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17. 王妃は先々王にお茶会に誘われる

 先々王陛下が王妃殿下にお会いしたいと仰っている、と侍女が話を持ってきた。

 もちろん断る理由などないので、すぐにうなずいた。

 それに、こうなっては少し話もしてみたかった。


「突然で申し訳ないのですが、今からでもよろしいでしょうか」

「ええ」


 先々王付きの侍女は本当に申し訳なさそうに、眉尻を下げてそう言った。

 まあ今も実権を握っているということだから、そりゃあセレンなど比べものにならないくらいには多忙なんだろう。そんな中で時間を捻出したんだろう。

 セレンは読んでいた本をパタンと閉じると、椅子から立ち上がった。


 タナとフェールを侍らせ、侍女に案内されて行ってみると、彼は後宮の門を出てすぐのところの王宮の裏庭で、一人、椅子に座って待っていた。


 その裏庭はさほど広さはなく、王宮の壁と後宮を取り囲む塀の一面に挟まれており、けれど色とりどりの花が花壇で咲き乱れていて、秘密基地のような密やかさがある。

 そこに白いクロスをかけられたテーブルと、白い椅子が二脚向かい合って置かれている。先々王はその内の一脚に悠然と腰かけて、口元に小さな笑みを浮かべていた。

 どうやら外でお茶会でもしましょう、ということらしい。


「人払いを」


 セレンがそう言うと、タナとフェール、そして案内してくれた侍女たちも下がっていく。あちらが一人なら、当然こちらも一人にならなければならないだろう。

 もちろん今でも実権を握っているのは先々王で、表向きはともかくとして、先々王のほうがセレンよりも目上なのだから、あちらに合わせるのは当然のことだ。

 とはいえ、完全に二人きりにはできないようで、双方、目につきにくいように控えてはいる。


 セレンがテーブルに近寄ると、彼は微笑んで言った。


「すまないね、呼び出したりして」

「いいえ、わたくしでよろしければ」


 自分の前の椅子を指し示されたので、セレンはゆっくりと腰かけた。

 セレンが座るのを待って、先々王は口を開く。


「アルダーの最後の側室が後宮を出たとか」

「ええ、つい先日」

「すまなかったね、我が息子の不始末だったんだが、そなたに迷惑をかけて」

「本当に。迷惑極まりないですわ」


 セレンがすましてそう言うと、先々王は少し黙り込んだあと、くつくつと喉の奥で笑った。


「いやはや、やはり母君に似て、気が強い」


 いつまでも笑っているので、これ見よがしに小さくため息をつくと、先々王は、おっと、と言ってからわざとらしく口元を押さえた。

 どうやらこの無意味なやり取りを、楽しんでいるらしい。


 先々王はテーブルの上に肘を置くと、少しだけこちらに身を乗り出して言った。


「本来ならば、そなたが輿入れする前にすべて片付けておくべき事柄ではあるんだが、レグルスの対応と、それからそなたの対応も見ておきたくてね」

「……さようですか」

「だからこの件に関しては、レグルス以外は口出ししないように言っておいたのだよ」


 レグルスの話を聞いてから、いろいろ考えてはいたのだけれど、そんなところだろうとは思っていた。

 今でも実権を握っている先々王にしては、すべてにおいて、口出しをしなさすぎた。


 つまり、わざわざこの状況を作り出したのだ。

 なんて人が悪い。


 そもそも、一人一人懐妊しているかどうかを確認しなくとも、半年ほど後宮を閉鎖して待てば良かっただけの話ではないのか。

 みんな抵抗、とレグルスが言っていたから、暇を希望した側室はいなかっただろうから、そうするしかない。

 幸いにも、結果的に懐妊した側室はいなかった。だから後宮に閉じ込めておけば、全員お腹が出てくることもなく、見てわかる結果が得られたはずだ。

 そのあと、すべての側室を一斉解雇すればいい。


