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あなたのいない世界で  作者: 未明
2/2

2:まだ愛を知らない


目が覚めて真っ先に目に入ったのは、見慣れた自分の部屋の天井だった。いつの間に屋敷に帰ってきたのだろう。婚約証明書が燃やされてからの記憶が途絶えている。あれが悪い夢だったらよかったのに。神様に願っても、私は強く覚えている。瞼を閉じれば今でも鮮明に思い出す事が出来るのだ。真っ赤な炎に包まれ黒くこげ落ちて行く私の大事な宝物。思い出したく無いのに覚えている。散々涙は出尽くした筈なのに、また勝手に涙がこぼれ落ちてきて、嗚咽を抑える事が出来ない。


それが聞こえたのかどうか分からない。暫く泣いていたら、侍女が盆に載せたスープを運んできた。朝食だと言う。私は倒れてからおおよそ半日は意識を失っていたと聞かされた。侍女がテーブルに用意した香ばしいタマネギのスープは鼻腔の奥を通り抜け、いつもなら空っぽの胃袋を刺激されるが、私はスプーンを持つ気力さえ持ち合わせていない。見かねた侍女が私の体を抱き起こして、口元にスープを運んでくれた。だが、良い匂いのする黄金色のスープは今日に限って泥水のように思えて唇を開くのも躊躇われた。ならばせめて水でもと、グラスに注いだ水を渡された。ほんのり甘い水は、どうやら果物やハーブを沈めた水のようだった。侍女は空っぽになったグラスを受け取ると、お母様を呼んで来ると言い残してスープを再び抱えて出て行った。


お母様がやってくるのであれば、寝間着のままではいられないとベッドから降りてドレッサーに向かう。ふと、部屋に違和感を感じた。まずはドレッサーが普段使用している物とは違っていた。私が毎日の支度に使用しているドレッサーは大きな卵形の鏡が備え付けられている筈だが、それが無い。鏡の無い化粧台がそこに置かれていた。次いで、櫛を探す。お気に入りの象牙で出来た櫛が見当たらない。昨年の誕生日に両親から頂いたものだから、特に大切に保管しておいた筈なのに、いつもの小箱の中を覗いてもそれは無かった。代わりに木でできた、いかにも欠け易そうな質素な櫛が化粧台の上に置いてあった。


鏡も、櫛も無い。それだけではなく、香水瓶や花瓶、キャンディ入れさえも無くなっていた。それらに共通するのは凶器になり得る点。ガラス素材は割れれば刃物に、鏡は言うまでもなく、象牙の櫛も鋭いため肌を傷つけようと思えば不可能ではない。


両親が全部取り替えさせたのだろうか。私が自分の未来を嘆いて自害するとでも思ったのだろうか。皮肉なことに今の私は、死ぬことを考えられるほど元気ではない。


ただ殿下にもう一度お会いしたい。


あの優しい瞳に見つめられたい。大きな手で頬を撫でて欲しい。陛下の仰ったことは全部嘘だったよと、言って欲しい・・・。


沈んだ気持ちのまま衣装ダンスの中で一番簡素なドレスに着替えると、お母様が部屋にやって来た。私の顔を見るなり、抱きしめてくるお母様。温かい胸に抱き込まれるのは、涙腺がゆるみそうになる。それだけで昨日の悪夢が頭の中に舞い戻って来る。


