第五話 芯と菫
第五話 芯と菫
山羊座の人が死んだ。
休憩室を後にしようとした俺達はその情報を入手した。
もちろんさらに死人が出たことはショックだったが、問題はそこではなかった。
「私、まだ山羊座の人にはあってないわ。もちろん、願いも・・・」
真白さんの発言に皆が困惑する。どこで死んだかわからないから広大なビル内を探し回らなければならない。それはつまり、チームの分断を意味した。真白さんの言葉もいつもの余裕がなく、動揺が現れていた。
「・・・焦る気持ちはわかるけど、こういう時こそ落ち着きましょう。真白も、こういう事態だからこそしくじれないのよ。確実にね。」
「そうよね、最善の策を考えましょう。ありがとう清美ちゃん。」
清美さんのお陰で落ち着きを取り戻す。やっぱこの人はすごい。
「まずは、どうやって山羊座の人を見つけるかを考えましょう。」
「山羊座の人が死んだのは時間帯的には数時間前、俺が寝る前にアプリを確認した時は生存になっていた。」
「その感じだと二階よりも上の可能性の方が高いな。一階のガスの進行度的は蒼が寝るときには9割はいってる計算になる。その状況下だと階段とか高さのある所でないと死んでしまう。千尋ちゃんのように特別な理由があれば別だけど、ミッション一覧的にそれに該当するミッションはない。俺は二階をくまなく探すべきだと思います。」
「・・・さ、三階に行った可能性もありますよね・・・。」
「もちろん、ただこれだけ広い建物だし、単独で死んだということは一人だった可能性が高い。なら清美さんの持つ地図アプリがないと短時間で階段まで向かうことは難しい。絶対無いとは言えないけど、三階に行った可能性はそこまで高くないと思う。」
「・・・三階への確認は芯君がいないと無理で・・・その芯君は手錠で繋がれていて菫ちゃんも一緒・・・私もチェックポイントを廻らないといけないし・・・」
「皆で予定通りチェックポイントを廻りつつ、三階への階段についたら三階に行っているか確認だけして、上へ進んで。それがベストよ。」
皆であれこれ議論したが結論は出ず、真白さんがいつもと違う口調で解を出した。
「地図の情報だけもらっていいかしら。」
「それは、いいけど・・・真白・・・」
「別に諦めたわけじゃないわよ~。今回ばかりは速さが必要だから単独で動くべきだと思ったのよ~。」
いつもの口調に戻して皆に語りかける。やっぱりこの人は場を和ませようとこんな口調をしていたのか。
「でもそれじゃあ真白さんが危険じゃないか。俺はミッションとか後回しでいいからついて行きますよ。」
「気持ちは嬉しいけど、蒼君は皆を守ってあげて。ほら、私、これでもけっこー強いから大丈夫よ。」
確かに真白さんは強い、回避に関しては掠りもしないレベルで、対して俺らは真白さん、蒼がいないと片手スナイパーしかいなくなる・・・。もっともな結論だった。
「私にとって最も避けたい事態は山羊座の人が二階以外にいること。特に一階だったら最悪。早いところ三階にいるかいないかだけでも知りたいのよ。」
「真白、地図よ。それと、私達は少し遠回りだけど先に階段に行って確認をとるわ。それでいいでしょ。」
「清美ちゃん・・・十分過ぎるわ。ありがとう。」
「・・・ま、真白さん・・・」
「菫ちゃん、心配してくれるの?大丈夫よ。私にはまた皆と会える未来が見えているもの。」
・・・嘘だ。そんな遠くの未来までは見えないはず。何となくわかってきた。この人は嘘つきなんだ。・・・ただ、その嘘は誰かのためのものだろう。だからこんなにも暖かい。
「真白さん、どうかご無事で」
「芯君も、頼んだわよ。あなたの情報が私の命の半分くらいは握ってるわ」
こうして、真白さんが別行動をとることになった。
そして俺達は進路を変えて先に階段へ向かった。
菫ちゃんが歩きにくい中頑張って歩いたお陰で随分早く階段にたどり着けた。
俺は階段の壁と意思疏通をする。
(壁さん、この階段、今のところどんな人が通った?)
(いきなりどうしたんすか旦那、何を焦ってるかはわかんねっスけど、とにかく落ち着くっス。壁くらい落ち着くべきっス。)
相変わらす壁のつかみどころのなさがヤバい。
(誰が三階に行ったか教えてくれ、頼む。)
(そんな勢いよく壁に頭下げると、頭打つっスよ旦那。えっと、まだ一人だけしか通ってねっス。)
(それはどんな人だった?どのくらい前だった?)