 それからセレンを迎え入れれば、万事解決だ。

 それで済んだ話を、わざわざセレンの輿入れを急がせて、一人一人確認しなければならない状況に持っていったのだ。

 セレンの輿入れを急ぐ理由が、他には見当たらないように思う。

 婚姻を急がせて、わざと重ねたようにしか思えない。


 セレンの不服そうなその表情を読んだのか、彼は一つ、ため息をついた。


「婚姻を急ぐ理由はあったんだよ」

「そうなんですか?」


 そこで先々王は片手を上げて、控えていた侍女を呼んだ。

 侍女は用意してあった給仕台をガラガラと押してやってきて、そしてお茶を注ぐと、テーブルの上に二つ置く。


 先々王はお茶をセレンに手のひらで勧めながら、言った。


「少々、長くなる。君も、訊きたいことが山ほどあるだろうし」


 セレンはうなずき、目の前に出されたお茶を、一口飲んだ。ほうっ、と息を吐く。美味しい。

 先々王は自分も一口お茶を飲んでから、口を開いた。


「急いだ理由は、簡単だ。アルダーに正室がいなかったからだ」

「ああ……」


 なるほど。

 正室がいなかったからあんな暴挙に出たのではないのか、という話になったわけだ。

 それなりの後ろ盾を持った正室がいれば、少なくともしばらくは側室を迎え入れることはなかった。

 ならば今度は、すぐに正室を、という意見が出たのだろう。


「君はマッティアの王女でもあったし、さらに大国エイゼンの血も引いているからね。これ以上の血筋はなかなかない。それなりどころか、最強の後ろ盾だ」


 そう言われるとそうなのだが、あの小さくて長閑な国で育った身からすると、どうにもピンと来ない。

 ではマッティアは弱小国だから、と考えていたのは卑下しすぎたか。

 今度なにかあったら、権力を笠に着よう、なんてことを考えた。


「それで、わたくしを王妃に名指しなさったと聞きました」

「余が?」


 少し驚いたように目を見開いて、先々王は言った。


「違うんですか?」


 セレンは首を傾ける。

 確かにレグルスはそう言ったと思うのだが。


 先々王は白いものが混ざりつつある立派な髭をしごきながら言った。


「ああ、まあ……、決定したのは余と言えば余だが、そう取ったのか、レグルスは」

「あの……?」


 うーん、と考えたあと、先々王はまたお茶を口に含むと、こちらを見てにっこりと微笑んだ。


「実はね」

「はい」

「正室を迎え入れるに当たって、当人の希望を聞いたのだよ。正室が気に入らないから側室を、などという話になっては本末転倒だからね」


 そう言って、また喉の奥でくつくつと笑った。


「するとね、もしまだ決まった相手がいないのなら、マッティアの姫に申し込んでもらえないか、と言うんだ」

「陛下が……」


 最初から、セレンを選んでいてくれたのだ。あの人は。

 見染めたのがあの大暴れ舞踏会というのが、少し笑えるけれど。


 そんなことを考えていると、先々王は口の端を上げながら、続けた。


「そう。それで余が、それがいい、と推しだしたら、急に、いや無理強いはしなくていいから、と腰が引けていたから、いやあの姫がいい、と話を進めたのだよ。なるほどなるほど。確かに、余が名指ししたように思えたかもしれん」


 なにやら納得したようで、うんうんとうなずいている。


「まったく、あれは本当に気が弱い。だから話がややこしくなるのだな」


 それに異論はありません。


 なるほど、そういう経緯だったのか。

 それで、決めたのは父上、という発言に繋がったのだろう。


「あのう、でも子どもの頃に参加したあの舞踏会であれだけ暴れたのに、よくそんな風に思えましたね?」


 すると先々王は肩をすくめた。


「そりゃあ、あのまま育つとは思わないだろう? レイリー殿がそんなことを許すとは思えない。けれど、人間の本質がそう簡単に変わるとも思えない。だとしたら、芯の強い姫に育っているだろうと思ったのだが、違うかね?」

