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07 夕暮れの出撃


「君は…………何者なんだ?」


 しかしぼろ布の塊は何の返事もしてくれない。


 仕方なく、リージェはみんなを呼び集めた。


「『村』へ?」


 当然ながら、みな難色を示した。

 悔しいが、『騎士』と名乗る悪鬼どもと自分たちの戦闘力の差はよく知っている。リージェにしても、こちらが5人、相手がひとりでようやく不意打ちする気になったのだ。隠れ場所もろくにない平地で『騎士』とまともにやり合うなど、自殺行為でしかなかった。


「彼女は、そうしろって」

「何なんだ、あいつは」

「わからない」

「何も知らないよそ者が、威勢のいいこと言ってるだけだろ。ミシム爺さんも荷物取り返せ賠償させろってうるさいぞ」

「いや…………考えてみたけど、やってみる価値はあると思う」


 リージェは顔を上げて仲間たちを見回した。


「やつらを殺した。それも四人も。

 こんなの初めてだ。

 だからやつらも、本気になる。

 今までみたいな、畑を狙う獣を捕まえる程度じゃない。本気で狩りに来る」

「そんなのみんなわかってる。だから逃げるんじゃないか」

「逃げても、その先がない。仲間がやられたことを知ったあいつらは、僕たちを探すだけじゃない、警戒し始める。自分たちがやられるかもしれないとなったら、必ずそうするだろう。

 そうなると、『村』を狙うどころじゃなくなる。『村』そのものが罠にされることもあるかもしれない。100人のあいつらに囲まれたら今度こそ終わりだ」

「…………」

「でも今なら――今夜のうちなら、あいつらはまだ何も知らず、油断してる。

 どうせあいつらが僕たちを追いかけてくるなら、その前に、できるだけ人数を減らしておいた方がいいと思う」

「むう……」

「夜に、僕たち全員でかかれば、あいつら10人でも倒せるはずだ。あいつらを分散させて、後ろから、足下から、遠くから、集団でかかれば、やれる。

 あいつら、思ってるほどは強くない。やってみてわかった。この半年、まともに鍛えてなくて、なまってる。こっちが落ちついてさえいれば、少なくとも『村』にいる平のやつなら、僕たちでも倒せる」


 話すうちに、リージェの血が熱くなってきた。

 半日も経たないうちに、また人を斬ることになる。そういう話をしていて、手には感触、鼻には血の臭いがよみがえってくるが、それ以上の熱波が広がって止まらない。


「行こう。()()()。僕は()()()。僕たちでも、あいつらを倒せるんだ」


 強く言ううちに、リージェの炎が燃え移ったように、みなの目に輝きが宿ってきた。




 ――陽が完全に落ちる前に、移動を始めた。


 全員ではない。戦えない怪我人ふたりと行商人のミシムは、当初の予定通りに森の奥の隠れ家へ移動させる。

 怪我人の担架を持つ者と、道案内や集めた食料を運んだりするのに子供を残し、総勢24人。


 いや……25人。


「起きてくれ。フィン。君にも一緒に来てもらう」

「……む」


 寝入っているなら揺り起こさなければならない、体に触れなければならないどうしよう……と思っていたが、声をかけただけで反応があった。


「行くのか」

「ああ。でもみんな、納得はしていない。君にだまされたことになるかもと警戒してる人はいる。罠だった場合には責任を取ってもらわないと、ということで、一緒に来てもらうことになった」

「めんどくさい」

「いや、そう言われても」

「行かない……と言ったら」

「僕はともかく、みんなを止められる自信はないよ」

「だろうな」


 ため息らしきものが聞こえた。


「わかった。……ん」


 腕が、ぼろ布から突き出されてきた。

 手の先まで袖に隠れているので、あの手の平は見えない。


「ええと……」

「さっきもやってくれただろう」


 また、背負えということだ。


「いや…………その…………歩けるんだろ?」

「ああ。でもめんどくさい」

「…………」


 またあの感触を背中に味わうのか……という妖しい気持ちが霧消していった。


「歩けるなら、ついて来てくれ。戦いになるから、余計な体力は使いたくない」

「どうしてもか」

「どうしてもだ」

「めんどくさい……」

「何なんだ、君は。何がしたいんだ」


 さすがにリージェも声を荒げた。


()()()()()

「楽……って」

「何もしないで、食事ができて、のんびり寝ていられる暮らしがしたい」

「そりゃ、僕もしたいよ。できるならいいんだけどね。でも無理だ。起きてくれ。行くぞ」


 容赦なくリージェは言った。


「だめか……」

「だめだ」

「わかった。行こう」


 のろのろと、ぼろ布は動き出した。


「背負ってくれないのか」

「さっき言った。それに――戦いに行け、そのために食べておけと言ったの、君だぞ」

「むう」


 ぼろ布が、立ち上がる。

 薄暗い中で見ると、ますます人間とは思えなかった。


「じゃあ行くよ。ついてきて。遅れたら仲間に何をされるかわからないからできるだけ頑張って」


 そうは言いつつ、リージェは途中から背負ってやるつもりだった。


 しかし――。


 ()()()


