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18 掃討


 続いて、フィンは高々と剣を宙に突き上げた。

 夕空にきらめく刃。神々しい立ち姿。


 その視線は鋭く門内に向けられており、人々に顔は見せない。

 しかし美しい黒髪が揺れている。麗しい肢体が輝いている。


 悪鬼を成敗しに天より降り立った戦女神がそこにいた。

 人々を導くために、敵を向いて立っていた。


「わああああああああっ!!」


 周りの人々がいっせいに叫んだ。

 女神が助けに来てくれた。

 勝利はもはや疑いない。


 リージェも叫んだ。

 舌が興奮にもつれ、言葉にならない。


 これまで何度もリージェたちに手を下させ、しかし自分では一度も人を斬っていなかったフィンが、初めて人を斬った。


 ()()()斬った。


 丸木と同じように、人間もたやすく切断した。


 すごい、なんていうものじゃない。

 凄まじい、という言葉でも足りない。


 超絶の剣技。超絶の剣士。


『剣聖』…………。


 まだ心の片隅にわずかに残っていた疑念が、完全に消え失せた。


「来い、少年!」


 誰もが感動をきわめ麻痺している中、強い声が投げかけられて。


 リージェは即座に飛び出した。


 両断された『騎士』の無残なしかばねや凄絶に飛び散っている鮮血は、自分たちの復讐を祝福する装飾のように思えた。

 門の中へ突き刺さっているかたちの丸太も、自分を導く矢印のようだった。

 その先にいる白い姿だけを目指してリージェは疾駆した。


()()()!」


 いきなりの命令に、ぎりぎりで反応できた。

 身をかわしたすぐ横を、轟音が通過していった。


 門の内側から放たれた、投げ槍だ。


 剣では打ち払えず、食らったら人体などたやすく貫通してしまう強烈な威力。

 中にいる『騎士』が放ったものだ。


 リージェの顔面に冷や汗が噴き出た。

 フィンが、自分自身とリージェを目立つ位置に置いて囮にし、二人まとめて貫く線上に投げさせたことは直感的に理解できた。

 周囲の人々を狙われていたら、間違いなく犠牲者が出ただろう。


「正面に立つな!」

「左右に!」


 フィンの鋭い声に、リージェも即座に続いて叫ぶ。


 元から丸太をはさんで左右に分かれていた群衆は、たちまち門の左右に逃げ散って、中央に丸太とまっぷたつの死骸だけが残り、その上を次の投槍が轟音立てて通り過ぎた。はるか向こうの地面に突き刺さり土を勢いよくえぐった。


 門内は真っ暗で、何も見えない。

 中からは、まだ明るさを残している屋外の様子はよく見えることだろう。


 フィンは四角い闇のすぐ傍らに立ち、様子をうかがう。

 リージェもそこに身を寄せた。心が沸き立った。


「……あまり近づくな」

「でも」


 尻尾があればちぎれるほど振っていそうなリージェだった。


「この状況で、()()()()()とは何かわかるか」


 いきなり問われて、考えた。

 大事なのは冷静さ。ということは。


「僕たちがあいつらに負けること。勢いだけで中になだれこんで、あいつらに沢山殺されて、怖じ気づいて戦えなくなってしまうこと」

「違う。それは最悪の次に悪いことだ」

「…………」

「最悪は、ゲールに逃げられることだ。逃げられ、外にいる主力と合流されたら、こちらがここに立てこもっても勝ち目はない」

「と、いうことは……!」


 昨夜の『村』の襲撃がよみがえった。

 ひとり、馬で脱出した……!


