文章下手の練習帳 その13 お題『誰かと比較せずにはいられない僕を許して下さい』or『もう少し欲張ってみない? 』
僕には悩みがあった。
僕は、自分の価値、というものが全く分からない。どんなに勉強をしても、どんなに体を鍛えても、どんなに冒険者ギルドのクエストをこなしていっても、自分がどれだけの価値を持つのかが理解できない。
たとえ話をするならば、学科テストの順位、だろうか。
50点取ったとしよう。それが平均点より下ならば、僕は自分が劣った人間だと思う。平均点ぴったりなら、僕は自分をなんの取りえもない凡人だと思う。平均よりも上だったならば、それなりの能力があるのだと分かる。
単純すぎる例えだけれど、僕の価値というものは、どうしても他人がいないと成り立たない。
比べる相手がいなければ、知識が正しいのか誤っているのかも判断できない。技術の使い方が合っているのか、迷ってしまう。
他人よりも知識を持っていたなら、僕は優秀な方だと分かる。他人よりも技術を使えたならば、僕は利口な方だと理解できる。
もしも、他人がいない未知の世界に一人で放り込まれたら、僕はうろたえて何もできなくなると思う。どんなに知識や技術を学んでいたとしても、逃げ出したくてたまらなくなるに違いない。
なんとも情けないと思われるだろう。許して欲しい。でも僕は、他人と自分を比較しなくてはいられないのだ。
今の僕は、冒険者ギルドの名簿に三級冒険者として登録されている。
これを僕は、四級より優れているが二級よりも劣っていると、認識している。ただこれは、四級の冒険者と、二級の冒険者がいてくれるからこそ、判断できることだ。
ぐちぐちと同じことを繰り返し話して、申し訳ない。だけど、僕がそんな人間であるということは、知っておいて欲しかった。
ある日のことだ。僕は冒険者として、生活費を稼ぐためにギルドカウンターへ向かった。
三級の冒険者は、低級の魔物退治や、薬の材料調達、近場へ行商に向かう商人の護衛なんかがメインだ。
二級のように大規模な討伐遠征には加われないけれど、四級の牧場護衛よりは高度なクエストを受けられる。
僕はソロで働くことが多い。人付き合いはそれなりだけれど、前述のとおり、他人と自分を比べてしまうのがコンプレックスなので、一人の方が気楽だったりする。
クエストの募集は、ギルドの建物内にある募集板に、札として掛かっている。自分に合う札を、ギルドカウンターに持っていくシステムだ。
今日は、丁度、薬剤師からのクエストがあった。山に生えている薬草と、そこに住む獣を狩ってきて欲しいとのこと。山は街の近く、とはいえ往復で二日はかかるけれど、三級ならそんなものだ。
札を取ろうとすると、いきなり、右から別の手が伸びてきた。僕が取ろうとした札を掴んだ男の人は、さっさとカウンターに向かわれてしまった。
早い者勝ちなので、文句は言えない。じゃあどうしようかと、板を見直す。
でも、今日は三級用のクエストが少なかった。残りは一つ、魔物退治だ。
これを取り逃すと、今日の仕事が無くなってしまう。仕方ないけれど、と納得して僕は札を取った。
ただ、今度は僕が、さっきの男の人の立場になってしまった。
「あっ」
と、声を出したのは僕ではない。僕の隣にいた女の子のものだ。
僕より、頭一つ背が低かった。青みがかった長い黒髪を束ね、手には杖を持ち、フード付きのローブを着ていた。
たぶん、ジョブは魔法使い(ソーサラー)。魔法をメインに戦える職業である。
緑色の瞳が、悲しそうに募集板を見ている。僕はちょっと申し訳なくなったけど、これもまた早い者勝ちということで許して欲しい。
少し罪悪感がある。でも、僕も生活費が欲しい。女の子から視線をそらして、カウンターへ行こうとした。すると、
「あ、あの、すみません!」
後ろから、声をかけられた。
振り返ると、女の子が僕を見つめていた。怒ったような、いや、緊張しているのか、表情がこわばっている。頼りなさげに、杖を両手で握りしめて、僕に近づいてきた。
「お、お願いします。そのクエスト、譲ってもらえませんか!?」
「えっ?」
そう来たか。札を譲るな、というルールは、ギルドには無い。受注が成立するまでは、札は、取った人の自由だ。
とはいっても、僕には譲る理由が無い。
「ごめん」
それだけ告げて、カウンターに向き直る。すると今度は、僕の服を掴んで、というか、つまんで、女の子は引き留めてきた。
「お願いします、お願いします! お金が必要なんです!」
それは分かる。冒険者はこまめにクエストを受けないと、お金が貯まらない。低級になるほど、冒険者はお金に困るのは普通。コツコツ稼がないとギルドの評価も上がらないし、生活費も捻出できない。
ドカンと大きな報酬が貰えるクエストは、それこそ一級にでもならなきゃ受けられない。その分、危険だけれど。
三級は、良くも悪くも、特別なクエストが受けられない。大きな稼ぎなんてできないけど、サボらなければ生活に困ることもない。冒険者という区分でいえば、普通、なのである。
「ごめん、僕もきちんと稼がないといけなくて……」
同じ場所を見ていたということは、この女の子も三級なのだろう。なら、冒険者の暗黙のルールというのも分かっていると思うんだけど。
でも、女の子は僕の服を離さなかった。涙目になって、僕の顔を見上げてくる。
困ってしまった。女の子が大きな声を出すから、周りからも注目されている。なんとか穏便にすませたいけれど、どうしたらいいだろう。
「じゃ、じゃあ、同行させてください!」
「えっ?」
「報酬は、三分の一……、いえ、五分の一でいいです。だから……!」
必死に、僕にお願いしてくる。
報酬の五分の一、となると、一日かギリギリ二日分の食費になる程度だ。
女の子も、当然、それくらい承知しているだろう。そこまで必死に頼み込んでくるということは、よっぽどお金に困っているみたいだ。
悩んでしまう。普通、二人でクエストに行くなら、報酬は五分五分。それでいて、危険度は大きく下がる。安全を取るなら、女の子と一緒が良いだろう。
これで、女の子が欲張りでガラが悪かったら、損得勘定を抜いて、すぐ断れるんだけど。
数分悩んだけれど、女の子が折れる様子もないし、僕は仕方なくうなずいた。
すると、女の子はさっきまでの顔が嘘みたいに、喜んで抱き着いてきた。
「ありがとうございます、お姉さま!」
これで、僕が男だったら、女の子もここまで頼み込んではこなかったんだろう。
「えっと、あの!」
何やら言いかけた女の子を、とりあえず落ち着かせる。
カウンターに行き、二人で行く旨を伝える。署名はきちんと二人分。報酬の分配は、きちんと記載する。ちょっと気が引けたけど、ここは明確にしておいた方がいい。
正式な書類としてギルドが受取り、これでクエスト受注完了である。
女の子は、何度も僕にお礼を言って、準備のために走って出ていった。
僕も住処に戻ろうとする。と、そこで、
「あ、名前……」
僕は女の子の署名を見たから知っているけど、こちらからは名乗っていなかった。
とりあえず、合流したらすぐに自己紹介をしよう。
待ち合わせは、街の東門。僕も、軽く買い物をして、準備を済ませる。
女の子は先に着いており、僕を見るなり手を振ってくれた。
その元気の良さにちょっと苦笑いしながら僕は、
「えっと、僕の名前は……」
これが、僕と女の子の出会い。
偏屈な僕と、純朴すぎる彼女との、冒険の始まりだった。
一人称視点の練習でした。
お題からかなり外れているのは、私の力量不足です