人間に恋した妖怪
昔々、ある山の中に小さな一つの木の小屋がありました。
そこには一人の少女と青年が住んでおりました。
2人はとても仲がよく、度々麓の村に降りて来る度に、村の人達は彼らを微笑ましく見守っていました。
しかし、十数年の時が経ち一人の少年が不思議な事に気づいてしまったのです。
「なんで、お兄ちゃんは背が伸びてるのに、お姉ちゃんは昔のままなの?」
少年の素朴は疑問は、大人たちに、そして青年に、その違和感を気づかせてしまうことになりました。
それをきっかけに、少女は山の小屋へとこもってしまいます。
青年もまた、村からも山からも姿を消してしまいました。
そして、一人の少年は、こっそりと山へと登り、またこんなことを聞きます。
「お姉ちゃんはお兄ちゃんと喧嘩しちゃったの?」
山の小屋に住んでいる少女は、扉も開けず窓も開けず、それでも外にきている少年に聞こえる声でこう言います。
「お姉ちゃんは……人じゃないから、嫌われちゃったの」
その声はどこか悲しそうで、どこか力がない声でした。
「お兄ちゃんがそんなこといったの?」
ですが、少年にはそんなことで嫌いになってしまう気持ちがまだわかりませんでした。
「それは……いや、でもそうよ。あの人も私じゃなくて、普通の人と一緒に普通の人と暮らしていくのが幸せなの」
少女はまた答えました。
そして少年もまたそれを返すように言います。
「ちゃんと言ってないなら違うかもしれないよ。お姉ちゃんもちゃんと言わないと駄目だよ。お兄ちゃんもちゃんと言わないと駄目なの」
少年はその言葉を最後にその場をさりました。
少女にはその少年の言葉が理解できません。今まで青年とは心からつながっていて、言葉など必要ないと思っていたから。
そして青年もまた、村から離れた場所で、一人海を見ていました。
「このまま、海に沈んでしまうのもいいかもしれない」
そんなことをつぶやきながら、沈む夕日をただ眺めています。
そして日が沈む瞬間、青年は海に身を投げ出そうとします。
ですが、それは叶いませんでした。
「ちょっと、お待ちなさい」
その海には一人の人魚がいたのです。
「人魚……いや、そうか。この世界には人以外も生きているんだな」
「その通りです。その見を海に身を返すことも良いでしょう。ですが、今はまだ考えてはみませんか?」
人魚は青年に優しくそう言いました。
そして、青年もまた答えます。
「なぜ僕のような人間にそんなことを言うのですか。僕はあのとき、本当のことに気づいてしまいました。そして彼女の心を傷つけてしまった。僕にはもう居場所はないのです」
「そんなことはないはずです。今もまだ、あの山には風がやってきています。それはまさしく彼女の思いなのです」
「彼女の思い……?」
人魚の言葉に、青年は思わず聞き返してしまいました。
「その通りです。彼女はたしかに人ではないかもしれません、ですがこのように人でなくともはなすことはできるのではないですか?」
「それはそうですが……」
「それでは、彼女とも今一度話してみることはいかがですか」
人魚は言いました。青年はそれを聞いてまた答えます。
「ですが、今の僕の言葉が彼女に届くでしょうか。彼女は話を聞いてくれるでしょうか」
人魚は優しい顔で微笑み答えます。
「もちろんです。あなたのことを思っているからこそ、今までともに過ごしてきたのですから。ですが、人ではないと気づいてしまった彼女のことを見つけるには、また彼女を思うことが必要です」
「彼女のことを思うこと」
青年がそう呟くと、人魚は海に帰って行きました。
日は落ちて、夜空には月と星がきらきらと輝いています。
朝になり、山は霧に覆われています。
そんな山の小屋中に少女は座っていました。
そしてその扉は数日ぶりに開かれます。
少女が振り向くと、そこには青年が立っていました。
「あなたは……何故戻ってきたんですか。私は……人間じゃないのですよ」
少女はつらそうにそう呟きます。
そして青年もまた、少女を探すように部屋の中にぐるりと見回しました。
「……そうですよね。私は人じゃなくて……あなたは人ですもんね」
少女は涙を流しながらそうつぶやきます。
少女もまた自分が青年には見えなくなってしまったのだと気づいてしまった。
ですが、そんな泣いている少女を青年は見つけて、その両手を伸ばして少女を抱きしめました。
「僕は人間です。あなたは人じゃないかもしれません。ですが、僕はあなたのことが大好きです。その気持はかわりがありません。気持ちは人であろうとなかろうと変わらないと思います」
「私も……私もそう思います」
この日、一人の人の青年は伝えました。
妖怪に恋したことを。
そして一人の妖怪の少女は気付きました。
人間に恋したことを。
そして月日は流れてゆきます。
「おはようございます。今日もいっぱい取れましたよ」
「いつも、ありがとうございます」
あの時の少年は青年となり、青年はおじさんになりました。
少女は未だに少女のままです。
ですが、少女と青年はお互いの気持ちを伝えたように、村の人達とも長い時間を書けて気持ちを伝えました。
今では村の人たちもまた、二人のことを昔のように祝福しています。
これをきっかけに、妖怪と人間はお互いに気持ちを伝えあい、時には喧嘩し、時には笑い合い、時には恋をする関係を長い時間をかけてつくっていくことになります。
しかし、青年もまた人である事実は変わりません。
そして数十年の時がたち、青年は髪も白髪にそまりひげの生えたおじいさんとなっていました。
青年となった少年も孫を持つ、おじいちゃんになり村で過ごしています。
山の中を歩いている少女も、とうとう女の人となりました。
そんなおじいさんと女の人の元に、空から黒い顔の人々が現れます。
カラスのような顔をした天狗の妖怪でした。
そのうちの一人が青年へ向かって、こんなことを言います。
「あなたは我々の娘とともに日々を過ごしてきました。そして、人でない彼女を愛し続けてくださりました。誠に感謝しております」
そう言って一礼をした後、妖怪は小さな瓶を青年へと手渡しました。
「願わくば、生涯の間、娘と一緒に過ごしてはくれないでしょうか。わがままだということは承知の上でございます」
それに青年は答えます。
「僕の命はもう彼女とともにあるものです。ですが、今は村の方々とつながった気持ちもあります。少しばかり、話し合う時間をいただけないでしょうか」
そして妖怪もまた答えます。
「わかりました。それでは、また再び参ります」
そう言うと空へと去ってゆきました。
その日から青年は少女と話し合いました。
少女はこの瓶のことをしっています。妖怪に近づき寿命を伸ばす薬です。
しかし、これを飲めば人ではなくなり、また人と話すことは難しくなってしまうことも話しました。
人として生涯を終えるか、少女とともにその生涯をこれからも生きていくかを話し合いました。
そして村の人たちとも話しました。
今までのこと、これからのこと、自分のことを話しました。
そして霧の深い朝、風とともに妖怪はやってきました。
「お答えをいただけるでしょうか」
「はい……僕で良ければ是非、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
青年は、その生命を少女の命の最期までともに歩み続けることを選びました。
ですが、それは一人で決めたことではありません。
人として生きている間に出会った、様々な人たちを話し気持ちと伝えて決めた大切な答えです。
そして、妖怪の一人のなった青年と少女の夫婦は、数年後、あの少年によって村にかたりつがれる幸運の天狗として、その村に語られ、山から見守り続けました。