かんざしの一本挿しに光と影がひとつになっていると楓は思った。キラキラ輝く梅かんざしの光。黒ひと色の黒髪の影。光と影がひとつとなり、やっと楓は言うことができた。その言葉を口にしただけで、通信簿に、子供の小さな白い歯のように3だけが並んでしまう言葉。世界中の良い子も悪い子も普通の子に戻ってしまう言葉。天から真っ直ぐ下りてきたような人だけが口にすることをゆるされている、天使の言葉を言うことができた。
今、この一瞬が永遠になればいいのに。
街路樹は秋の童話の夕日に浸されている。子供たちが「こぎつね」を唄っている。
唄に合わせるように、のら犬がクオンと鳴いた。それが楓に近づき、耳に残り、あたまをなでた。