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10. 王女はキジを捌く

この回のために、R15タグを付けています。

人によっては苦手な方もいるかもしれません。

サブタイトルから推測できるかと思いますので、苦手な方は飛ばしてください。

この一回を飛ばしても、大筋の流れには問題ないかと思います。

そこまで過剰な描写はしていないつもりです。

 レグルスが王宮へ帰っていくのを見送ったあと。

 セレンはふらふらと一人で寝所に向かう。そして、ベッドにぼすんと倒れこんだ。

 なんだろう、タイミングが悪いというか、なんというか。

 話は盛り上がっているから、嫌われているわけではないと思うのだけれど。

 でも、これでは明らかに、妃という扱いではない。


 深く深く、ため息をつく。

 母さまは、エイゼンからマッティアに嫁いでくるとき、どう思っていたのかしら。

 不安だったかしら。それとも希望に満ち溢れていたかしら。


          ◇


 初めてセレンが狩りに成功したときのことだ。六歳くらいのときだったか。


「母さま、見て!」


 弓矢で捕えたキジを手に、セレンは王城に戻った。

 セレンは弓で射っただけで、落ちたキジを拾ったのも、首を折ってとどめを刺したのも、足を縛ったのも、すべて兄たちだったのだが、でもそれは、セレンの初めての獲物だった。


 だから、褒めてもらおうと思ったのだ。

 誇らしげに母の前にキジを掲げると、母はふらりとよろけた。それを慌てて父が受け止める。


「それ……セレンが捕まえたの……?」

「そうよ、母さま! ……どうしたの、お加減が悪いの?」

「い、いえ……大丈夫よ……」


 そう言いながらも顔色は悪い。

 セレンは心配になって、キジを手に持ったまま近寄ろうとしたのだが、母は真っ青な顔色で足を一歩引いた。

 ので、その場で立ち止まる。


「母さま?」

「な、なんでもないわ」


 セレンの呼びかけに、母は慌てて胸の前で手を振った。そして気合を入れたのか、背筋を伸ばして姿勢を正す。

 けれどやはり、顔色が悪い。急にどうしたのかしら、とセレンは首を傾げる。


「セレン、立派なキジを捕まえられたね」


 母の背後から父がそう言った。

 セレンはそれで一気に上機嫌になったものだ。


「うん! すごいでしょ!」

「うん、すごいね。では捌こうか」

「さばっ……!」


 母が絶句したので、皆が母のほうに振り向いた。

 母にしては珍しく、おどおどとしながら、父に向かって言った。


「え、捌くって……セレンが……ですか?」

「そうだよ。セレンが捕まえたんだから、最後まで責任持って」

「そんな残酷なこと、女の子のセレンにさせなくても……」

「レイリー」


 父は、きっぱりと言った。珍しく強い口調だった。


「確かに残酷かもしれないけれど、これはやらなければならないことなんだ。生きていくために他の命をいただいている、ということを学ぶためにも。マッティアでは、男でも女でも、大人でも子どもでも、皆がやっていることだよ」


 父の厳しい声音を聞いて、母はしばらく考え込んだあと、弱々しく「わかりました」とうなずいた。


 そのあとすぐに城の外の小川近くに移動して、父と兄二人とセレンでキジを捌く。母は少し遠くから、そっと覗き込んでいた。


「首を切り落とすんだ」

「まだ羽根が残っているよ、ちゃんと毟って」

「開いて、内臓を出して」


 セレンは四苦八苦しながら、それでも父や兄の指示通りにキジを捌く。

 母は何度かよろめいていたが、その場を離れようとはしない。

 しかし作業が進むにつれ、母も身を乗り出して覗き込んできた。

 そして少し驚いたような声で言う。


「まあ、まあ……本当に、キジのお肉だわ」

「なんだと思っていたんだ」


 そう言って父は笑う。母は恥ずかしそうに頬を染めていた。


 最後に、小川から汲んで桶に入れた水で、じゃぶじゃぶと全体を洗う。ついでに血まみれになっていた自分の手も洗うと。


「できたー!」


 立派なキジ肉がそこにあった。いつも見る調理前のものと変わらない気がする。

 自分でやったのだ、という満足感で胸が満たされたような気がした。


 セレンが捌いたキジ肉は、そのまま料理長に渡された。

 毟られた羽根の中から立派なものを兄たちが選び、セレンに手渡してくる。


「記念に、ペンを作ったらいいよ」

「うん!」


 残った頭や羽根や内臓や爪を集めて、楡の木の下に埋めて、皆で手を合わせる。

 ありがとうございます、美味しくいただきます、とセレンは心の中で思う。


 そしてその日の夕食に出たキジは、本当に美味しかった。

 隣に座った母は、一口食べて、ぼそりと言った。


「美味しいわ」


 そしてもう一口。


「本当に、美味しい」


 母のその言葉を聞いて、セレンはとても嬉しかった。


「私が捕まえたからよ」


 にっこり笑ってそう言うと、母も微笑み返してきた。


「すごいわね、セレンは」


 言われてセレンは、胸を張る。

 母は父のほうに振り返り、言った。


「陛下、私も、一度やってみようかと思うのですが」

「えっ、大丈夫かね? 無理はしなくてもいいんだよ」


 父はそう言って首を傾げるが、母は首を横に振った。


「大丈夫かどうかは自信がありませんけれど……でも、私も、マッティアの人間ですもの」


 その言葉に、父は微笑んだ。


「そうか、では今度、一緒に狩りにいこう」

「はい」


 そうして母は後日、ほとんど父が捕まえたヤマドリとイノシシを、半ば涙目で捌いていた。

 実際のところ、捌くのもほとんど父が手を出していたのだけれど。

 でも、やり終えたとき、母は本当に満足そうに笑っていた。


 食卓に上がったそれらを食べる家族を、不安そうに見て、そして問う。


「どう? 美味しい?」

「美味しいわ、母さま」


 セレンがそう言うと、母はほっと息を吐いた。そして父と顔を見合わせて笑っていた。


 あのとき母は、マッティアに嫁いできたことを誇らしく思っていたのではないか、とセレンにはそんな風に思えた。

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