「ご希望に沿えているかどうか……」


 実際は、単なる猫かぶりに育っただけだ。

 芯が強い、などという褒め言葉にふさわしい人間ではない。

 クラッセに輿入れしてからの日々で、それは本当に身に染みた。


 そう思って肩を落としていると、苦笑しながら先々王は優しげな声音で言った。


「いや、話を聞く限りでは、大丈夫だと思っているのだけれどね」

「だといいのですが」


 シラーや他の侍女たちから、きっといろいろ聞いているのだろう。

 彼女たちがもしかしたら、少し下駄を履かせてくれたのかもしれない。

 セレンはタナやフェールと寝所に籠ることも多かったから、彼女たちとももっと親睦を深めなければ、と心の中で決意する。


 セレンのほうを見て、先々王は微笑みながら小さくうなずいた。

 なんだかいろいろ読まれている気がする。

 さすがは大国クラッセの国王をやっていただけはある、というところか。


 しかしその息子二人は、どうやらその資質を受け継ぎ損ねた感じがしないでもない。

 もちろん二人とも、国王なんてものをやるには若すぎるというのもある。

 それにしても、一人は不遜に過ぎるし、一人は気弱すぎる。

 どちらにしろ、極端だ。


「あのう」

「なにかね?」

「先王陛下と国王陛下は、兄弟でありながら、ずいぶん気性が違いますのね」


 あそこまでまったく似ずに育つものなのだろうか。

 同じ、クラッセの王子として育ったはずなのに。


 セレンの質問に、先々王は眉を曇らせた。


「ああ、それはね、実は、アルダーには申し訳ないことをしたと思っているのだよ」

「え?」

「あの二人の違いは、王宮で育てられたか、後宮で育てられたか、の違いだ」


 そう言って、小さくため息をついた。


「少々話が逸れるが、余には正室が一人、側室が一人いてね」

「先王陛下のお母君と、国王陛下のお母君、ですね?」

「そう」


 うなずいて、彼は続ける。


「信じられるかい? 正室と側室は、それはもう仲が良いんだ」


 信じられない、とまでは言わないが、そんなことがあるのかと驚きには値する。

 セレンは側室を受け入れられなくて悶々としていたのに。

 先々王の正室は、なんと心の広いことか。それとも側室は、それほどまでに良い人だったのか。


 セレンの心の中の疑問に、彼は答えをくれた。


「どうしてかというと、共通の敵がいたからなんだね」

「敵?」


 すると先々王は、自分自身を指さした。

 自分の夫を敵と認識する、二人の妃。


「正室が王子を産んで、そこまでは良かったのだ。けれど、アルダーの物心つく前に、ほとんど取り上げるようにして王宮で育てた」

「次期国王だから……」

「そう。だが、英才教育を施すつもりが、権力の奪い合いになってしまった」


 甘やかされ、おだてられ、媚を売られ。


「つまり、後継者の育成に失敗したのですね」

「耳が痛いね。その通りだ」


 先々王は苦笑しながらセレンの言葉を肯定した。

 厳しく育てようにも、次期国王であることがほぼ確定している第一王子に、誰も彼もがへつらった。

 その結果、出来上がったのが、バカ王子。


「自分の子を奪い取られた正室は、もう二度と産みたくない、と言いだして」

「そして?」

「すぐさま側室を娶った。君は、酷いと思うかい?」

「はい」


 国として、彼の選択がどうであったかは、ここで言うことではない。

 彼がセレンに訊いたのは、そういうことではない。

 女性として酷いと思うかどうか、それを訊かれたのだ。ならば、答えは一つだ。


「そうだね。そして最も酷いのが、彼女たち二人とも、余とは愛情で繋がっていたわけではないということだよ」

「それは……」


 それはセレンも、人に言えた義理ではない。

 今でこそレグルスに惹かれてはいるが、そもそもが政略結婚だった。

 そこを責めることはできない。

 それは、王族に生まれた者の、定めと言ってもいい。

 政略結婚に、愛情など求められていないのだ。悲しいけれど、それが現実だ。


「共通の敵を持った二人の妃は、結託した。側室の産んだ王子を、今度は絶対に渡さない、二人で育てるのだ、と言い張ってね。まあ、第二王子だったし、それで気が済むのなら、と」


