第七話 Scorpio
第七話
Scorpio
ゴォン
遠くの部屋から大きな音が聞こえた。銃声と、爆音の様な音。
「蒼!アプリは!?」
「・・・今、蟹座の欄が死亡に、変わりました。」
爆音ということは戦闘、あるいはその類の行為が行われているはずと、とりあえず現状の確認をした。
ということは、射手座が殺したのだろう。わかってはいたが、話し合える相手ではない事がはっきりした。
・・・ガチャッ・・・
俺と菫ちゃんとを繋げていた手錠が外れる。まるで戦いに行けと言わんばかりに。
「あ・・・手錠が、外れました。これで、私のミッションはクリアでしょうか・・・」
「おめでとう、菫ちゃん。これでみんなミッションクリア、あるいはその条件が整ったことになるわね。」
「それじゃあ、行こうか、『終点』に」
清美さんと、菫ちゃんはクリア、俺も二人のクリアを見届ければ、おそらくクリア、そして蒼も俺らのスマホを所持することでクリアとなる。と、なると、あとすべきことは・・・「終点」にたどり着くこと、それだけ。
俺たちは「終点」に向かった。
「・・・やっぱり、中には昨日と同じ人が、一人でいる。」
部屋の外から中の様子を俺のスキルで窺う。俺が、できることはここまで、後はスキルではなく一人の人間としてできることを・・・足を引っ張らないようにしないと。
「それじゃあ、昨日話した手筈通り、俺から行く」
蒼がカッコ良く見える。
「話し合いは清美さんが拘束してからでもできるから、問答無用で行っていいぞ。あとは、もし、清美さんが近付く事が危険、とか無理、って場合は、蒼の判断で頼む。」
「わかってますよ、芯さん。俺達は生きて帰るためにここまで来たんですから。」
蒼と優先事項の確認も済んだ。
俺は「終点」の豪華な扉を、開けた。
一番先に蒼、それに続いて菫ちゃん、清美さん、俺の順で部屋に入る。
中は段ボールや物資で散らかっていた。そして、その奥で男性がこちらに銃を向けている。彼の周辺、そして彼自身は赤黒く染まっていた。今まで嗅いだことのない悪臭が鼻に刺さる、これが死臭というものだろうか。
その異様さに蒼は一気に攻撃に出る。相手も蒼に反応し、銃を蒼に向けて撃つ。
「そんな遅い弾じゃ適当に撃っても当たらないよ!もっと考えて撃たなきゃ!」
ガガガガガガガッ!!
轟音鳴り響く中、蒼が相手の注意を引き付ける。
「・・・っ!」
ガアァァンッ!!
その隙に菫ちゃんが狙いを定め、撃つ。部屋に新たな轟音が響く。
相手は狙撃に気付いていた。ギリギリで弾丸を避ける。
蒼はその隙を見逃さず、一気に距離を詰める。
バアァァンッッ!!
その時、蒼の足元の段ボールのひとつが爆発した。
再び部屋は轟音で満たされる。
「蒼!」
蒼の脚が消し飛び、床に転がる。
相手は勝利を確信したかのように、ゆっくりと蒼にとどめを刺しに向かう。
ガアァァンッ!!
その行く手を遮るように菫ちゃんは弾丸を放つ。
「おっと、まだ居たんだった。先にお前から罰してやる。」
彼は銃を菫ちゃんに向ける。
菫ちゃんは銃口を彼に向け続けている。
爆弾、銃、清美さんは近づけない。
・・・このままだとマズイ・・・もう少しなんだ・・・
「待ってくれ!俺達は全員ミッションをクリアしている!殺し合う必要はない!」
俺は二人の射線に割って入る。その愚行に驚き、二人は思考が一瞬止まったように構えの姿勢を解いた。
その一瞬が欲しかったんだ。
「芯さん、菫ちゃん。時間稼ぎ、ありがとうございます。」
彼の隣には、蒼が立っていた。その消し飛んだ脚は、完全とは言えないが、血塗れの状態で形をなしていた。
「お前!どうして!?」
驚愕に染まる彼に蒼は拳を振りかぶる。
「俺のスキルは身体の活性化!治癒力も活性化できるし、この拳も硬く!強くできる!」
そう言い放つと、蒼は輝く拳を目にも止まらぬ速度で撃った。拳は相手の身体を貫いた。刺す、ではなく、殴った部分の細胞を消し飛ばす、そんな一撃だった。
即死だった。彼の身体は何も言わずにその場に落下した。
蒼の身体もゆっくりと倒れる。
「蒼!大丈夫なのか!?」
「芯さん・・・ええ、まぁ、さすがに無くなった脚を再生するのは時間と寿命が必要でしたが、何とか。」
蒼の血塗れだった脚はすごい勢いで再生していく
「蒼君、すごかったわ、カッコ良かったわよ。」