(すんません、自分壁なんでそこまで記憶力はよくねっス。壁でスンマセンっス。頭下げられないっスけど)
確か俺ら以外の生存者は蟹座と蠍座、射手座の三人・・・いや、ジョーカーアプリを考えると二人か。
(でもなんかその人はものものしい雰囲気というか、デカイ銃持ってて壁的にも恐怖を感じたっス。)
(そうか、ありがとう。)
(俺みたいな壁野郎でもお役に立てたなら良かったっス。)
デカイ銃か・・・二階に登る時の壁もそんなこと言ってたな。同じ人かな・・・蟹座はミッションで武器を持てないから殺害を必要とする蠍座か射手座だろう。・・・それとも水瓶座か・・・。
・・・ダメだ、確定した情報が得られない。ここの情報は真白さんのためにも確実なものを用意しておきたいのに・・・
・・・手助け・・・やめるか・・・そうだよ、菫ちゃんと清美さんに付き添えば俺のミッションは達成される・・・真白さんに付き合わない方が賢い選択のはず・・・。
・・・いや、それじゃあダメだ。俺はもう他者を軽く扱わないって誓ったんだ。
でも、どうする・・・わからないなんて情報、それこそ困らせて・・・やっぱり書かない方が・・・でもそれだと真白さんを裏切ることに・・・
「・・・し、芯君。もしかして・・・わからないのですか・・・?」
菫ちゃんに気付かれてしまった。しかも気を遣って小声で俺だけに話してくれている・・・。
「あ、ああ・・・一人上に行ったことはわかるんだけど、それが誰かまでは・・・。」
「・・・えっと、それを正直に記録しておくというのは・・・。」
「それだと、それを見た真白さんはどうすべきか迷っちゃうし・・・。」
「・・・だ、だったら、真白さんが安心できる方を、その・・・嘘でも、書いておくべきではないでしょうか・・・。・・・その、真白さんもよくそうしてますし・・・。」
菫ちゃんにもバレてるぞ、真白さん。嘘下手みたいですよ。
それはさておき、確かに菫ちゃんの言う通りかもしれない。・・・それに攻撃的な感じという情報と、ミッションから推測するに、かなりの確率でその一人は山羊座ではないだろうし。正確に伝えることが最良とは言えない状況だろう。
「そうだね、ありがとう、菫ちゃん。」
「・・・い、いえ。私は、その・・・何も・・・」
「ううん、菫ちゃんのおかげで『迷い』も『甘え』もなくなったからね。菫ちゃんには大したことじゃなくても俺としては結構大きなことだったんだ。」
「・・・えっと、ど・・・どう、致しまして・・・。」
真白ちゃんは照れたようにそっぽを向きながら答える。まぁ、視線を合わせてくれないのはいつものことだけど。
蒼に頼んで階段の床に「三階には行っていない」とメッセージを掘ってもらう。身体能力活性化を使うと爪が鋼のように固くなり、指も強くなって簡単に文字が掘れた。もちろん床もコンクリートですよ。やばいスキルだね。
真白さんへの伝達も終わったので俺たちはチェックポイント巡りを再開する。これをしないと俺らが死んでしまうので。
それにしても菫ちゃん、なんでこんなに顔隠してるんだろう・・・コロコロ変わる表情はどれも可愛いのに・・・
ここのところは割と馴染んで少しは話すようになったけど、最初は本当にしゃべらなかったし、このコミュ障っぷり、昔の俺を見てるようだよホント・・・
「そういえば、少し疑問だったんですけど、ガスって下の階から来てるらしいですけど、なんで大丈夫なんですかね?上に舞上がって吸ったりしないんですかね?」
蒼が質問する。・・・勉強もあまりできないらしい。
「二酸化炭素ガスって言ってたし、空気より重いガスなんじゃないかしら。」
「・・・?空気より重いと大丈夫なんですか?」
「空気より重いと、下に溜まるのよ。例えば、水と空気があったら、水が下で、空気が上にくるでしょ。それと一緒よ。」
清美先生の解説が入る。その後もチェックポイントを周りつつ、ガス談義に花が咲いた。
みんなの推測だと、どうやらガスはかなり重く、空気と混じらないようにできているっぽい。どうやってそうするかはわからないけど、なんでも願いを叶えてくれる技術を持ってるんだし、そのくらいはできるんじゃないか。という見解に至った。何か酸素濃度が数%下がるだけで人は死ぬらしいし。ショック死とかで。そうでないと走ったり空気を混ぜたら死んでしまうだろうし。・・・無駄に技術を使うよな、このゲーム・・・
とかしゃべっていたらチェックポイントを廻り切り、三階への階段へと戻っていた。