「アナ、何か食べたい物は無い?朝食を食べていないのでしょう?あなたの好きな焼き菓子は?城下で有名なケーキを持ってこさせましょうか」


両手で頬を包む様に、お母様は優しく問いかける。まるで私が幼子になったかの様な接し方だった。あえて昨日の話題を出さないのはお母様なりの優しさだと痛いほど分かる。


「食欲が無いのです。今は何も食べたくありません」

「少し位食べないと・・・何でも我が儘を言って良いのよ」


悲しげに微笑んだお母様の言葉に、ではと唇を開く。


「殿下にお会いしたいです。今からお城に伺ってもよろしいでしょうか」

「アナ、それは・・・・」


なぜかお母様は口ごもる。殿下にお会いする事は出来ないとでも言うのだろうか。


「殿下にはお会いできないのですか?私は殿下ともう一度お話がしたいのです」

「アナ、それはなりません」

「何故ですか?お母様の許可を頂け無いのなら、私は一人で城へ参ります」

「それは許されない」


目線を彷徨わせるお母様に詰め寄った所で、背後から低い声が響いた。振り返ればドアの付近で、いつになく厳しい表情をしたお父様がいた。


「アナスターシャ。お前はラプテル帝国の時期皇妃に決定したのだ。にもかかわらず、輿入れ前の身でかつての婚約者に会いに行くなど帝国に知れたら、どうなると思っているのだ。帝国に誤解されでもすれば、どんな仕打ちが待ち受けてるやも知れん」

「お父様。私はそんなつもりで殿下にお会いしに参るのではありません!ただ、会ってお話がしたいのです」

「何を話すつもりか大体の見当はついている。そして、愛するお前にすがられた殿下がどんな行動を起こすのかさえ陛下は予測している」

「縋るなど、そんなご無礼なこと―」

「お前がどんなに嘆いても、殿下に訴えても、五大臣会議で決定した内容は覆らない。アナスターシャ、お前はラプセル帝国へ嫁ぎ皇妃となるのだ」

「皇妃になんてなりたく無い!」


叫び声が部屋に響き渡った。お母様のすすり泣く声が聞こえる。


どうして私が帝国へ嫁がなければならないのだろう。顔も知らない、好きでもない男の元へと。どうして私でなければならないのか。連邦が敗北しなければ。ティルナノーグ国が、帝国と渡り合えるくらいの戦力を持っていたのなら。私が公爵令嬢でなければ・・・。膝から崩れ落ち、両手で泣き顔を覆った。


公爵と言う身分は殿下と私を繋いでくれた大切なものだったけれど、今は殿下を私から引き離す鎖に見えて仕方が無い。重く冷たい、鎖。がんじがらめになってもうほどけそうにも無い程強く絡みつき、私を息の出来ない深みへと沈める。


「なりたく無いと叫んでも、ならねばならぬ。アナスターシャ、お前にしかこの国の未来を守れないのだよ」


両肩を強く抱き、語りかけてくる。色素の薄い茶色の瞳が良く似ていると、色んな人に言われた。いつもは厳しい顔ばかりで怒っているのか、そうではないのか分からないお父様が、今ばかりは悲しげに私を見ていた。


「同盟を結ばなければ、我々は帝国に侵略され、三百年続く栄光の歴史と文化を失う。それだけではなく、国民は蹂躙され虐げられる。常若の大地と呼ばれた美しい故郷は、百万の血により赤く染まる」


想像する。活気溢れる城下町が帝国兵達に侵略され、町は破壊され燃やされる所を。子供は親を失い、女達は慰みものに、男達は戦場で死ぬ。屍は弔われること無く、獣の餌となる。いつか読んだ小説が描く戦場が現実に当てはまっていくのだ。


「もし我々が帝国と戦争したとしても勝機は無い。島国と言う立地で平和に過ごしてきた我々は、戦争を忘れすっかり弱くなってしまった。アナスターシャ。同盟を結ばなければ、我々は自治権を失い、そして・・・・王族には断頭台が待っている」