 ぼろ布をかぶった、森の妖怪のような姿が、いきなりリージェの視界から消え――。


「わっ!?」

「借りる」


 声が、遠くの方でした。

 馬のいななきが続いた。


 行商人の馬だ。

 森の奥へ、荷物を積んで運ばせようとしていたそれに、フィンがまたがっている。

 ……裸馬の上にぼろ布のかたまりが乗っかっているところは、乗馬というより、奇怪な生き物が馬に寄生したようだ。


 そして馬が、フィンに横面をなでられると、飼い主を置いて、リージェたちの方へやってきた……。


()()で行く」

「え……あ……」


 あっけに取られるリージェは、ぼろ布から出ているフィンの足を見た。

 スカートではなかった。

 足首まで、やはりひどく汚れたぼろ布のズボンに包まれ、靴は履いていたが土やら何やらがこびりついてひどかった。


 でも、人間の足だった。

 大きさからいって、女性の足でもあった。

 異様な安堵をおぼえて、リージェは息をついた。


 馬がそのまま先へ行ってしまったので、慌ててリージェは追いかける。


「ちょっ! 待って! 何だよ今の!」

「これが、楽だ」


 けだるげなのは相変わらずだが、少しだけ、嬉しそうな響きをリージェは感じた。


「動けたのか!」

「動けないとは言っていない」

「あんなに、速く、高く……すごい……」

「これ一頭だ。早い者勝ち」

「そんなに動けるのに、なんで、僕が、背負って……」

「歩くのはめんどくさい」

「馬……乗れるんだ……」

「歩くより楽」

「…………」


 これから死闘に赴くというのに、リージェの気力はぐんぐん萎えていった。


 太陽は完全に消え去り、残った空の明るさも見る間に消えていく。

 薄闇の中をゆく馬と奇怪な乗り手の後を、あっけに取られた解放軍の面々がぞろぞろついていく形になった。


 ……リージェが異常に気づいたのは、隠れ家からかなり離れてからである。


 フィンと馬とが、森の中の道を、正確にたどっていく。

 道といっても、リージェたちが何度も通っただけの、獣道も同然のものである。直線でもないし起伏も多い。もちろん教えてなどいない。なのに人馬は迷う様子もなくそこを行く。


「待ってくれ、何で、そっちに」

「道が()()。こっちだろう?」


 不思議そうに問い返された。


「どうして、わかるんだ?」

「見れば」

「いや……そんなはずは!」

「人が何度も通った場所は、(あと)が残る。向かう方向はさっき教えてもらった。合わせれば、進める。この馬も人に慣れているから、人の通る道を喜んで進んでくれる」


 そんな理屈で、苦心して作った隠れ道が見抜かれてはたまらない。


「私にできるんだから、盗賊にも、できるやつがきっといるぞ」

「……!」


 戦慄がはしり、リージェの身は一気に引き締まった。

 悪鬼どもが本気を出してきたら、たちまち解放軍の足取りはつかまれ、隠れ家が襲われるということだ……!


「何者なんだ、君は」

「フィン・シャンドレン」

「名前じゃなくて」

「一応、女だ」

「一応じゃなくても、わかってる」

「それ以上、必要か?」

「必要だ。わからないと、不安だ。僕だけじゃなく、みんなも」

「そうか。困るな。楽ができない」

「教えてくれ」


 少し間を置いてから、フィンはおもむろに言った。


「私は天から降りてきたすごい剣士で、あまりにもすごいので『剣聖』などと呼ばれるようになって色々めんどくさくて逃げていたのだが、この地の悪いやつらをちょいと片づけてこいと神様のような相手に言われてめんどくさいけど退治しに来たのだ」


 早口だった。


「…………わかった。言いたくないならそれでいい」

「本当なんだが……」

「剣も持っていないのに?」

「寝てる間に、なくしたみたいだ」

「それで、100人以上いるあいつらを、ちょいと、ひとりで?」

「まあ、何とかなる」

「わかったよ。もういい。僕は君を疑いはしない。でもそれだけだ」


 リージェは気分を害し、馬を追い抜いて先に立った。


 自分を助けてくれた相手で、女性で、色々気になることだらけだったが、だからこそもう少し真面目に話してほしかった。


 そこからはもう会話もなく、黙々と森の中の道を進み、完全に暗闇になってから、森を出て目的の『村』に迫った。



リージェたち「解放軍」は、この小さな国の外をほとんど知らない人たち。

彼らがすれていれば、こんなわけのわからない相手の言うことなど受け入れず、結果的に追い詰められ全滅していたでしょう。

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