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11 男とはいかに単純な生き物であるかについて


 皆のところに戻ってみると、屋内に突入した面々は、気が抜けたせいかほとんど眠りに落ちていた。


 夜の間にもっと奥へ逃げこむべきなのだが、これでは無理だ。


 仕方なく、火の番や、女性たちを見張りかつ安全を守る役目を残りの仲間たちに割り振り、周囲の警戒体勢を確認して回ってから、地面に腰を下ろした途端――リージェもまた眠りに引きずりこまれた。


 初めての人斬り、同じ日のうちに二度目の死闘、謎の美女と衝撃的なことが多すぎて、とても眠れそうにないと思っていたのだが、目を閉じたと思った次の瞬間には時が飛んでいた。


「!」


 目覚めた瞬間、寝過ごして――寝ている所を刺したあの盗賊のように、眠っている間にやつらに襲われてここは死後の世界……という想像が浮かんで総毛立つ。


 しかし体の下にある草の感触に、安堵した。

 水音がする。かすかな風の音もする。手がものに触れる。自分の体がちゃんとある。

 ここは生きている者の世界だ。

 自分はまだ生きている。憎きあいつらを殺すためにここにいる。


 周囲はまだ暗いが、朝が近いことは感覚的にわかった。


 不寝番をしていた仲間が、リージェが起きたことに気づいて顔を向けてくる。

 火の側には、初めての人殺しを経験して眠れなかったのか、膝を抱えてうずくまっている者が何人かいた。


 立ち上がり、こわばっていた体をほぐす。

 それから、皆から離れて、暗い中で剣を抜き、素振りをした。

 毎日続けている日課だ。


 闇の中、起きがけに敵に襲われたところを想像して剣を振るう。

 こう来るのをこう受けて、こう返して斬りこむ……。

 父から習った基本に復讐の念を加えてひたすら稽古し続けた剣技の型に、昨日実体験した『現実』の結果が重なった。

 こう突くと、こう肉を裂く。こう斬ると、こう骨が砕ける。血が出る。相手が死ぬ。


 自分の剣技がこれまでとまったく違うものになったことを、リージェははっきり実感した。


 昨日に続いて、今日も戦う。今日も殺す。父からもらったこの剣で、必ずやつらを斬り倒す。

 何度も風を斬り、闇に浮かぶ盗賊どもを斬った。


 いつもなら疲れ果てるまでやるのだが、今は体力を温存する必要がある。今日も戦いになるのだから。

 ――そうリージェに告げた相手を探した。


 馬の姿はすぐ見つかったが…………()()()()が、乗っていない。


(逃げた!?)


 最悪の想像に血の気が引くが、落ちついて、周囲に目をこらした。


 ニンシキソガイ。目に入っても、気にしなくていいものとして見過ごしてしまう魔法。

 あの美貌を思い出し、胸が高鳴るのを恥ずかしく思いつつ、右に左に視線を動かす。魔法なんて破ってやる。見つけ出してやる。


「…………あ」


 皆が寝ている周囲を警戒し、『村』の様子もうかがえる高所に陣取っている見張りの仲間。

 そのかたわらに、いた。


 こんもりとうずくまる()()()()

 すぐ隣にいるのに、仲間は何も気づいていない。

 リージェは二重の意味で胸をなで下ろした。まだいてくれたということと、彼女の居場所を見抜けるのは自分だけだと証明されたことで。


 岩を這い上り、そこに行った。

『村』は闇の向こうにあるはずだが、まだ何も見えない。


「お、リージェ」

「動きはあったか?」

「いや、何も」

「そうか。お疲れ。空が明るくなったら動き出す。それまで、少しだけでも休んでくれ」


 仲間が火の方へ降りていくのを目の隅で確かめてから――。


「……フィン」


 小声で呼ぶと、ぼろぼろが動いた。


「教えるんじゃなかったかも」

 ニンシキソガイのことを言っているのだろう。

 リージェは少しだけ誇らしく感じた。


「ずっと見張っていてくれたのか」

「約束した」

「寝てるかと思った」

「寝たい時には寝る。でも必要なら、ずっと起きている」

「疑ったわけじゃないんだ。ありがとう」

「やつらは、()()()ぞ」

「!?」

「こっそり、三人来て、調べて、帰っていった。馬は丘の向こうで降りたようだ」


 一応は闇に慣れているはずの仲間がまったく気づかなかった、盗賊の技量はやはり恐ろしい。

 だがそれを見抜いたフィンは、何なのか。


「本当だよな?」

「人より目も、耳もいい……36回、振っていたな」

「36…………」


 つぶやいてから、灼熱した。

 素振りの回数だ!