断頭台。はっとして顔を上げればお父様も泣いていた。初めて見る光景だった。


「お前は愛する殿下を断頭台送りにしたいか?私達家族と共に死ぬ運命を選びたいか?違うだろう、アナ。お前は賢くて優しい自慢の娘だ」


お父様が頬にこぼれ落ちた一房の耳にかけてくれた。私の顔をよく見たいとでも言うかの様に。


「だからこそお前に託したい。国の未来を、国民の平和を守って欲しい。お前にしか出来ない、大事な使命だ」

「それでも私は・・殿下にお会いしたい・・・」


嗚咽の奥から絞り出した声は、酷く震えていた。


「ならぬ」

「お願いです、お父様。あと三日しか無いのです。帝国へ嫁ぐしか無いのならば、せめてお別れを言わせて下さい」


視線で行くなと言われている。何を言っても無駄だと、そう書いてある。それでも私は引き下がれなかった。


「大事な使命も立派に果たしてみせます!ですからどうか、最後の一目だけでも会わせて下さい」

「別れの言葉は、お前の出立式で陛下が王家を代表し祝辞を述べる予定になっている」

「私は殿下のお言葉が聞きたいのです!」

「お前の望みを叶えてやれなくて済まない」


お父様は私の肩を掴んでいた手を離すと、すっと立ち上がり使用人に耳打ちした。


「娘を屋敷から出すな」


一言だけ言い残し、一瞥もくれること無くお父様は出て行ってしまった。お母様も侍女に脇を抱えられて後に続く。残されたのは部屋に私一人だけ。そして扉の外で恐らく待機しているだろう使用人。扉は一つ。ここは2階。


逃げ道は塞がれてしまった。



屋敷に閉じ込められてから2日が経った。お父様が集めた使用人は、洗濯係に至るまで恐ろしく優秀だったらしく、今の今まで屋敷から抜け出すのは成功していない。使用人との虚しい攻防の一方、その間に様々な事を考えた。自分の国のこと、ラプテル帝国のこと。お父様のお話により、自分がどんなに重大で国の命運を左右する大事な使命を担ったのかは理解したつもりだった。それでも、ラプテル帝国に輿入れしなければならないと言う現実が近づいてくるたび、私の心は殿下のお傍に行きたいと泣き叫んだ。分かっている、国とそこに住まう人々を守るのが何よりも優先しなければいけないのは。それでも、私は幼き日より夢見ていた、殿下の隣で共に国を支えて生きて行くという夢を、何に代えても叶えたかった。好きな人と結婚したい。他には何も要らない。たったそれだけの望みの筈なのに、最早それさえも叶うことなど無いのだ。思い返せばこれまでの人生、私の世界は殿下を中心に回っていた。


小さい頃、一緒にかくれんぼして遊んだこともあった。厨房からお菓子をくすねては、料理長に一緒になって叱られた事もあった。意地悪する男の子がいれば、殿下がいつも背中に庇って守ってくださった。初めての舞踏会、最初に踊ってくださったのは殿下だった。その時すでに、随分と身長差が大きくなっていたのを覚えている。下から見上げた殿下のお顔に、初めて胸が熱くなるのを感じた。殿下が外国に留学した際は、寂しい思いをしないようにと毎週お手紙を書いて下さった。週始めに必ず届いた当時の手紙は、全て鍵付きの宝箱に大切に閉まってある。殿下と過ごした数えきれない思い出全てが私の人生だった。


殿下の婚約者は私だと、物心がつき初めて自覚したときから、それは私の唯一の自慢であり誇りになった。大好きな人が婚約者だった。そう聞かされた時、私はあまりに嬉しかったのか興奮して熱を出したのだと、お母様から時々からかわれたものだった。


これらの想いを全て胸にしまい込み、私は帝国へ嫁がなければならない。国の為に、国民の為に、殿下のために。心から慕う人がおりながら、顔も知らない相手の元へと嫁ぐ行為は身を切られる思いだった。体をずたずたに引き裂かれる痛みだ。それでも、耐えなければならない。唇を噛み締め、涙が枯れ果てようとも耐えなければならない。


もし同盟に従わなければ、祖国は戦火に飲み込まれ多くの人々が犠牲になる。帝国は容赦などしないだろう。強国と謳われた連邦さえも抑え込んだ相手に、反旗を翻すなど愚か者のすることだ。私は殿下をお守りする。自分の身と引き換えてでも、決して殿下を断頭台へ登らせはしない。


