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8. 王妃は謎の女と出くわす

 だが、レグルスはそれから、後宮にあまり渡ってこなかった。

 たまにやってきても、彼は、やっぱり話だけして去っていくのだった。


 いや、彼と話をするのは楽しい。

 猫かぶりはしたままなのだが、楽しい。

 なんというか、彼と話をしていると、心が和む。

 レグルスも、セレンとの話を楽しんでいるように思える。


 でも。


「あー、いくらなんでもヘコむわー」


 後宮の中庭をタナとフェールと散歩しながら、ため息とともに言う。


「でも、姫……いえ、妃殿下。陛下は本当にお忙しいみたいですよ? 成婚されたばかりですし」

「そりゃまあ、そうなんだろうけどさあ」


 あのなんでも用意されている部屋にいると、なんだか余計に落ち込んだ。

 クラッセの侍女たちの、『なんか違う』視線にも、どんどん落ち込むばかりだった。

 だから、散歩と称して、後宮内をうろついたりしているのだ。


「ここは、妃殿下からお誘いになってみるとか……ほらっ、シラーさまも、妃殿下から案内するようにって仰ってましたし」

「うーん……というか……なんか、隙がなくてさあ」


 あの、天真爛漫な少年みたいな笑顔を向けられて、では寝所にどうぞ、とか言える気がしない。

 それにやっぱり、自分から言うのは恥ずかしい。

 妃が寝所に案内するなんて、いったい誰が決めたんだ。

 こう、もじもじしたような、そんな態度でもしてくれれば、あらあら仕方ないわねえ、そんなに望むなら、とか思いながら、案内できるような気もするのだが。

 でも、そんな隙は見せてくれない。


「ちなみに、姫さまは、その……」


 タナがぼそっと口の中でつぶやいてから、なにかを言い淀んでいる。


「なに?」


 立ち止まり、振り返ると、タナとフェールが肘をお互いに小突き合いながら、もじもじとしている。

 ……ああ。なんとなく、わかりました。


「その……そういったことはご存じなんでしょうか」


 そういったこと。夫婦としての夜の生活について。


「……知ってるわよ」

「あ、そうなんですか」


 なぜかほっとしたように、二人は胸を撫で下ろす。


「いえもしかしたら陛下が、なにも知らない純真無垢さを感じ取られて、お誘いしにくい雰囲気になっているのではないかと思いまして」

「それはどうだかわからないけれど、一応、知ってるわ」


 二人はいろいろ言葉を濁しているけれど。

 つまり、子どもっぽい、ということか。


「ちなみに、そういった知識はどこから……」

「母さまから」


 そう答えると、えっ、と言ったまま、二人は固まってしまう。


「……なによ」

「今、王族ってすごいな、と思いました」

「レイリー妃殿下が……」


 本気で呆然としている様子なので、セレンは少し、口を尖らせて応える。


「仕方ないじゃないの。輿入れ前は、すごく心配してたんだから」


 輿入れが決まり、母はそっとセレンの部屋を訪れてきた。

 そして滔々と、妻としての心構えだとか、男と女の身体の違いだとかを語られたのだ。

 親子でそんな話はしたくはないが、仕方ない。そんなことは言っていられない。王女として育ったセレンは、そういった俗な話とは切り離されて、綺麗な夢の中で育てられたようなものだ。

 そのまま嫁がせるわけにはいかない、と前置きして、母はセレンに向かい合った。

 お互い、顔を真っ赤にしながら、それでも話は夜通し続いたのだ。


 しかしそれはあくまでも、受け入れる側の話だった。求められたら、の話だった。

 こんな状態は、想定外なのだ。

 だからこそ余計に、異常なのではないかと思ってしまう。


 そりゃあまあ、『エイゼンの至宝』たる母さまは、こんな苦労はしなかったのだろうけれど。

 そう思うと、はあ、と知らずため息が漏れてしまう。


「あー、ヘコむわー」

「あ、しっ、姫さま」


 フェールが声をひそめてそう言った。

 なにかと思って前を見ると、向こうから、同じように二人の侍女を引き連れて、女性がやってくる。


 ……誰?

 見たことはない。それに、身なりからいって、侍女とは思えない。今日は来客があるだなんて聞いていないから、どこぞの貴族というのでもない。

 では、妃? 後宮にいる女性といえば、妃と考えるのが自然ではある。

 けれど、レグルスの妃は、自分だけではなかったのか。そうだと思っていたが違うのか。


 疑惑の視線を向けていると、その女性はこちらに向かってきて、そしてセレンの目の前に立ち止まった。


「はじめまして」

「……はじめまして」


 王妃はセレンのはずなのに、目の前の女性はやたら堂々としていて困惑する。

 まっすぐな黒髪が風になびき、同じ色の瞳がこちらを覗き込んでいた。

 真っ赤な紅が蠱惑的で、妖艶を絵に描いたような、美人だ。


「わたくし、シャウラと申します。陛下がお慈悲をくださいまして、こちらに住まわせていただいておりますの」

「はあ」

「あなたが、セレン殿下? ……あらまあ、そうですの」


 そう言って、扇を開いて口元を隠した。

 そして。くすくすと笑いだす。口元は隠しても、嘲笑は隠すつもりはないらしい。


 あまりのことに、タナやフェールと顔を見合わせてしまった。二人もなにがなんだか、というような表情をしている。

 不躾に、なに?

 さっき美人と思ったのはナシナシ! 誰よ、あんた!

