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1話

極東のやや平和ボケしたこの国で一番有名な家族といえば、日曜夜に放映されているあのアニメの一家ではないだろうか。

世田谷区に住む家族は、話の中ではごくごくありふれた中流の家族というスタンスで描かれており、だが今となっては十分に裕福な家庭になってしまったという話はネットなどで聞くこともある。

当時はそれが中流のだと壮年や老齢に差し掛かった人々――とはいっても十分に元気そうでうっかりしたら自分たち十代の若者よりも元気なのではないだろうか――は、そういうけれども現実としてバブル崩壊だのその余波から未だに立ち直れない時代しか知らない自分たちにとっては、かの家族が裕福という見方が「普通」なのである。

(まぁ、きっと裕福ではあるんだよね)

自分の家庭のことを思い浮かべながら桜が綻び始めた並木道を、鈴木平良は歩みを進めた。自宅から、兄たちが暮らすマンションまでの道はきちんと整備がされていて歩きやすく整備がされている。立ち並ぶ家々は大きく、高級住宅街という言葉がぴったり似合う大きな住宅が並んでいる。

平良が暮らす家もこの住宅街の一角にあるから、おそらくは金持ちの部類に入るのだと思う。

(理系の私立大を選んだことを諸手あげて喜んでくれたし、習い事もなんでもさせてくれたし。ピアノも、理科の教室も塾だってやりたいことは全部させてくれたなぁ)

それも平良には年の離れた二人の兄がいて、二人とも同じようにやりたい放題させてもらっていた。

両親の具体的な資産を知らないけれど、小遣いに困ることはあっても学費の悩みなど一度も考えたこともない。車が二台は止めることが出来る車庫と母がガーデニングを楽しむだけの庭があるということは裕福なのだろう。

自分はきっとこの世田谷区で何一つ苦労なく育ったお坊ちゃんなのだ。頭を緩やかに振りながら今までの育ちを思い返す。

「やっぱり俺、多分坊ちゃん育ちなんですよね」

「おや、一応その自覚はありましたか」

独り言めいた平良の言葉にクスリと笑いながら同意を示したのは、平良より十センチは上背のある人物だ。

深い紫にも見える瞳、烏の濡れ羽色のまっすぐな髪は医療関係者であることから清潔感のある長さで綺麗に切りそろえられてる。

平良の自身に対するぼやきに対して微笑むと目尻に柔らかく皺が寄ることが彼がそろそろ不惑にさしかかる年代だということを示していた。

「……黒羽先生も、俺のことを坊ちゃんだと思いますか?」

「まぁ、そりゃ聖治があれだけ甘やかして猫っかわいがりにしていますからねぇ。生まれがそうでないおうちだったとしても兄が聖治な時点でお坊ちゃんになってしまいますよ。仕方のないことです。ミルクと砂糖は?」

「ミルクだけ。砂糖はいらないです」

長い指で器用にポットを操り、黒羽は紅茶を平良に差し出した。

そして自身の分にミルクをたっぷりと注ぎ、角砂糖を三つ落とす。

彼の彫りの深い顔は日本人離れをしていて、紅茶に視線を注ぐ睫毛は長い。

「平良くん。きみは甘いもの、好きではないんですか? そんなにケーキみたいな匂いをしているのに」

平良は目を軽く瞬いてから目を細める。

「先生は甘党だもんね」

「えぇ。この世界を気にいってるのは勿論です。平和だし、過ごしやすいし。でもケーキにチョコレート。そういうものに惹かれてこの世界に留まっているのも事実なんです」

黒羽の外見は美丈夫と呼ばれるのがしっくりくる人物だ。

平良からすれば、その少し時代がかった単語がこれほどまで似合う人間がこの世にいるだなんて思わなかった。

(あ。この世じゃなかった。別の世界の人、や、人でもなかったんだっけ)

兄のマンションにいつの間にか住みついていた彼の仕事は病院勤めの外科医で、世間から見てもどうみても「きちんとした人」だ。人でもないのに、一般人であるその辺のフリーターよりも社会的信用が厚いとは世の中は奇妙なものである。

「聖ちゃんにまた甘いもの食べ過ぎって怒られますよ」

兄の名前を出すとまるで叱られた犬のように黒羽は肩を竦めた。

「……怒られないように、減らしておこうときみを呼んだんですよ」

「俺、あんまりたくさんは食べられないんだけどなぁ」

高校を卒業したばかりの男子にしては、食が細い平良は小さく歯を見せて誤魔化す。

居候である、それこそ人外の存在を呼び出そうかなとスマホを片手にしながら、平良は素手で不躾にショートケーキを掴んだ。


【続】


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