「馬だ! 厩舎(きゅうしゃ)の出口をふさぐんだ! 出さなければそれでいい! 中からの攻撃に気をつけて!」


 リージェは背後の人々に急いで指示した。

 丸太を引っ張り持っていかせる。別な丸太も持ってこさせる。


 城館の横に突き出た厩舎(きゅうしゃ)。元は領主一家の乗用馬のみを飼っていたが、増築されて、ゲールやクロイら十数人分の馬がつながれている。

 群衆がそちらへ雪崩(なだれ)を打った。


 屋内からいきなり弓や槍で攻撃されるのを警戒してそちらに向けて盾を構えつつ、丸太や材木を次々と厩舎(きゅうしゃ)の出入り口に積んでいき、駆け出せないようにする。街からこちらにやってきた大工たちも激しく釘を打った。それは彼らが生き延びるための戦いだった。


 その間に、リージェは自分の剣を抜いて頭上に振り、解放軍の仲間を呼び集める。

 入り口まわりに、裏で火矢での攪乱(かくらん)を続けている数人以外、18人がそろった。

 一人の欠けもない。どの目もぎらついている。


「ろくな武器も持ってない、女の人たちに戦わせるわけにはいかない。

 僕たちはこの時のためにいるんだ。

 死ぬなら僕たちが最初だ。

 みんな、僕たちが先頭に立って、やつらを倒すぞ!」


 おう! と激しい声が応えた。


「中で、投げ槍と弓のやつが待ち構えてる。

 でも多分、いても五人だ。

 みんな、それぞれ盾を用意して、一斉に突っこむぞ。

 誰かが死んでも、残りがやつらを倒せ」


 それでいいよね、とリージェはフィンを振り向いた。


「ああ」


 戦女神は――あの布を体にまとい直していた。

 認識阻害効果を発揮しつつ突入する気だ。


 顔はまだ出したままなので、全員が女神の美貌に見入った。

 この世の最後に見るものがこれならば悔いはないという、切なくも熱い無数のまなざし。


()()()


 と、フィンは言った。


「3つで、飛び道具組が、放て。中からも撃ってくるだろうから、放ったらすぐ逃げろ。その後は少し下がって警戒だ。窓を破って逃げ出す者がいたら、集団で囲んでつぶせ」

「わかりました!」

「直後に武器組が突入だ。入ってすぐ左右に散れ。固まらないように」

「わかった。みんな、準備!」

「武器組は目を閉じていろ。少しでも闇に目を慣らせ」


 女神の指示は絶対で、リージェを含めた突入組は目を閉じた。


「合図はまかせるぞ、少年」


 目を閉じたままのリージェの手を、やわらかなものが包んだ。

 女神の手が、父の形見の剣を握る手に、じかに重ねられ――。

 優しい力がこめられた。


「全員がそろって動けるように、()()()()()合図するんだぞ」

「は、はいっ!」


 リージェの全身が甘いしびれに包まれ、父親はじめ家族たちの面影もよみがえり、高揚感が突き上げてきた。死への恐怖が完全に消えた。

 リージェは目を閉じたまま声を張り上げた。


「戦神の加護も、勝利も、僕たちのものだ!

