7、into 不良ルート
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「おかえりなさいませ、お嬢様」
「お食事はいかがなさいますか?」
「お嬢様方、そろそろお出かけの時間です」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
これは執事カフェの毎日の発声練習である。別に必ずこう言わないといけないというわけでもないが、ただの発生練習というわけではなく、執事スイッチをオンにする意味合いがあるらしい。
最初はなんちゅー発声練習かと思ったが、燕尾服のビシッとした男達と共に発生練習をすると気が引き締まるから不思議だ。
執事カフェにおける執事は、指名されたお客様につきっきりである。だが、ペチャクチャ喋ったりはしない。注文を華麗に受け、食事についての説明を華麗に行い、お嬢様から質問があれば華麗に答える。そして、お嬢様が何かを求める空気があればそれを察して華麗に先回りする。非常に高い能力が要求される仕事だ。
故に執事カフェの研修は厳しい。例えば、紅茶やコーヒーに関する知識は、ワインのソムリエ並みにウンチクを述べられないといけない。他にも細かい豆知識や作法の数はハンパない。
執事カフェとは執事コスプレをしたホストクラブではないのだ。まあ、ハイスペック過ぎる俺にとっては研修も楽勝だった。味も知識も一発で記憶できるし、礼儀作法だって家庭教師に叩き込まれている。だが、学ぶことも多かった。おかげで、今の俺が仮に芸能人の格付けチェック的な番組に出れば、間違いなくパーフェクトを連発できるだろう。それも正解するごとにいちいち喜ばないレベルで。
なお、俺の研修期間は過去最短記録を大幅に塗り替えた。そのとめ自動的に俺の執事ネームは「セバスチャン3世」となった。これは伝説の執事、初代セバスチャンが「自分の研修期間の記録を破った将来有望な後輩が現れたら、期待を込めて自分の名前を継いでほしい」と言ったからである。
研修が長くなることもあって、執事カフェの先輩方の年齢層は結構高い。美男子ではなく、美ダンディー。彼らはオンの時は美ダンディー。オフの時はおっさんである。
美ダンディーのプロ意識は高い。実際ここからどこぞの財閥にスカウトされる人も多いらしい。確かにここの執事ならうちに欲しい。アキバのメイド喫茶のメイドは家に常駐されるとうるさそうだから別にいらないが。アレはあの空間だから楽しめるのだ。
「セバスチャンよ」
「はい」
ある日、店長のサンチェスさんに呼び出された。別に怒っている感じではない。ちなみにサンチェスというのは執事ネームであり、本当は三田さんというらしい。
「貴方は執事として大変若い。今後、もしかするとお客様に店外で出待ちをされるようなこともあるかもしれません。ですが、例えプライベートであってもお客様に失礼のないよう心掛けてください。もちろん限度を超えたお客様にはハッキリと注意をしていただいて構いません」
「承知致しました」
これはたぶん警告である。簡単に言えばファンに手を出すなよ、ということだ。安心してください。俺はオーナーの美空さん一筋です。
こういう警告をされるのには理由がある。
執事カフェは、元が貴族の子弟たちの礼儀作法の実践の場としてオープンしたということで、カフェとして値段は高い。破格と言ってもよい。故に客層もセレブリティだ。そう、セレブリティなはずなのだ。
だが、何故か俺を毎回指名してくれる常連客はみんな若いコスプレイヤーばかりなのである。しかも結構レベル高い。サンチェスさんは、若さゆえの過ち、ダメ、絶対!ということが言いたいのだろう。