「へへ、俺の人生で最も輝いた時間だったかもな・・・」
「・・・すごく、輝いてましたよ。」
「・・・よか、った・・・俺が、ここまで生きてきた・・・意味が、できた・・・」
蒼は力なく呟く。蒼の脚を見ると、再生が止まっていた。まだ完全に治っていないのに。
「蒼、お前まさか・・・」
「・・・はい。もう、俺の寿命、使いきった・・・みたい、です・・・」
「そんな・・・!」
「いいんですよ、俺の命で、みんなを・・・守って・・・生かせたなら、俺の生きた証が、残せる・・・から・・・」
蒼は生きた証を、願いを叶えて、その結果命を落として、満足だったのだろうか・・・
蒼の亡骸は、笑顔だった。
俺たちは、それぞれ蒼に感謝をした。
蒼を看取った後、俺たちは部屋の探索を始めた。どうすればゲームが終わるのか、まだわからなかった。
「そういえば、結局彼は何座だったのかしら?射手座?蠍座?」
清美さんは彼のスマホを確認する。
「えっと・・・射手座、川上 誠、スキルは・・・相手が嘘を吐いているとわかる。・・・あ、アプリはジョーカーアプリを見破るアプリだって」
「―――――――!?」
ガアァァンッ!!
「えっ・・・?」
菫ちゃんが清美さんをライフで撃った。力なく倒れる清美さん。
「・・・ごめんなさい・・・清美さん・・・芯さん・・・」
菫ちゃんのライフルは俺へと向く。俺は動く事ができない。
しかし、その銃口は、震えていた。
「・・・隠していて、ごめんなさい・・・騙すようなことして、ごめんなさい・・・私・・・私の星座は、本当は・・・蠍座、なんです・・・」
「・・・知ってたよ。・・・どうしたの?撃たないの?」
「・・・・・・っ・・・ぅっ・・・」
「昨日、寝る前に話したよね。その引き金を引くのは、菫ちゃん自身だって。」
菫ちゃんは目に涙を浮かべ、俺に向ける銃を、その引き金を引くか否か、菫ちゃん自身の命か俺の命か、迷っていた。
それは、表情に出やすい菫ちゃんということもあるが、それとは別に、俺には、はっきりそれがわかった。
「・・・芯さんを、殺したく、ないです。」
「・・・じゃあ、ミッションクリアできずに、菫ちゃんが死ぬの?」
俺は迷う菫ちゃんを促す。ここで答えを出せないと、俺と同じ、流される人になってしまうと思ったから。
「・・・・・・私・・・私、生きたい!でも、芯さんを失うのも嫌なの!!どっちも失いたくない!!」
それは両方欲しいという、我儘で、無理難題で、でも、まっすぐで、優しい、とても人間らしい解答だった。
「言えるじゃないか、スキルとか、何かに頼らなくても、まっすぐな自分の気持ち。」
これなら、かつての俺のようにはならないだろう。
彼女がまっすぐ気持ちを伝えてくれたなら、俺も応えなくてはな。
「菫ちゃん、キミは本当に気持ちが表情に出るね。今まで隣で見てきて、キミが純粋で、優しくて、寂しい想いをしていた、ということがよくわかったよ。そして・・・その素直な表情は、とても魅力的だった。」
素直な気持ちを彼女に伝える。彼女は照れたのか、顔を紅く染めていた。
「そんな魅力的なキミのことを、キミの気持ちを・・・もっと知りたいと思った・・・思ってしまった。」
俺は彼女にスマホを見せる。今までよく目にした牡羊座のスマホ。ただ、その画面は以前見た時とは内容が変わっている。
「少し前に話したけど、やっぱりこのゲームはミッションの変更があったんだ。隠し要素としてアップデートというモノが。条件を満たすと自動でアップデートをし、スキルとミッションが上書きされる。」
アップデート後にルールブックアプリが書き換えられていて、そこにアップデートに関する記述があった。
「俺のアップデート条件は『恋をして相手をもっと知りたいと思うこと』アップデートしたスキルは、人も物も、すべての心を知ることができる。だから、キミが蠍座だとわかってたんだ。・・・・・・そして、変更後のミッションは、ミッションクリアを手助けした人を全て殺害すること。」
それは、もう不可能なミッション。
俺がそう伝えなくても、彼女は理解した。それがスキルでわかった。
「菫ちゃん、キミの事が好きだったよ。これからもずっと大切にしたいと思った。こんな気持ちは今まで生きてきて、初めて感じた。ありがとう、俺の人生はロクでもなかったけど、最後にとても素敵な心を知ることができたよ。」
