勝ち鬨の竜胆
俺は竜胆。 紫色の花で、根が胃薬になる薬草だ。 俺の根は兎に角苦い。 苦い苦いと評判の熊の胆より苦い為、人間が熊より上の竜の胆と呼んだ事からその名がついた。
はっきり言おう。 迷惑だ。
何故なら…………。
「たのもう!! 竜胆の主よ!! 今回こそ我が熊の胆をもって其方を討ち果たしてくれようぞ!!」
たまに見る人間など小者に見える程の立派な体躯の熊が戦いを挑んでくるのだ。 そろそろ百に届く程頻繁に。
再び言おう。 迷惑だ。
「あいも懲りずによう参ったな熊の大将よ。 先の戦を忘れては居るまいに。 それとも我らが胆の悪辣に脳をやられでもしたか? 這う這うの体でいたお主を見逃してやったのをもう忘れたかぇ?」
俺は心底嫌そうに言葉を返した。 何故俺が言葉を返すかと言えば、仔細は易い。 俺がこの辺りの竜胆の主だからだ。 主の花は色形に優れたものがなる。 そして俺の咲かせた花はそれはそれは見事なものだった。
非常に残念だ。 勿論本意ではない。
「過去に拘るは弱者なり。 此度の我は今までとは違う!! いざ、尋常に勝負!!」
正気か? いや、熊はこれが平時であったな。
逃亡してもいいだろうか?
そして熊よ、拘れ過去に。 そして振り返れ昨日を。 毎度お馴染みのやり取りだぞ? 学ばない熊にどう言えば伝わるのだろうか………。
再び言おう、残念だ。
熊を見やれば己から一番近い竜胆をほじくり返している。 慎重に。 繊細に。 この熊は誰より器用に竜胆を掘り出すのだ。 その一途さを何故脳の活性に回さぬのか。 呆れで逃避したくなる。 動けぬがな。 面倒だ。
掘り出された竜胆を見やる。
あ奴は確か……竜胆伍番か? 剥きだしになった己の根を見、決意を固めた目で此方をじっと見てくる。 ぶっちゃけ俺じゃないなら誰が食われても問題はない。 早よぅ散れ。 めんどくさい。 しかしそれを表に出す訳にもいかず、俺は重々しく花を揺らして頷いてやった。
周りの竜胆達が見守る中、竜胆伍番は意を決し熊の口の中へとその体を滑り込ませる。 そして………。
「ぐおぉおぉおおおおぉぉぉぉ!!!!!!」
ずんっ!!という地響きを上げて熊は倒れた。 白目を向き、びくびくとその無駄にでかい体を震わせて。 その口からはみ出ているのは殉死した竜胆伍番の亡骸だ。 無論熊は生きている。 三度になるが言おう、残念だ。
我らの根は薬。 苦味では死ねないらしい。 寧ろこの熊の胃はどの熊よりも健康な事だろう。 無念だ。 しかし勝利は勝利。 体を保たねばならない。 重複するが言おう、面倒だ。
「竜胆伍番! 見事であった!! 皆の衆、勝ち鬨を挙げよ!! 正義は我等と共に在り!! 揺るがぬ勝利をその名に刻め!!!」
『うおぉぉぉ!!! りん!! りん!! どうぉぉぉ!!! りん!! りん!! どうぉぉ!!!』
いつもの凱歌を浴びながらも、もう心底面倒くさくなる。 誰か代わってくれないだろうか? 給金は弾むと約束しよう。 俺はもうこの生活にほとほと飽きているのだ。 再びになるが言おう、代わってくれ。
沸き立つ竜胆達をしり目に、また明日を思い胡乱げに揺れる竜胆の主であった。