 そうして育てられたのが、レグルスなのだ。


「だからレグルスは、やけに女性に優しいだろう? あれは二人の教育の賜物だ」


 そういえばシラーが、あの王宮での舞踏会の前に言っていた。


『陛下は、王太后さま方にいろいろと鍛えられておりますからね』


 王太后さま方、というのは、先々王の二人の妃のことだったのか。

 なるほど、二人がかりで女性への対応を仕込まれたのか。

 それでシャウラに対しても、あまり強くは言えなかったのかもしれない。


 しかし二人の妃には言いたい。

 八方美人は度が過ぎると災いを呼ぶものですよ、と。


「だが、優しすぎるのも考えものだ。だからどうするのか見ておきたくて、後宮の後始末を任せたのだよ」

「結果はいかがでしたか?」

「まあ、やはり甘いと言わざるを得ないが、君が出てきたのなら及第点というところかな」


 セレンは別に、国のためとかそんな高尚なことを考えたわけではない。

 ただ、自分の嫉妬心を持て余して、あの結果になっただけだ。

 国を背負うには、幼すぎるし未熟すぎる。


 そして先々王は、及第点と口では言うけれど、本当にそう思っているのだろうか。

 そんなに甘い人物には思えない。


 彼はまだ、レグルスを、そしてセレンを見定めようとしている。

 このお茶会も、そのための機会の一つなのだろう。


 しかしそんなにまどろっこしいことをするならば、まだ王位を譲らなければよかったのではないか。


「そもそも、退位が早すぎたのではないですか」

「余のかね?」

「はい」

「力を残したまま退位をして、行く末を見たかったのだよ。一言で言えば、余のわがままだね」


 微笑みを口元に浮かべながら、先々王は言う。

 そうだろうか。そんなわがままを通すような人には思えないのだが。


 考えられるとすれば。

 表舞台から消える必要があったのではないか。

 そんな気がする。


「本当に、アルダー殿下が即位して大丈夫とお思いでしたか?」


 そう言って、じっと見つめた。

 すると、彼もこちらを見つめてきた。

 しばらく黙ったまま見つめ合っていたが、少しして彼は小さくため息をついた。


「それを訊いてくるかね。なかなか痛いところを突いてくる」

「訊きたいことが山のようにあるだろう、と仰ってくださいました」

「確かに言ったね。余の言うことがすべて真実と信じるかどうかは君次第だが」

「はい」


 先々王は、お茶を一口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。


「斬りたいものがあるとする。そのときに、前に立ちふさがる障害を同時に斬らねばならぬときがあるのだよ」


 先々王は、まっすぐにセレンを見つめてそう言った。

 信じるかどうかは君次第、と彼は言ったが、その例え話に裏はないように感じた。


「……今少しだけ、先王陛下に同情いたしました」

「そうかね」


 セレンの言葉に、先々王は軽い調子で返してきた。

 同情することは簡単で、そして同情されるようなことでもあるのだろう。けれどたぶん彼は、自分の行ったことを後悔はしていない。


 おそらく、先王を持ち上げた誰か、もしくはその勢力まとめて邪魔だったのだ。

 そして国王の失墜と同時に、周りの者も切った。もし調べてみれば、セレンが輿入れする前にごっそりと城内からいなくなった人間たちがわかるだろう。

 先王がなにがしかの不始末を起こすことは想定内だったのだと思われる。

 端からそのつもりの退位だったのだろう。膿をまとめて出すための。

 わずか三月で馬脚を露わしたのは、幸いだったか。


「いずれにせよ、一旦は、アルダーに即位させておく必要はあった」


 大した理由もなく、第一王子を差し置いて、第二王子に即位させることはできなかったのだろう。

 第一王子から第二王子への王位継承は、確かに一番波風が立たない方法かもしれない。


 もし、レグルスに野心があったら。泥沼の継承権争いになっていたのだろうか。

 王位簒奪のために、レグルスがアルダーを失脚させる、あるいは殺す。


 そこまで考えて、セレンはうーん、と考え込む。

 ……びっくりするくらい、想像できないわ……。

 いや、レグルスができなくとも、周りの人間ならできたのかもしれない。


 アルダーがレグルスを殺す。

 こちらは想像できなくもない。


 とすると。

 先々王が退位しながらも力を持ったまま、睨みを利かせているこの状況は、二人にとって命の保証をされている状態なのかもしれない。

 先王を教会に入れたのは、彼の身の安全を図ったということか。


 すべてはセレンの推測だ。実際のところはわからない。先々王もこれ以上は口にしないだろう。

 けれどまあ、二人の息子のために退位を早めた、ということにしておこうか。

 もうすでにすべてが終わっている状態で、人間関係やら勢力図やらを把握できていないセレンが意見を言うのも、おかしな話だろう。


 セレンはただ、これからのために、聞けるところは聞いておく。

 今はきっと、それだけしかできないのだ。

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