「芯、さん・・・私も・・・芯さんのこと・・・好き、でした。」
「最後の願いを聞いてくれるかな。キミに、菫ちゃんに俺を殺してもらいたい。自殺でもなく、ゲームの主催のヤツらでもなく、キミの手で。キミの意志で撃つ弾丸で幕を引いてもらいたい・・・結構女々しいだろ?死んでからも君の記憶に居たいって思ってしまうんだ・・・辛いと思うけど・・・頼めるかい?」
「・・・・・・・・・はい。」
数瞬迷って、彼女は頷いた。
・・・もう、俺達に言葉はいらなかった。これ以上話したら、互いの決意が鈍ってしまいそうで。
彼女は新たな銃を光より呼び出し、俺へと向ける。
今、俺は初めて恋をして、その相手に俺の命を委ね、俺だけを見てもらっている。こんな歪んだ愛でも、それが・・・俺の人生だ。
「ゲーム終了!おめでとう!君がこのゲームの勝者だ!」
スマートフォンから流れる音声
その持ち主の少女は、喜ぶこともせず、血塗れになるのも厭わずに、愛する人を抱きしめて、静かに、涙を流していた。
エピローグ
ーーーーーゲームの参加費用をいただくよーーーーー
最後に聞いたのはそんな音声だった。
それから、気が付いたら、私は家のベッドに寝かされていた。
起き上がる。まだ、頭がボーッとしているのか視界が悪い・・・。
曇りガラスを通した様な世界しか見えない。
いつまでたっても鮮明な世界は訪れなかった。
きっとゲームの参加費用とは私の視力のことだったのだろう。
視力のほとんどを失った私だけど、生活には困らなかった。
「菫、はい、カバン。お弁当も入ってるわよ。お友達待たせちゃ悪いわ、玄関まで送るから、早く行きましょう。」
「ありがとう。お母さん。」
「それじゃあ、菫をよろしくね。」
「はい、わかりました。それじゃあ、菫、手を握って」
「うん、お願いします。」
「そんなにかしこまらなくたっていいのに」
「いいの、私が言いたいの。フフッ」
「ねぇ菫、今度の夏祭り一緒に私達と行かない?」
「あ!いいね!菫、いっしょに行こうよ!」
「いいの?私がいると人込みとか大変だよ。」
「大丈夫、大丈夫。菫かわいいからみんなが気にして道を開けてくれるわよ。」
「そんなことないよー。フフッ、じゃあ、ご一緒させてもらおうかしら。」
「OK~。ちなみに菫って夏祭りの屋台って何が好き?」
「・・・射的かな?」
「えぇ~さすがにそれは無理でしょ~!」
「そうよねぇ~」
「そんなことないわよ、これでも目がよく見えた頃は本物のライフル扱ったこともあるんだから。」
「うっそ~」
「むぅ、ホントだよ~」
「面白いよ、菫のその嘘」
「忍野さん、その、俺、忍野さんが好きです!付き合って下さい!」
「・・・こんな私を想ってくれるっていう気持ちはとても嬉しいんだけど、ごめんなさい。私には好きな人がいるの。」
「菫、三組の高澤フッたんだって~?贅沢ものめ~」
「うん。私、好きな人がいるから」
「えぇ~!!初耳!!誰!?うちの高校!?」
「ううん。もっと大人の人。私の命の恩人で、人生の先輩、かな?」
「へぇ~」
「ホントに好きなんだね~顔に出てるわよ」
「今の菫の顔見て新たに惚れたヤツがいたかもね。かわいそーに」
「この顔はその人のためのものなんでしょ?」
「・・・うん。あの人も、よくほめてくれたんだ。」
私はいろんな人に助けてもらって生きている。
ゲームが終わってからは、しっかりと会話するようにした。そしたら友達もできたし、弱視の私を助けてくれる人もいっぱいいた。
やっぱり、あの人が教えてくれた通り、人って素敵。
私はあのゲームで、人のためを想って吐く嘘や、生きた証を残すこと、そして、人を愛し、人のために尽くすことを・・・人と心を通わせることを知った、いや、教えてもらった。
あの人がほめてくれたように、まっすぐな言葉と表情で、それらを教えてくれた人の分まで、私は生きていく。
私の願いは叶ったのだから
心の章 完
お読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
心の章 (菫ルート)はこれにて完結となります。
次回からは 心の章 (アナザールート)となります。
第四話の選択肢から分岐した物語となりますので、いきなり第四話で投稿致します。
主人公は変わらず芯ですので、芯視点でのお話です。
引き続き読んでいただければ幸いです。