千尋ちゃんのために俺らは上に行ったという記録を蒼にしてもらい、三階へと進んだ。
三階も相変わらずコンクリートのみで構成されていた。
「この階も階段があるわね。まだ上に行かなきゃみたい。」
清美さんがアプリを見て目的を確認する。
「・・・どこまで行けばいいんでしょうか・・・。」
菫ちゃんが疲れた感じで言い放つ。いや、疲れているのはみんな一緒か。
「コンクリートの建物だし、あまり高いと自重で下のコンクリートがもたないからもうそろそろ最上階じゃないかな。・・・地下、という可能性もあるけど。・・・それよりも、三階に来たことだし、休憩しようよ。俺疲れたわ。」
「そうね。いい場所があったらそこで休みましょう。」
ということで、食料のある部屋を蒼が嗅覚強化で見つけ出し、そこで休憩となった。残念ながら今回はベッドはなく、毛布のみだった。
ホントに残念だ。残念で仕方がない。もう、あの布団にはあえないのだろうか・・・。運命は残酷だ。
俺たちは睡眠組と食事兼見張り組と別れ、効率よく休憩を取ることにした。
もちろん手錠があるので、俺は菫ちゃんとペアとなる。俺らは先に食事兼見張りとなった。
部屋の食料は駅弁だった。まぁ、日持ちもそれなりにするけど・・・なんとも緊張感のないというか。やっぱり衣食住に関して割と好待遇だった。
俺はまいたけ弁当を食べつつ、だるま弁当を嬉しそうにつつく菫ちゃんに話しかける。
「菫ちゃんって、なんでマフラーとか帽子で顔隠すの?かわいいのに」
「!?・・・か、かわ・・・その・・・えっと・・・」
「そういう動揺してるとことか、嬉しそうに弁当食べてるとことかさ、もっと見せていけばいいのに・・・」
「・・・その、私、人が、苦手というか・・・その、人のふり見て我がふり直すというか・・・なんて言えばいいんでしょう・・・。その・・えっと・・・」
あぁ、やっぱり。
この子は昔の俺だ・・・。
「大丈夫、なんとなくわかったよ。」
「・・・今のでわかったんですか?・・・すごいですね。その、ありがとうございます。」
だとしたら、俺がすべきことは・・・
「菫ちゃん、少し長くなるけど、俺の話、聞いてくれるかな?」
「え?・・・はい。わかりました。」
この子に俺と同じ過ちをさせないようにすることだ。
「いつからだったかな・・・
最初はどこかのサラリーマンのオジさんだった、道のど真ん中で部下の若いサラリーマンに怒鳴り散らしていてさ、幼いながら俺はその光景を見てみっともないって思った。
だから俺は怒ることをやめた。
次は赤ん坊、赤ん坊が泣くのは当然だけど、人混みで泣いている赤ん坊と、それを煩そうにしてる周囲の人を見て、周囲は泣いている人の気持ちなんてわからないんだと思った。
だから俺は泣くことをやめた。
その後は学生の集団、楽しそうに喋って、大声で笑って、幸せそうだった。でもその大きな声を迷惑がる人がいて、自分が幸せでも、それが周りの迷惑にもなるって思った。
だから俺は笑うのを、幸せになるのをやめた。
そんなことを繰り返す俺は、何にも残ってなかったんだ。感情とは醜いモノ、人は自分のことしか考えないどうしようもないモノ、何も、自分さえも信じられなくなっていったんだ。
そんな俺でも歳は取ってさ、性欲も強くなったんだ。もちろん俺は醜い感情だとは思ったけど、人間の欲求として強く沸き上がってきたんだ。自分すらも信じられず、理性があるのかないのかわからない、しかも人間なんて価値がないとか軽んじてる俺だった。その性欲は様々なものを蔑み、自分を疑い抑え込んだストレスを発散するかの様に、暴力となって現れたんだ・・・
それを世間は容認なんてするはずもなく、俺は、警察に
逮捕された。
その時に、こうやって手錠をかけられたよ。その時は両手だったけど。
警官に言われたよ『何でこんなことしたんだ』って。その時自分の人生を見返してみたんだけど、何でかわからなかったんだよ。もう、理由が多すぎて。
自分が何を思って生きているかわからなかった。もう、自分の思考と心が別物になってて・・・
俺は思った、今度は正しく、いや、間違っていても自分の人生を生きたいって。周りや衝動に流されずに、迷惑だろうと自分を抑えずに生きたいって。
