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4. 王女は母に叱られる

 だが。

 マッティアに帰ってからは、それはもう、たっぷりと叱られた。


「あなたという娘は! なんてことをしでかしてくれるのっ?」


 腰に手を当て、覗き込むようにして、母は声を荒げた。

 けれど、セレンも負けてはいない。


「でも、間違ったことは言ってないもん!」


 確かに、舞踏会を台無しにしそうになったことは、悪かったと思っている。

 でも、とにかくあの王子が食べ物を粗末にするのが許せなかったのだ。

 しかも、先に手を出したのは王子のほうだ。セレンは応酬しただけ。


「あ、あの、落ち着いて……」


 母の背後では、おろおろと父がうろついている。


「陛下は黙っていらして!」

「あ、はい」


 妃に一喝され、父はしゅんとして黙り込んだ。

 いつものことだから、セレンも父を当てにはしていない。

 セレンの兄たちも、部屋の外から中を覗き込んで、ただ静観するばかりのようだった。


「あなたは本当に、王女という立場を理解していないようね!」

「どんな人でも食べ物は粗末にしてはいけませんって皆がいつも言ってるもの! 私はその通りに言っただけだもん! 私、間違ってない!」

「正しければ、いつでもなんでも言っていいってことではないでしょう!」

「わかんないもん、そんなの!」


 セレンがそう言うと、母はますます目を吊り上げ、そして今までで一番の怒号で言い放った。


「わかりなさい!」


 その言葉に、びくっと身体が震えた。

 母は一つ息を吐いて呼吸を整えると、セレンの前に跪いて、視線の高さを合わせてきた。


「他の誰がわからなくとも、あなたはわからなければならない。あなたは王女なのよ?」


 諭すように、穏やかな口調。なぜだかセレンの目に涙が溢れてきた。


「もしあの場でクラッセ国王陛下が許してくださらなかったら、どうなっていたと思うの?」

「どうなってって……」

「もしかしたら、クラッセは兵を挙げてマッティアにやってきたかもしれないわ」

「えっ」

「えっ」


 後ろにいる父まで驚いたように声を出したから、母は振り向いて睨みつけたようだった。父は慌てて口元を押さえている。

 それを見たあと、母は再度こちらに振り向き、諭すような声音でセレンに語り掛ける。


「そうなったとき、立ち向かわなければならない兵士たちに、あなたはなんて言うつもりなの? 私がクラッセの王子と喧嘩をしたので続きをどうぞよろしく、とでも?」


 小さい国のこと、マッティア軍は、もちろんクラッセのような立派な軍隊ではない。

 しかしマッティアの兵士たちは、それでも鍛錬を続けている。


「やあ、姫さま、今日も元気ですね」

「姫さまは、またかくれんぼですか」


 作法や楽器の授業を抜け出して、隠れ場所を探し求めて鍛錬場に立ち寄ることもある。

 すると兵士たちはニコニコと笑って、模擬剣を振るわせてくれるのだ。


「姫さまはお強い」

「筋がいいですなあ」


 えい、やあ、と素振りをすると、わざとらしく「うわあー」と言いながら、兵士たちがバタバタと倒れていく。

 それを見てセレンが笑うと、周りも皆、笑ってくれる。あそこにいるのは、優しい人たちばかりだ。


 そんな人たちに、戦場に向かえと? しかも、セレンがしでかしたことの尻拭いのために?