しかし、何故に俺の常連客はコスプレイヤーばかりなのか。不思議に思い、遂に常連客の一人である乙姫さんに訊いてみることにした。
「お嬢様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「いーわよ」
「どうして私を指名してくれるお嬢様方は皆様コスプレイヤーなのでしょうか?」
早乙女さんはしょうがない子ね。って顔を一瞬だけした後、ドヤ顔で教えてくれた。
「この近くに漫画・アニメの専門の大きなお店があって、そこに多くのコスプレイヤー達が集まって毎日何らかのイベントがあるのは知ってる?」
「存じております」
ゲームの中でオタクルートを突き進むと、放課後は高い比率でその店に行くからね、よく知ってます。ついでに乙姫さんはゲーム中ではその店のイベントで何回か優勝すしないと出会えない攻略キャラですよね。乙姫はコスプレイヤーネームで本名は早乙女さんですよね。
「貴方はね、私たちコスプレイヤーにとって夢の執事なの」
「夢、でございますか?」
「そうよ。ここの執事さん達は執事として完璧よ。でもね、若さが足りないの。アニメや漫画で人気の執事達は基本的に若い美男子なの」
「なるほど、そういうことでしたか」
確かにうちの店の先輩方は基本的に美ダンディーだ。若くはない。だが俺は若い。中3だもんな。
「執事のコスプレをする男子はそれなりにいるわ。でもそれじゃあ物足りないの。私達はここで本物の美少年風執事に会えると知ってしまったから」
「恐縮です。皆様の期待を裏切らぬよう一層精進させていただきます」
そんな会話をした日の夜、俺は憧れの美空さんに会った。しかも俺の上がりの時間と美空さんの帰り時間が同じというミラクル。美空さんは執事カフェのオーナーとして店を見にくるのだが、不定期でいつでも話したりできるわけではないのだ。
「早速現場に出て、もう常連客もついてるんだって? 凄いじゃない」
「何故かコスプレイヤーばっかりですけどね」
ここでサラッと「どんなお客様より美空さんに指名されたいです」とか言えるメンタルがあればいいのになぁ。スペックはゲーム通りでも中身俺だもんなぁ。
「みんなセバスチャンはコスプレホイホイだって言ってたわ」
「そのあだ名は初めて聞きましたね……」
目指すは美空ホイホイなんですけどね。
「よかったら帰りにちょっとお茶していかない?」
「行きます!」
俺は全力で返事しそうになる自分を抑え、クールに返事を………したかったけど、たぶんできてないな。
そういうわけで俺は美空さんと二人で歓楽街に繰り出した。美空さん曰く、「やっぱりお茶じゃなくて、ラーメン食べたい」と予定の変更要求。こういう美女に振り回されてる感がたまらんっすわ。
ラーメンしばらく食べてないから純粋に食べたいし。転生してからそういう庶民の味から離れてたからな。特殊部隊出身で今はCIAから俺の出張家庭教師をしてくれているリザさんのサバイバル訓練で保存食とかその辺の草とか食べた以外は基本高級料理ばかりだ。
久しぶりのラーメン。しかも美空さんと。今日はなんて日だ。
と思っていたらイベントが発生した。
「いいじゃねえか。ちょっと付き合えよ」
「やめて! 離して!!!」
「とか言って本気で嫌がってるわけじゃねえって知ってるぜ」
「おう、俺も知ってた」
「ぎゃっはっはっは。そんじゃいこーぜ」
目の前で綺麗な女の人が、街のヤンキー三人組に絡まれていたのだ。
でも、できれば華麗にスルーしたい。俺は美空さんとラーメンに行きたいのだ。不良イベントは回避したい。
「助けなきゃ」
そう言って上目遣いの小悪魔アイズで俺を見る美空さん。行かないなら自分が行くって凛々しい顔も綺麗だぜ!