深夜。故郷を出立する日まであと一日を切った頃、寝室の窓に何か固い石の様な物がぶつけられる音で目が覚めた。半分覚醒した意識で、おぼろげながらベッドから降り窓を開けて下を覗けば、マントを被った人物がそこにいた。一体こんな時間に誰が来たのかと、暗がりの中目をこらしていると、マントの人物はフードを取りこちらに顔を向けた。暗闇でもすぐに分かる良く知った人、会いたいと思い続けていた殿下がそこにいた。慌てて窓枠から身を乗り出せば、一歩下がりなさいと手で指示され待っていると、今度は丸めた紙の様なものが部屋へ投げ込まれた。それはメモ書きだった。内容は「話がしたい。今すぐ支度して下に降りてきなさい」と書いてあった。


部屋から抜け出すには廊下を通らなければならないが、扉の前には寝ずの番の使用人がいるためそれは難しいと急いで走り書きをし、殿下の方へと紙を投げる。すると直にまた返事が来たが、その内容に思わず瞬きを忘れた。


「ロープを伝って降りてきなさい。私が受け止めるから心配は要らない」


そう書かれていた。もちろん部屋にはロープなんて物は無いためシーツで代用しようかと考えていた所、今度はロープが部屋に投げ込まれた。予め殿下は私の置かれている状況を知っていたのか、なんと準備の良いことかと思った。しかし、感心している暇は無い。いつ見回りの使用人が来るかも分からないため、淑女としては恥ずべき事だが寝間着の上から外套を羽織るだけにし、ロープを一番重たい家具のベッドの支柱に括り付け、しっかり結ばれている事を確認してから慎重にロープを伝って降り進めた。ちらりと下を向けば、少しだけ心配そうな殿下が両手を広げて待っていた。出来ればあまり上を向かないで欲しいと、こんな状況で考えるのは不謹慎かもしれない。


なんとか危なげなく地面に着くとすぐに殿下に抱きしめられ、あっと言う間に馬に乗せられた。


「フィン様、ずっとお会いしたかったです。私もお話ししたい事があるのですが・・・なぜ馬に乗せられているのですか?」

「ここではゆっくり話も出来ないから遠くへ行くよ」

「どちらへ向かわれるのですか」

「静かにしていなさい」


普段の雰囲気とは違う、冷たい声色だった。爽やかな空を思わせる青い瞳は、この時ばかりは氷の冷たさを感じさせた。有無を言わせない威圧感に圧倒され何も言えないまま、どこに行くかも分からず馬は走り出した。


かなり走ったに違いない。真っ暗闇だった空は既に白み始めており、太陽が東から昇っている。殿下にお会いしたいと心から望んでいたが、どこか追い詰められる様に手綱を握る殿下の様子に一抹の不安がよぎる。話がしたいのであれば、ここまで遠くへ移動する必要は無いのではないか。近くの人気の無い森でも話す事くらいは出来る筈なのに。未だ休まず森の中を駆け抜ける殿下に対し、一つの疑問が湧き出ていた。


「ここで一旦休もう」


そうして降ろされたのは、森の中に佇む小さな湖の湖畔だった。水面に朝日が反射して眩しく煌めいている。馬は久しぶりの休憩に、嬉しそうに喉を鳴らして水を飲んでいた。


「馬を休ませたらすぐに出発する」


まだ遠くへ移動すると言う殿下に、疑念は確信へと姿を変えて行く。


「お話ならここで出来るではありませんか。フィン様はどちらへ向かわれるおつもりなのですか」

「ここでは駄目だ。城からそう離れてもいない」

「なぜお城から離れる必要があるのですか」

「貴女が奪われてしまうから・・・」


小さな囁きは、耳をこらしていなければ届かなかった。何も言えずに見上げた先、瞳を伏せた長い金色の睫毛が震えていた。その言葉だけで充分だとさえ思った。沢山お話したいこと、お伝えしたい想いは溢れんばかりに募っていた筈なのに、殿下のその一言だけで胸の内に温かいものが広がり、喉元まででかかっていた言葉の数々は溶けて消えた。