 行くぞ! ()()行くぞ! 死んでもやつらを倒すぞ!」

「おう!」

「1!」


 目を閉じていると、自分の心臓の音が激しく聞こえてくる。

 手は武者震いしている。

 くろぐろとした口を開けている館の中に、悪鬼どもが待ち受けている。

 でも、フィンがすぐそこにいる。共に戦える。家族の仇を取り悪鬼どもを退治して平和な暮らしを取り戻す。


「2!」


 そこで、気配が消えた。


 フィンが屋内へ。

 ひとりだけ。先に。


「え!? 3!」


 間の抜けた声をリージェは漏らし、飛び道具組が動いた。

 指示通りに門の正面に飛び出し、それぞれの得物を使い矢や石を屋内へ撃ちこみ、転がって逃げる。


 反撃は、来なかった。


「行けぇぇっ!」


 リージェ以外が絶叫しつつ、屋内へ殺到した。


 リージェも身をかがめて侵入し――。


 強烈な血の臭いに飛びこんだ。


 指示通り、入ってすぐに横に飛ぼうとしたが、その前に……見てしまった。


 兄の成人式で入ったことのある、広々としたホール。

 その年に成人を迎えるあちこちの村人が招待されて並び、領主が名前の彫りこまれた杖を渡してくれる。それを死ぬまで持ち続け、墓にもそれが立てられるのだ。

 杖を高々とかかげた長兄の晴れがましい顔、それを見上げて自分の隣で強く拍手する女の子――のちの長兄の妻――のことを、リージェは今でも鮮明におぼえている。


 吹き抜けになっていて、真正面に次の広間へ続く扉、その上にテラス状の二階廊下、そこへ上る階段が左右にある。


 明かり取りの窓は板でふさがれて暗いが、わずかでも目を閉じていたおかげか、そういった構造物の配置や、人間の輪郭はおおよそ認識できた。


 すぐ近くに、人影がふたつあった。


 入ってくるリージェたちを、横合いから襲うための位置取り。

 得物も槍、斧鉾(ハルバード)長物(ながもの)だ。

 体は大きく、引き締まっていて、見るからに手練(てだ)れだ。この状況でも館から動かず最前列に立つ、ゲールの腹心にして幹部級の実力者。


 それが――左右、二人とも。


 ()()()()()()()


 得物を握った状態で切断され、床に落ちていた。


 何が起きたのかわかっていない様子で、腕の断面から鮮血を噴き出させつつ、立ち尽くしていた。


 それをリージェは一瞬で見て取り――さらに視界は別なものを認識する。


 正面、奥の方に敵が三人いた。

 次の広間への入り口を守るように。


 弓が二人。木材を組み合わせた複雑な構造をしており、巻き上げ棒で矢をセットする、(いしゆみ)だ。支持棒がついていて、地面に据えて正確に狙いをつけられるようになっている。

