04 死体処理
人体はひとつ数十kg。とても重い。
馬車の荷台には、確かに盗賊がひとり、横たわっていた。
細長い盾を持っていて、その裏側に短刀が何本も収納されていた。投げナイフだ。
それを荷台から投げてきていたら、リージェもまたたやすく命を絶たれていたことだろう。
ぞっとするリージェの前から、ぼろぼろが、ずるりと裾を引きずりつつ身をのけた。
声から察してはいたが、ぼろ布の中にあるその体格はやはり子供のものではない。
土のにおいがした。
「君は……なんだ?」
「話は、後で……」
ずるりと、御者台の方へ身を動かす。
リージェの前に差し出される形になった盗賊は、眠っているだけで、その胸が動いている。
だがもうためらいはなかった。
横たわる体に刃を突き立てた。
相手の断末魔の痙攣が止まると剣を抜き、血を拭いてから鞘に収めた。
異常に重たく感じた。
「終わったよ、ミシムさん」
ずっと頭をかかえて身を縮めていた行商人に声をかける。
毎年やってくる彼のことを、リージェはもちろん知っていた。
「ひぃっ! お助け……!」
「ミシムさん、リージェです。あの村の、村長の三男の。去年、あなたに飛びついた妹を引き剥がした」
「……ああ!」
各地を旅して色々なことを見聞きし、恐ろしい目にも何度も遭っているだろう行商人である。状況の把握と理解、自身の安全の判断は早かった。
「すまん! あいつらに、持ってきたもの全部奪われて、あいつらを載せて、隠して運ぶように言われたんだ。逆らえなかった」
「仕方ありません。助けられてよかったです」
「ということは……これまでに来た連中も……?」
「はい、外から来た人は、みんな……」
「くそっ。ゲール一味が、まさか、こっちに来ていたとは。討伐軍が出たって噂は聞いていたんだが、違う方にいるって話だったんだ」
「外に出ることができれば、助けてもらえますね」
「何とかしないとな。荷物そのものは仕方ないが、その分の金も回収してやる」
「でも今は、まず……」
二人は、ぼろぼろに向いた。
「君は、何だ?」
「いつ、乗った?」
二人同時に問いかける。
ぼろぼろはそれには答えずに、
「……まだ、息はある」
とだけ言った。
倒れているリージェの仲間たちのことだとすぐわかった。
リージェは急ぎ、行商人ミシムにも手助けしてもらって介抱して回った。
二人は息がなかったが、フレイルで頭を打たれたうちの片方と、樹上にいた子供はまだ生きていた。
頭にひどいこぶを作っているその二人を馬車の荷台に運び上げる。
ぼろぼろは隅の方に寄って、動かない。
盗賊たちの死体をどうするかは迷ったが、放置しておいて、探しに来た他の盗賊に見つけられるのは、どう考えてもいい結果にはならないので、隠さねばならなかった。
この状況では『解放軍』に味方する以外に道のない行商人に手伝ってもらって、馬車を使って人体を運ぶ。
まずは生きている仲間と、仲間の遺体を、馬車で行ける限り森の奥まで運んで、小川のたもとに降ろす。
合図の、口笛を吹いた。この森に生息する鳥の声に似せた、長く伸びる高音を響かせる。
ほどなくして、別な『解放軍』の仲間が来てくれた。
みな、憎き盗賊どもをリージェが討ち果たしたことを涙を流して喜び、仲間の死に慟哭した。
状況を説明し、人手を集めてもらい、急いで処理をする。
リージェ自身も、体に降り注いだ血を洗い落とした。
道に残る痕跡は、地面を掃いたり土をかぶせたりして、可能な限り消した。
盗賊たちの死骸は、森の中へ運び、武器を全部取り外してから、穴を掘って埋めた。
埋める前にその体に切れ目を入れておく必要があった。内臓が腐って破裂することで臭気が立ち上る。できるだけ細かく切っておけば少しは発覚を抑えられる。
凄惨な行為を、リージェは率先してやろうとした。自分の手で奪った命には、最後まで責任を持つべきだと思った。
だが、仲間たちが鬼気迫る顔つきで群がった。割って入ることはできなかった。誰もが憎悪を爆発させ声をあげながら、何度も何度も刃を突き立てた。家族の名前を呼ぶ声があちこちからした。
めまぐるしい時間が過ぎて、何度も小川を踏んで痕跡を消しつつ森の奥へ移動して、ようやく色々ものを考えることができるようになった。
『解放軍』の本拠地――森の奥に作った隠れ家に到着する。
猟師の仮小屋を参考にした、木の枝を組んで樹皮を屋根にしただけの『家』がいくつか作られているだけの場所。
盗賊どもに見つかってもすぐに捨てて逃げられるし、別な場所でもすぐに作れる。
馬車ではとても入れないので、途中で荷台を外し、行商人のミシムは馬だけ連れてきた。
逃げ出して『解放軍』に加わった、親を目の前で殺された子供たちが、馬を見て久しぶりに笑みを浮かべた。
これだけは持ち帰ってきた、悪鬼どもの四つの首を見て、それ以上に弾ける笑声をあげた。
その光景を重たい気持ちで見やりながら、座りこんだリージェは、全身が泥みたいになって、動けなくなった。
「よくやったな。食え」
年かさの仲間が、蜂蜜をくれた。食料事情がお世辞にもいいとは言えない『解放軍』にとって、極上のごちそうだ。乾燥させたホクリの実に塗りつけたそれを、リージェは実ごと口に入れた。ほろりと崩れて、口の中に甘みが広がり、ものすごい量の唾液があふれた。魂まで染み入る味だった。
ようやく、達成感が湧いてきた。
悪鬼どもに初めて一矢報いた。
仲間に犠牲が出てしまったし、討ったのもやつら全体からすればほんのわずかだが、復讐の一端を果たせたのだ。
自分も、強くなった。強くなっていた。あいつらを倒せるほどに。
「…………あの人は?」
じゅるると音を立てて唾液をすすってから、リージェは見回した。
助けてくれた、あのぼろぼろがどこにもいない。
思い返してみれば、仲間が集まってきてから姿を見ていない。仲間たちもそんな存在を認識していなかった。
もしかして、と思って戻ってみた。
森の中に放置した馬車の、荷台に、いた。
茂みの影に置いて隠した、その隅に、最初に現れた時とほとんど変わらない、こんもり盛り上がる土の山としか見えない姿で。
人の死を無条件で悲しむというのは、決して本能によるものではないというのが、様々な事例をみているとよくわかります。