 その感情を読み取れとばかりにセレンが眉根を寄せてみせると、女性は、あら、と小さく言って笑うのを止める。


「失礼。ただ、『エイゼンの至宝』の娘御、と聞いておりましたから……ねえ?」

「……なにが仰りたいの?」

「あら、別に。王妃殿下はご機嫌がよろしくないようでございますから、私ども、これで」


 そして、またくすくすと笑いながら、ゆるゆると歩いて去って行った。


          ◇


「なにあれ、なにあれ、なにあれ! 感じ悪いにもほどがあるわー!」


 部屋に帰ると、早々に寝所に入り、ベッドに向かって足を振り上げる。そしてドスドスと踏みつけた。


「姫さま、あの……どうか、落ち着きあそばして……」


 それを後方で見ているタナとフェールは、恐れおののいているのか、おどおどと静止はするが、強く止めることはできないようだった。


「……これでも、落ち着いているわよ。靴は脱いでいるし」


 ほら、と裸足の足を二人に見せる。

 それを見て、二人は小さく息を吐いた。


「まあ……それができるくらいには落ち着いている……ということでよろしいでしょうか……?」

「そうね、ベッドに靴跡を付けるのはまずいってのはわかっているわよ」


 荒れているという証拠は残さない。後が面倒くさくなる。


「で、シャウラとかいうあの女、誰なのよ?」


 ぼすん、とベッドに座り込む。

 フェールはおどおどしながらも、セレンの問いに答えた。


「私どもでは確証は得られませんが……後宮にお住まいということは、ご側室……のはずですよね?」

「でも、側室はいないという話だったわよ」


 輿入れ前に、そう聞いたのだ。クラッセの使者が言っていた。

 だから女同士の争いとかいう面倒なことにはならないと思っていたのに!


「ですわよね、聞いてまいります」

「頼んだわよ」


 タナが寝所を出て行った。その背中を見送ると、ため息をつく。

 いくら推測しても、仕方ない。とにかく情報を得なければ。


 ほどなく、タナが寝所に戻ってきた。


「わかりましたわ、姫さま」


 仕事が早い。


「誰なのよ」

「それが……先王さまのご側室……とか」


 言いにくそうに、タナは小声で報告してくる。

 なんという予想外の答えだ。


「はあっ? なんでまだ先王さまの側室が残ってるの?」

「それが……よくわからないんですけれど、居座っているそうですの」

「なんで追い出しちゃわないのかしら」

「さあ……」

「そう。まあいいわ! そのうちわかるでしょうし。もしまた何か言ってきたら、逆襲してやるわ!」


 拳を握って、上に突き上げる。


「ひ、姫さま……ですから、落ち着きあそばして……」


 いくら猫かぶりでも、ここは怒ってもいいところだろう。

 後宮の主と言われながら、知らない女と鉢合わせして、しかも侮蔑の言葉を投げかけられたのだから。


 陛下に訊かなくちゃ。

 そう強く、思った。


          ◇


 その夜、うまい具合に、レグルスは後宮にやってきた。

 いつものように、セレンの目の前の椅子に腰かける。

 だがすぐに、セレンの様子がいつもと違うことに気付いたようだった。


「どうかした?」

「陛下……わたくし……」


 ここは少々芝居がかっても、かわいそうな妃を演じよう、と目を伏せた。


「昼間、後宮の中庭で、わたくしの知らない女性と会いましたの……」


 今にも泣きださんばかりの声で言ってみた。

 すると彼は今まで見たことがないほどに狼狽して、ほとんど叫ぶように言った。


「あれは私の側室じゃない!」


 知ってます。


「え……では、彼女は……」

「彼女は、先王の……兄上の側室で、暇を出したのだけど、今はちょっと後宮から出せないんだ」

「出せない……」

「だけど、近いうちに出て行く予定だから」


 のんびりと言う、その口調に腹が立った。

 予定? 予定ってなに? 確定させて!


「出せない、というのは……?」

「ああ、……ええと、それはちょっと……なんて言えばいいのか……」


 言葉を濁される。

 いったい、なにが起きてるの?


 昼間のあれは、宣戦布告だ。

 先王の側室がそのままここに居座って、現王の側室……いや、あわよくば正室になろうとしているに決まっている。

 出せない? 意味がわからない。


 もし帰るところがなかったとしても、後宮を辞すればそれなりに金品を与えられるはずだ。

 再嫁先だって望めば探すものだろう。王の側室だったのだから、良い縁談があるだろうし。

 それで行くところなどいくらでも作れるはずなのだ。

 でも、出せない。

 出せないということは、王宮側の都合なのか。いったい、なにが理由なのだ。


「……わたくし……驚いてしまって」


 よよ、と目頭を手で押さえてみせる。

 するとレグルスは労わるような声音で、セレンに語り掛けてくる。


「ごめんね、すぐ出て行くと思っていたから、言わなくてもいいかと思っていて。でも近々出て行く予定だから」


 だーかーらー、確定でお願いします!

 なんでなの。なんでそうのんびりしているの。

 彼女を力づくで追い出せるのは、現実問題、現王であるレグルスの命令だけだ。


 そこで、ふと、思いつく。

 実は、彼女を妃にしたいと思っているのでは?

 その想像は、思いの外、セレンの身体を冷たくした。


 だって彼女は美人だったわ。劣化版の姫より、彼女のほうがいいのかしら。

 だから私を抱かないのかしら。

 あなたと話をするのは楽しいけれど、それだけでは寂しい。

 だめだ。なんだか泣きそう。


「陛下」

「なに?」

「わたくし、今宵は疲れておりますの……」

「あ、そ、そうか。じゃあ私はこれで」


 そう言って、そそくさと席を立って、部屋を出て行く。

 それを座ったまま見送ったあと、セレンは机に突っ伏した。


「あー……心から、ヘコむわー……」


 猫かぶりをしていることが、セレンには、本当に無駄な努力に思えてきたのだった。

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