「いい音だった。鋭い振りだった」

「う、うるさいっ」


 強くなろうとひたすら頑張っているところをあの美しい目で見られたというのが、なぜか無性に恥ずかしかった。


「それで……どうなる!?」

 強引に話を戻す。


「逃げた者が伝えて、調べに来て、確認していった。

 となれば今頃、城では動く準備をしているだろう。

 明るくなったらすぐに出てきて、押し寄せてくるはずだ」

「もう出てるんじゃ?」

 たいまつを並べて突進してくる騎馬集団をリージェは思い浮かべた。

 災厄の日の記憶もよみがえる。領主と、父の首をかかげてなだれこんできたゲール一味。


「暗いうちは動かない。10人があっさりやられてる。こちらを大人数と見て、途中の罠や襲撃を警戒する」

「…………」


 少し考えて、リージェはハッとした。


「もしかして……()()()()()であいつらを一気に倒したのって……そのため!?」

「ん」


 よくできました、と賞賛された気がした。


 リージェはあっけにとられたが、そこからさらに考えを巡らせた。フィンに無能と思われたくない。


「そういうことなら……」


 城とあの『村』との距離、馬を飛ばしてくるだろうやつらの移動時間、到着から体勢を整え、自分たちの追跡にかかるまでの時間などを脳内で概算する。


 自分たちが、今からすぐ動き出したとして、森のどの辺りまで逃げこめるか。途中で足止めの罠や偽装を作る。そのために残すなら誰か。


 しかし相手が今日のうちに来るなら、あらゆることが厳しい。命を捨てて居残り、時間を稼ぐ役目も必要かもしれない。それなら自分が率先して。


「……くそっ」


 毒づいた。命を惜しむつもりはないが、盗賊どもを倒しきらずに死ぬのは悔しい。


「どうした」

「ひとり逃がしてしまったのが残念すぎる……全員倒しておいて、気づかれるのが何日も後になればよかったのに」


 少しだけ、意地悪な目でフィンを見た。


 完勝のきっかけを作ってくれた相手に文句を言うつもりはないが、彼女が空腹を訴えここで食事と決めたばかりに、今の自分たちはまったく楽ができない状況に追いこまれている。


 そもそも、ここで休んだこと自体が失敗だった。夜の森がいかに危険でも、徹夜で奥へ逃げ続けるべきだった。


 これから、全速力で駆け続けなければならない。森の奥の奥、人が踏み入ることのできる限界までも逃げこんで、それでも追われ、鳥しか通えない高山へ追い詰められてしまうかも。


 何事もめんどくさいというフィンは、自分が空腹を訴えたことがきっかけでそうなる可能性が高いことについて、どう思っているのだろう。


「あれは、()()()()()()()

「え…………!?」


 驚かされるのは何度目だろう。リージェは数えようとして、あきらめた。

「どういうこと……?」

「寝る前に、今日はどういう日になるか、言っただろう?」

「え……ゲールを討つっていう、あれ?」


 冗談だとばかり思っていた。


「そのために」

「……意味がわからないよ……」

「わからなくていい。わからない方がいい。そういうお前が好きだ」

「………………」


 さらりと、言われた。

 平然と、脈絡なく言われて、まったく反応できなかった。


 フィンも、反応を求めなかった――少なくとも、リージェがスルーしたことに対しては何も言わず……。


「ひとつ、頼みがある」


 そう言った。




 東の空が白みを帯び、周囲のものが見えるようになってくる。

 リージェは仲間たちを起こし、移動の準備をさせた。

 元々盗賊たちから逃げ続けている面々である、起きるのも身支度をするのも速い。野営の痕跡を消すのも手慣れたものだ。


「出る前に、みんな……あらためて紹介する」


 リージェは、皆の前にフィンを立たせた。

 それがフィンの頼みだったのだ。


「あー、うん。こほん。フィン・シャンドレンという。見たとおり、女だ。ここに迷いこんで、困っている。少し、考えていることがあるので……ついてきてほしい。この少年が責任を取る」