 セレンは首をふるふると横に振った。そんな無慈悲なこと、言えるわけがない。


「王族に生まれたからには、自分の発言一つで、何百何千という命が失われる可能性を考えなさい」


 大国エイゼンの王女として育ってきたからか、母の言葉には説得力があった。

 その言葉はセレンにはとても重くて、ぼろぼろと涙が溢れてくる。

 今度こそ本当に、自分がなんてことをしでかしたのかと、実感できた。


「……ごめんなさい」


 しゃくりあげながらそう言うと、母はセレンを抱きしめて、それから父の元に送り出した。


「陛下、お願いできるかしら?」


 母の言葉にうなずくと、父も歩み寄ってきて娘を抱きしめた。


「クラッセ王は慈悲深い方だし、本当に戦にはならないだろうけれど、その可能性もあったということだよ、セレン」

「……でも私、大変なことをしてしまったのよね?」

「それがわかるようになったのだったら、もう大丈夫だよ。セレンは民草に愛される良い王女になれる。父さまも母さまも、ちゃんとセレンを見守っているしね」

「僕たちも!」


 部屋の外から、二人の兄がこちらに向かってきて、セレンを抱き締めた。


 小さな国の中で、あまりに守られて育ってきたから、自分の立場というものを考えたことなどなかったのだ。

 それを思うと、これはいい経験だったと言えるだろう。


 それからセレンは、とにかく人前での立ち振る舞いには気を付けるようになった。

 それは単なる猫かぶりではあったが、人間、そう本質が変わるものでもないので仕方ない。

 そこは目を瞑っていただこうではないか。


          ◇


「というわけで、少なくとも自分が、ぜひにと望まれる姫とは思えないわけなのよ」

「はあ……そんなことが……」

「それは紛うかたなき『大暴れ』ですわね……」


 タナもフェールも、呆然としている。さすがにここまでとは思っていなかったようだ。

 二人はしばらく黙り込んでいたが、セレンに確認するように、問う。


「ええっと、じゃあそのときの王子さまが?」

「退位された先王さまね」

「今の王さまである第二王子はいなかったと」

「見かけなかったわ」

「じゃあ、大暴れを現王さまは知らない、のでは」

「でも、先々王さまとか他の重鎮の方々はいらしたのだし、そんな姫を娶りたいなんて言ったら、全力で止めるんじゃない? 少なくとも、ぜひに、とは言わない」

「そうですよねえ」


 二人は腕を組んで考え込んだ。しかししばらくしてぱっと顔を上げて言った。


「でも普通なら、そんなことがあったとしても、そのまま育つとは思いませんわよ」

「そうですわ、仮にも一国の姫。幼い頃はお転婆でも、大きくなればしとやかになる、というのが一般的な見解ですわ」

「はあ……まあ……そうなのかしらねえ」


 そうだとしよう。

 だが一番心配なのは、このように育っただろう、と事実以上に期待されているかも、ということだ。

 母のように育っている、と思われている可能性はある。


「劣化版とも知らずに」


 そう口にすると、その説が有力な気がしてきた。

 『エイゼンの至宝』と呼ばれたマッティア王妃に生き写しの娘を娶りたい。

 こう思われていたら、なんだかクラッセ現王が気の毒な気がする。


 この馬車に乗り込む前に、母にはさんざん言われた。


「ああー、心配。本当に心配だわ。あなたは短気な上に口が悪いから。クラッセ国王妃なんて本当につとまるのかしら」


 何度も何度もそう繰り返すから、「大丈夫だって!」と何度も何度もセレンも繰り返した。

 まあ、母の心配ももっともなのだが。

 大丈夫、といいつつ、自分自身でも不安は抱いているわけで。


 それから。

 自分の素養にももちろん不安を覚えるが、クラッセ王国自体にも不安はある。


「先王さまの退位もだけど。そもそも、どうして先々王さまは退位したのかしら」


 まずそこから怪しい。

 子どもの頃のことだから今はどうかは知らないが、あの舞踏会で会った先々王は、これぞ国王! って感じの人だった。

 それにまだ、退位して隠居するような年齢ではない。

 健康状態に問題があるのだろうか。そんな話は聞かないが。

 いや、もし本当にそうなら、箝口令が敷かれてしかるべきだから、耳に入ってこないだけかもしれない。


「ああ、なんか面倒なことに巻き込まれてるんじゃないわよねえ」

「怖いこと言わないでくださいよ、姫さま……」


 セレンの言葉に、タナとフェールが二の腕を擦っている。


 しかし、いつまでも不安がっていても仕方ない。腹をくくってやり遂げなければ。

 セレンはぐっと拳を握った。

 世の中、なるようになるものよ、と心の中で自分を納得させる。


 そのとき、馬車がふいに歩みを止めた。

 馬車の外から侍従が声を張り上げているのが聞こえる。


「間もなくクラッセ王城にございます。ご用意などありましたら、仰っていただければ」


 フェールがその言葉を聞いて、セレンのほうに振り向く。

 用意と言われても、特にはないから首を横に振った。


「大丈夫です、お気遣いありがとうございます。このまま行ってくださいますか」


 フェールがそう返すと、少ししてまたゆるゆると馬車が動き出した。


 ついに到着する。セレンの終の棲家となるはずの場所。

 クラッセ王城。

 さきほどまでだらしなく座っていたセレンだったが、自然と背筋が伸びた。

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