だが、これは俺がやるっきゃない。とっとと片付けてラーメンだ。
「任せてください。ちょうど暴れたい気分だったんですよ」
さて、ここでの俺のミッションは華麗に不良を撃退し、「強い男って好きよモード」に入った美空さんとラーメンを食いにいくことである。オーバースペックな俺ならばあの程度のヤンキーなと恐るるに足らん。
まず障害となるのは、この絡まれている女性である。「助けてもらったお礼をさせてくださいパターン」は俺には無用だ。どうしよう。
………よし、不良を倒す前に逃がそう。
助けられた女性がその場に残っているからお礼を言われるのだ。逃してその場から消えてもらえば万事解決だ。
そんなわけでいざ戦場へ。
「そのくらいにしとけよ、嫌がってるじゃねえか」
「あぁーん?」
俺の教科書通りの横槍で不良共がこちらを向き直る。とりあえず女性には逃げてもらわねば困るのだが、一番ガタイのいい男が彼女を羽交い締めにしている。
「うるせぇ。邪魔すんな。こんなに喜んでんだぜ」
「そうそう。こーゆープレイだよ、プレイ」
「ふざけないで! 何がこういうプレ……もがもが」
「勝手に喋んなよ。ったく、お仕置きの好きな女で参っちまうぜ」
本当にそういうプレイだったら謝ろう。いや。こんな所でそんなことするのが悪いと逆ギレしよう。
そう決めた俺は、視線で逆方向にフェイクを入れた直後、思いっきり踏み込んで左手で女性の腕を軽く掴み、同時に右手で彼女を羽交い締めにしている大きなヤンキーの顎に掌底を一発決める。もちろん砕いたりしないように手加減した。具体的には当てるだけで、振り抜いてない。
「なっ!?」
「て、てめぇ………」
大きなヤンキーは崩れ落ち、羽交い締めにしていた女の子を抱きとめる。胸が当たるくらいのボーナスはあっていいだろ。それにもしかしたら美空さんがヤキモチ妬いてくれるかもしれないという淡い期待もある。
「逃げ……」
「こっちよ!」
俺の、逃げろ!の前に美空さんが女性の安全の確保に動いた。
美空さんの元へダッシュする女性。完全に想定外だ。。。
何か嫌な予感がする。
「「どっち向いてんだコラァァァァ!!!」」
ヤンキーの二人同時攻撃。俺は冷静に一人のパンチを見極めてカウンターを放つ。ライトクロス。もちろん振り抜かないが、意識を刈り取るには十分な威力があったようでヤンキーAはその場に崩れ落ちる。
「なっ、なんだと」
「寝とけ!」
最後のヤンキーは左のハイキックを側頭部にお見舞いした。
ヤンキー三人を瞬殺である。やはりこの身体は凄え。前の身体だったら絶対半殺しにされていることだろう。
「大丈夫ですか?」
美空さんの所へ戻り、俺は女性に声をかける。本音を言えば、美空さんに「もう安全っぽいから早くラーメン行きましょう。2人で」と言いたい所だが。
「え、ええ。ありがとうございます」
何やら怯えているようだ。俺強すぎた? それとも、怖い目にあうと女性はこんな感じになるんだろうか?
「このまんま一人で帰す訳にもいかないし、私が送ってくわ」
え、マジで?と言いたい気持ちを俺はなんとか押し留めた。
「また今度埋め合わせはするわ」
その言葉信じますからね。と言おうとした瞬間に、颯爽と黒塗りの高級車がやってきた。もう車も呼んでたんですね。
「じゃあ、吹雪くんも気をつけて帰ってね」
「ありがとうございました!」
颯爽と去りゆく美空さん。そして俺は一人。
そして、なんだろう。この胸の奥に残るモヤモヤは。
俺は地面に転がるヤンキー達に目をやる。今回の件は間違いなくコイツらのせいである。この歓楽街はゲームでもやたら不良に絡まれるイベントの発生する場所であった。
だからといって、俺と美空さんの時間を邪魔されるのは困る。俺と美空さんの関係は、歓楽街の執事カフェの執事とそのオーナーという関係であり、接点もそこしかないのだ。つまり、この歓楽街から不良絡まれイベントを根絶しなければならない。
「起きろ」
俺は寝ている三人のヤンキーの頭を軽く小突いておこす。
「ぐっ、、ぐうう」
「うぅ………頭いてぇ」
「………うぅ」
三人とも目が覚めたようだ。
フラフラしながら立ち上がり、俺を睨んでくる。その足がガクガクと震えているのは恐怖なのか、純粋に足にダメージがキテいるのかはわからない。
「よく聞け。俺はこの街のヤンキーを根絶やしにすることにした。だからおまえらの溜まり場に連れて行け」
俺の宣言に呆然とする三人。俺は知っているんだ、溜まり場があることを。攻略本に書いてあったからな。不良ルートを進むとヒロイン拐われイベントで行くんだよ。その溜まり場さえ潰せばこの街は平和になる。
「………おまえ、頭大丈夫か?」
ちょっとオカシイかもしれないという自覚はないこともない。だが、俺の恋路を邪魔する奴は許さん。