 異様な沈黙が落ちた。

 リージェは頭痛をおぼえた。何をしたいのかさっぱりわからないが、この言い方で従う人間がこの世にひとりでもいると思っているのだろうか。


「顔も見せないやつが、信用できるわけないだろ」


 当然の声が飛んだ。


「その通りだ。すまなかった。少し待ってくれ」


 するとフィンは――横合いの、湧き水が貯まってちょっとした池になっているところに、立った姿勢のまま、足から飛びこんだ。


 とぷん。音は小さかった。


 昨夜も何人か、返り血を洗うために使った場所ではある。危険はない……が。


「おいっ!」


 水面に、ニンシキソガイの布が大きく広がった。

 その下に何か白いものが動き――。


 腕が出た。

 濡れた黒髪が出た。

 水から、女神が上がってきた。


 ()()()()()()()()()()()


 女性にしては背が高い。しかし全てが充実している。

 均整の取れた、胸が豊かな、素晴らしい裸身。


 まだ姿を見せていない太陽よりもまばゆく輝く美体が、完全にあらわになっていたのは一瞬で、すぐぼろ布で大事な部分を隠してしまったが――長い黒髪が、白い肌に幾筋も張りついて……。


 神々しい美貌が、男たちを見回した。


「フィン・シャンドレン()()()()()


 胸の谷間やふとももがあらわな半裸姿のまま、美しい眉を優しくゆるめて言う。

 声音は昨夜の、あの甘いものになっていた。


「遠い場所からやってきました。ここに迷いこんで、出られなくて、困っています。出るためには、ゲールを倒さなければなりません。()()()()()()()()()()()()()()


 濡れた肌、濡れた髪、濡れた瞳。

 神々しいほどの美貌の中で、赤い唇が、笑みを形作った。

 したたる水滴が、頬から首、鎖骨、胸の谷間へと流れていった。

 下半身にも、水滴は幾筋もしたたり流れていた。


「私の言う通りにしてください。()()()()()?」


 解放軍全員が、魂を抜かれた顔で、うなずいた。

 脳髄に美しいものが深々と刻印されていた。


 事前に素顔を見ていたリージェは、そこまではならなかったが、仲間たちと昨夜の『騎士』たちとが重なって見えた。


 フィンは、『お屋敷』から持ち出したらしい白い布で軽く顔や髪をぬぐうと、一度ぼろ布で体を包み、すぐ広げて、まさに魔法のようにもう下着をつけていて――すべて黒で、白い肌がより引き立つようで……。


 煽情的な肢体に、あらためてぼろ布をマントのように巻きつけた。


 美貌はもちろん、細い首から肩まわり、ふとももから下はたっぷりと露出したまま。


 男たちには大事なところがまったく見えない角度で老馬にまたがると、長く白い脚を左右に垂らした。

 ふくらはぎ、すねはもちろん、素足のつま先までも美しかった。


「私の服を頼むぞ、少年」


 聞き慣れた、けだるげな声音で言われて、ようやくリージェは、この美麗の化身がフィンであることを思いだした。


 何も考えられないまま、彼女がぼろ布の中で脱いだのだろう、水べりに山になっている薄汚れた靴やらズボンやらをかき集める。

 そこに残る温かさに、うっとりしてしまい、首を強く振って邪念を追い払った。


 まともに動けるのはリージェだけで、他の者はみな、フィンに視線を釘付けにされ、夢うつつのゆるんだ顔のままだ。

 禁欲生活が長かったところへ、この土地では見たこともないような美貌、美身、甘い声。男が逆らえるわけがない。


「ではみなさん、行きましょう……戦いに」


 馬を進め始めたフィンに、男たちは、一人の脱落もなく、ぞろぞろ後をついて移動し始めた。


 最後尾を、服をまとめて包んだものを背負ったリージェが追った。


美しさは罪。(バンコラン)


美しさは兵器。(葉隠散)


古代ギリシャの美女フリュネは、裁判にかけられた際に「あまりにも美しいので」裁判官たちが無罪判決を出したという……

「人は見た目が九割」「イケメンに限る」「かわいいから許す」はこの世の真実。残念ながら。

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