5、皇城院吹雪の知らない世界
台風21号怖いです。
「変わった店だけど、凄い繁盛してるのね」
皇城院綾音は店中をキョロキョロと見回す。その店にはバシッとした燕尾服を着た若い執事と渋い執事が混在していた。
「最初は由緒正しい家系の子息たちが礼儀やマナーを学ぶ場所としてオープンしたらしいんですけどね」
鳳凰院美空は苦笑いしながら答える。たとえ最初はそういう目的であったとしても、今は女性コスプレイヤー達の溜まり場と化しているからだ。
「儲かってそうね?」
「クオリティーにこだわって人件費と衣装代に結構かけてるので、そんなに儲けてないらしいです。母は赤字でも続けるってる言ってますから、まあ潰れることはないんでしょうけど」
母の制服フェチには困ったものだと美空はため息を漏らす。まだ美空は高校生だと言うがため息をつく仕草も含めて妙に色っぽい。「アタシが男だったらこんなタイプと付き合ってるだろうな」と綾音はぼんやりと思った。
「今日は弟さんをここでバイトさせて欲しいって要件なんですよね?」
美空は本題に入る。もちろん、そんな用件では済まないだろうと思ってはいるが。
「んー、まあそれもあるんだけど。アイツ女の子に慣れてないから、この建物の上の階にあるナイトクラブでボーイとかもやらせてほしいかな。ホストでもいいんだけど」
「なんでそんなことさせようとしてるんですか?」
「ハニートラップ対策、かな」
「女誑しで悪名高い皇城院家にしては珍しいですね」
「うん。珍しい奴なのよ。考えの底は浅いのに、才能だけ見たらたぶん歴代最高じゃないかしら?」
美空は目の前の綾音こそが歴代最高の才能と言われていることを知っている。美空自身も鳳凰院家でそう言われて育ってきたこともあって、綾音は美空にとってシンパシーを感じる数少ない人間だ。
だが、その綾音が今、自分の弟を暗に自分以上だと言っている。美空としてはなんとなくそれを認めたくない気持ちになっていた。
「私が歴代最高って言うのが不思議?」
見透かされていたかと美空は思うが、それを表情に出すようなことはしない。
「不思議というか、歴代最高ってところが引っかかりますね」
「才能だけなら、よ」
「綾音さん以上?」
「そうね。まああくまで総合的に見ればってことだけどね」
綾音は淡々と言い、その表情を美空は注意深く観察する。その言葉に隠された嘘がないかを見逃さないように。
「弟さんって例の隠し子さんですよね?」
社交界でもっぱらの噂だ。かの皇城院家が誰も見たことのない美男子を連れてきて、そのその美男子が自分のことを隠し子だと断言した、と。しかもそのパーティー以降、彼を見た者はいないという。
「父さんは隠してたんじゃなくて質問をされたことがないだけって言ってたけどね。でも、隠し子いますか?なんて普通質問されることないわよね」
綾音はストローでアイスカフェオレの氷をカラカラと回しながらカラカラと笑う。美空の目から見ても本気で笑っているように見えた。綾音には天真爛漫さと計算高さの同居している、と美空は思っている。だから油断できない。自分と同じタイプだからだ。
「皇城院家の裏の仕事を継がせたいんですか?」
「そうね。まだ継ぐとかって話をする段階じゃないけど、どう見ても裏の仕事向きの才能なのよ。期待はしちゃうわよね」
美空は綾音にここまで言わせるその弟という存在が本物なのか、確かめたい衝動に駆られる。期待ハズレで当たり前。でも、もし本物だったら?
「育てる楽しみってなかなかイイモノらしいわよ」
「らしいですね」
「貴女の仕事のアシスタントだってできるかも」
「私のハードルは高いですよ」
美空が蠱惑的に微笑み、美空も小悪魔的な笑みで返答する。確かに「腕のいいアシスタントが欲しい」と美空はここ半年くらい言い続けてきたが、まだ見つかっていない。というか美空は早々に諦めていた。美空の求めるのは自分と同等以上の実力者だからだ。
「私のアシスタントに推薦する理由を訊いても?」
「まあ、一つは純粋に能力が高いってこと。放っておいても誰かが必ずあの才能をみつけるだろうし、どうせならおもしろい所に預けたい」
「それは皇城院財閥としての考えですか?」
「そうね。父と兄はあの子の指導方針を私に一任したから、この件に関しては、私の考えが皇城院の考えだと思ってもらって構わないわ」
美空はしばし考える。最近でこそ交流は少しだけだが、はるか昔から皇城院家と鳳凰院家は強い同盟関係にあった。表では日本の内政を担当し、裏では皇帝の守護者として国内の不穏分子を秘密裏に処分する役目を持っていたのが皇城院家。同様に表では外交政策を担当しつつ、裏では諜報活動を行う役目だったのが鳳凰院家だ。
時代が変わっても、両家はともに依然として日本の裏社会に君臨している。
「わかりました。でもまずは3ヶ月、普通に研修生としてこの店で働いてもらいます。そこで人間性を見極めて、その後でテストをさせてください」
「いいわ。で、どんなテスト?」
「今度のパーティーで営利誘拐のブロ組織が会場を襲うという情報を得ました」
「それで?」
綾音はこの時点でピンと来ていたが、あえて先を促す。視線で既にOKと伝えているようなものだったが。
「弟くんには彼らに攫われてもらおうかと思います」
どう対処するのかを見たい、つまりはそういう事だ。
「貴女と私、すっごい気が合うと思うわ」
それはつまり、3ヶ月後に皇城院吹雪が営利誘拐される事が決定した瞬間でもあった。