「アナ、帝国へ嫁ぐなどそんな惨い事を貴女にさせたくはない。だから私と共に身を隠そう。誰にも見つからない場所へ、一緒に逃げよう」


剣を扱う大きな手の平が両肩を掴む。それは私を繋ぎ止める楔のように思えた。そっと殿下の腕に触れる。温かく、逞しい腕は何度も私を守ってくれた。でも今度は、私が殿下をお守りする番だった。


「フィン様。私の夢は、お傍で共に国を支え生きて行く事だと申し上げたのを覚えていらっしゃいますか」

「あぁ、もちろんだよ。忘れる筈が無い」

「どうやら、その夢は叶いそうにありません」


最後まで想いをきちんと伝えられるよう深呼吸する。少し震えた声をなんとか元通りにした。泣くな。今を逃したら、もう殿下と言葉を交わす機会は失われてしまうのだ。泣いている時間なんてものは無い。視界がぼやけているのはきっと気のせい。ただ目にゴミが入っただけよ。笑いなさい、アナスターシャ。愛する人には笑顔でいた姿を覚えていて欲しいでしょ。


「ですが、夢の半分は叶いそうです」


それが心底嬉しいとでも言うかの様に、とびきりの笑顔で殿下に向かう。上手く笑えていると良い。私は嘆き悲しんで国を去るのではない。祖国を守る為に、大切な人の未来を守る為に堂々と胸を張って出て行くのだ。


「どう言う意味」

「一番側で・・・と言う夢は叶いそうにはありません。しかし、少し距離は遠くなりますがラプセル帝国から、私は祖国の安寧と繁栄をお祈り致します」

「自分が何を言っているのか、分かっているのか」


殿下の語気が強くなってきている。それでも私は笑顔で言葉を続けた。


「我を見失っているのはフィン様の方です。私は存じております。他のどの方よりも、この国の未来を、国民の幸せを第一に考えておられるのは殿下です。その為に積み上げてきた努力もすぐ側で私は見て参りました。どうかお願い申し上げます。殿下、国民をお見捨てになさらないで下さい」


最後まで言い切った。対する殿下は俯き、表情が伺えない。想いは上手く伝わったのだろうか。


「貴女は私を見捨てると言うの」

「いいえ、どうしてお見捨てするなど出来ましょうか」

「ならば、なぜ帝国へ嫁ぐなどと妄言を吐く?こんなにも貴女を愛している私を置いて、どこへ行くと言うの?貴女は私を愛してはくれていなかったのか」

「いいえ!」


それだけは決して違う。殿下を想わない日なんて、私が生きてきた人生の中で一瞬たりともあり得なかった。先程から鼓動は時が経つにつれて速くなっているし、広い胸に抱きしめて欲しいと腕は勝手に伸びようとする。今この瞬間、私がどんなに我慢しているのか気付いて欲しかった。



「お慕いしております。命に代えても心から殿下を・・・。だからこそ、私は帝国へ参るのです」


我慢していた声が震える。


「美しい私達の故郷。目を閉じれば浮かんできます。春には色とりどりの花が咲き乱れ、夏には鳥達が大空を自由に舞い、秋に大地は黄金へと姿を変え、冬に全て眠りにつく。そんな愛しい故郷を戦火に晒すなど、誰が出来ますでしょうか。きっと誰にも出来ないでしょう―・・・いいえ、私がさせません」


徐々に嗚咽がこみ上げてくるのを必死で抑え込む。


「殿下、この身一つで国を守れると言うのです。安い物ではないですか」


少しいびつな笑顔になってしまった自覚はある。それでも笑ってみせれば、殿下に強く抱き締められた。


「私にとって貴女を失うと言うことは、己の世界の半分を失うのと同義だ。貴女は私のものであり、私もまた貴女のもの。アナスターシャ。あなたのいない世界で、私は眠ることなど出来ない」


雲間に隠れた太陽が、寄り添う2人の影を消し去った。





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