 その二人の間、やや前に出て、二人の護衛兼投槍役の、大柄な一人が槍を投擲(とうてき)準備体勢で構えている。

 その体に一本だけ、仲間が放った矢が刺さっていた。他の矢や投石はすべて外れて床や背後の壁に。


 奥のその三人へ、黒い塊が迫っていた。


 身をかがめているのか、床を這うような低い――しなやかな肉食獣が獲物を襲う時のような、疾走。

 速い。


 反応はして、そちらに向いていた槍持ちの横を吹き抜け――斜め後方、(いしゆみ)の前をかすめ、もう片方の(いしゆみ)(はし)って。


 まばたきひとつほどの間に風が駆け抜け、三つ、銀閃がひらめいて……次の瞬間、飛び道具持ちのその三人も……。


 肉体の一部が床に落ちる音は、ほとんど同時に鳴った。


「ぐああああああああ!」


 悲鳴は、目の前の、両腕なしの方から上がった。

 やっと理解が追いついてきたようだ。


 奥の三人は、まだ何が起きたか理解できていない。


 リージェは反射的に、剣を目の前の相手に突き立てた。

 防具の隙間に刺して、引いた。

 相手は絶叫しながら腕の残り部分を振り回し、熱いものをまき散らしながら転がり倒れた。


 もう一人にも、仲間が飛びかかった。


 ようやく奥から絶叫がした。

 手首から先、肩から先などを失った飛び道具持ちたちが、倒れこみあるいはその場で、すさまじい悲鳴を張り上げた。


「とどめは刺すな! ()()()()!」


 リージェは急いで指示を出す。

 盗賊どもへの同情ではない。そんなものはひとかけらもない。


 ここで自分たちで殺すのは簡単だが、今までのことを思うと、それでは収まらないからだ。


 仲間たちも意図を即座に理解する。

 なおも暴れる盗賊を複数で押さえつけ、棍棒を叩きつけおとなしくさせてから、足を引きずり、まだ切り口から断続的に血を噴き出すその大きな体を、外へ出した。


 一瞬の沈黙の後、女性たちの歓声があがった。


 大人数が群がってきた。


 この半年、好き放題やっていた盗賊だった。

 泣き声がうるさいと赤ん坊を取り上げて蹴り殺し、母親をその場で犯しながら首を絞めた。二人の死体は長い間串刺しにしてさらされていた。

 退屈だからと老人を捕まえて槍の標的にした。なんか気分が晴れないからと子供の指をへし折り、勝った方だけ生かしておいてやると兄弟で殺し合いをさせ賭けで盛り上がった。


 やられた者の縁者が、取り囲む前列に出てきた。

 おびえ、命乞いをする盗賊に、恨みの涙を流しながら、その手に握る包丁や(なた)などを突き刺す。親の仇、子供の仇、兄弟の、姉妹の、親族の、友人の、仇。


 縁者たちが最初の刃をつけると、後は集団による撲殺処理、解体となった。


 一人目も、二人目も同じようになり、すぐに長い棒に突き刺された彼らの首や手足が高々と掲げられた。


「や、やめてくれええ! いやだあああああ! 助けてくれ! 許してくれえええ!」


 奥の方の三人にも、解放軍の男たちが飛びかかり、引きずり始める。

 そこに一切の容赦はない。


「助けてくれと泣き叫んだ俺の親父を、お前ら、どうした!?」


 解放軍のひとりは、隠れひそんで、父親が矢の的にされるところを見つめ続けていたことがあった。


 鮮血の尾を引きながら外へ運び出されてゆく盗賊たちを尻目に、リージェは奥の扉に近づいた。


 フィンが、ぼろ布をマントにして顔を出した状態で、先の間の様子をうかがっている。


「感謝する」

「?」

「大きな声だった。あそこまで()()()()()()()()()()ので、相手の意識も引きずられた」

「あ……」


 リージェも仲間たちも、相手に斬りかかる練習は森の中でひたすら繰り返していたが、集団で戦うやり方は何も訓練していない。そもそもそれについての知識が誰にもなかった。

 なので、何も疑問に思わず、高揚のままに仲間に呼びかけ、声を張り上げたのだが……。


 ()()のせいで、相手は、こちらが集団戦の素人だということを確信した。

 3つ数えたところで一斉に突入してくると知って、準備した。


 だからこそ、その前に虚を突いて動いたフィンに、対応できなかったのだ。


「まともに突入していたら、死地を突破するのがめんどくさかった。助かった」

「…………」


 自分の素人ぶりが助けになったと言われて、リージェは喜んでいいのか悔しがっていいのかわからない。


「殺すのは簡単だったが、私が全部やってしまっては意味がないだろうと思って()()した。あれでよかったか?」

「もちろん!」


 そこはリージェも即答できた。

 屋外では、仲間たち総出で引きずり出した、盗賊三人の処刑が始まっている。石を焼いて持ってこい、のこぎりだ、などという声が飛んでいる。彼らにとっては、早く失血死する方がまだ幸せだろう。


「ありがとう。僕たちがやらなきゃならなかったのに、めんどくさいことをやらせてすまない」

「まだ終わってない」


 礼は早いとフィンは素っ気なく伝えてきた。


「めんどくさい気配は、この先に、三つ」

「ゲールと、クロイと……リッキだろうな」

 まだ居場所が確認されていない幹部。

 頭の弱い怪力自慢で、いつも親分たるゲールにくっついているやつだ。


 フィンが、認識阻害の布を完全に外し、美麗な姿をあらわにする。

 もう、それの出番はないという判断だ。

 長く揺らしていた髪を、頭の後ろにまとめ、結んだ。

 動きやすさを選んだ。つまりこの先にいるのはそうする方がいい強敵。


「……また、先に行くのか?」

「当然だ」


 フィンは、血のりひとつついていない剣を一度(さや)に収めた。


「約束したからな。誰かやられたら、守れなかったことになる。そうさせないために、私が先頭に立たないと」


「………………!」


 リージェは目をみはった。

 筋金入りのぐうたら者が、自分のお願いを聞いて、こんなに働いてくれている。


 率先して飛びこんでいったのも、約束を守るため。


「どうして、そこまで……!?」

()()は、返さなければならないからな」


 だから借りって何のことだ、と訊ねる前に、フィンが風のように次の広間へ入りこんでいった。


1988年の映画「ダイ・ハード」で、ある悪役が、高いところの窓枠にかろうじてぶら下がっていたのが、窓枠が壊れて主人公の目の前で落ちていく、というシーンがありました。

スタントマンを使わず役者本人に落下シーンをやらせたのですが、かなりの距離を落ちるので危険な撮影。もちろん下にはマットがありますが、落ちる本人からすれば怖いものは怖い。

監督は「3でセット壊して落とすから」と役者に説明しておいて……実際は「2」で落としたそうです。

その結果、本物の驚愕、本物の恐怖の顔が撮れたとか。

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