そして俺は、まだその時は未成年だったから、少年院に送られた。山の麓の自然に囲まれた所だった。その少年院は、自分を変えたいと思う人が送られる所だと、少年院の先生から説明があった。それは本当で、収容されている少年はみんな前向きで、悪い自分を変えようとしていた。自分の悪い所を指摘されることは喜ばしいことと考える人達だった。少年院の周り住人も快く受け入れて、一緒に活動することもあった。
そういう所でさ、俺はそこで人の暖かさを知ったんだ。
罪を犯したロクでもない人なのに、それを受け入れてくれる人や、やり直すために必死で自分を変えようとする人。そんな人を見て、俺は人って素敵だと初めて思ったんだ。
きっと菫ちゃんも昔の俺と似たこと思ってるんだろうと思ってさ。
俺は今のやり直しの人生は輝いていると思ってるけど。菫ちゃんも同じ経験してもいいかなって思えたけど、傷付けた人がいたから、それは阻止しなきゃって思ったんだ。だからこの話を、人を大切に思えなかった先輩としてしたんだ。
もし、あの時の俺が、他者の気持ちがわかってればって後悔から俺の願いは産まれた。心を知りたいって。
まぁ、そうして手に入れたスキルは人じゃなくて物の心しかわかんないんだけどね・・・」
最後は少し冗談混じりで、苦笑しつつ話を終えた。
「その、わ、私も、同じです。人が、醜く見えて、それで、段々敵に見えてきて・・・。でも、話せばわかるんじゃないかって希望を持ったんですけど・・・怖くて、話しかけられなくて・・・だから私は、想いをまっすぐ伝えたいって、願いました。その結果得たスキルは、こんな物騒で、しかも引き金は、結局、自分で引かなきゃいけないっていうものなんですけどね。・・・クスッ、芯君と一緒だね。」
彼女もまた、苦笑して話してくれた。
その時、初めて彼女は俺を見て笑ってくれた。
俺は、その困ったような笑顔に目を奪われた。いや、目だけではなく・・・
そして、俺のスマホからスキルを通じ、声が聞こえた。
湧き上がるごちゃ混ぜな感情。初めての感情に戸惑い、何もできなかった。
ただ、彼女のことを、もっと知りたいと思った・・・。
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自分を信じて
「・・・この部屋にも、いない・・・」
山羊座の人を探して結構経つ。未だに見つからない・・・。とりあえず、三階に行ってないらしいし・・・二階にいるはずなんだけど・・・。どこなのかな・・・。
このままだとじきに二階もガスで満ちてしまう・・・。
地図ではもう八割は周ったはずなんだけど・・・
私の目に一階へ降りる階段が映る・・・。まさか・・・。
私はスキルである未来予知を使用する。この階段を下りていく未来・・・。
ガスの中を進む未来が見える。色のない気体だから視界は悪くない・・・。
・・・!!居た!山羊座の男の人!
一階に行っていたのか・・・探しても居ないわけだ・・・
・・・ただ、この未来・・・私は一階で力尽きるようだ・・・。
・・・・・・・・・いや、悩んでいても仕方がない。彼の願いを知らなければどのみち私は死んでしまうのだから、ダメで元々、行くしかないよね。・・・むしろ、普通に行ったらダメだったんだから、対策ができる。気持ちだけでもきっと違うはず。見えた未来よりも、自分を信じよう。
「すーはー、すー・・・っ」
意を決してガスの中へ飛び込む。
酸素を消費しないように落ち着いて、でもできるだけ早く、できるだけ頭も使わないように・・・
階段を下りる、未来視で見た順路を行く。割と階段の近くにいた。
私は彼の手の中のスマホを覗き込む。そこには「いつまでも遊び続けたい」という願いが書いてあった。
これでミッションクリア、後は戻るだけ、かなり苦しいけど、諦めるわけにはいかない。このスキルを持っていればもう失わなくて済むのだから、後悔せずに生きられるのだから。
「うっ・・・んっ!」
途中少しガスを吸ってしまう・・・。頭がボーッとしてくる・・・。身体に力も・・・。
それでも!・・・私は・・・!
何のための未来視だ、それは見えた未来を覆すためのものだろう!こんなところでくたばるわけにはいかない!
見えた!二階!あと数歩・・・もう意識が・・・どうやって進んでいるのかわからない・・・けど・・・
二階にたどり着くと、私は力尽きたように床に崩れ落ちる・・・
呼吸をしようとする・・・が、私が崩れ落ちた床には、既にガスが満ちていた。
一瞬だけ身体が床をのたうちまわる、が、すぐに全身の筋肉が強張り、固まる。
苦しさを感じる前に、私の意識は落ちt・・・・・・・・・